第125話 悪友
「チッ、しけた顔して、座ってじゃんねぇよ」
と酒に酔ったその男は、こちらを向いて喋りかけてきた。
私は、エルメルシア復興のために国内の元有力貴族たち、ローデシアに反感を持つ市民たちに接触してきた。最初は意気投合し、事を起こす計画まで行くこともあったが、私がエルメルシア・ダベンポート家の者と判ると、
「あのギールの家の者など信用できない」
と決まって、拒否される。
拒否で済めばいいが、命の危険を感じた時もしばしばあった。そして、数年後には復興という言葉だけで拒否されてしまった。
’疲れた’
ここ数年は、復興の気力も失せて、日々の畑仕事の後、こうして一杯引っ掛けて帰るのが常だった。
「おい、聞こえねぇのか? 俺は酒を飲んで憂さを晴らしたいだよ。お前みたいな辛気臭いのがいたら、逆に滅入っちまうだろうが」
とその男は、さっきより、大きな声で話しかけてきた。
「私も、憂さを晴らしている。他の客に迷惑だから、静かにしてくれ」
と答えた。
「何だと! 何が『私』だ。そんな
と今度は体を向けて怒鳴ってきた。
ああ、面倒臭い奴に絡まれた。しかし、此奴、最初から喧嘩腰だな。此奴の後ろに槍があるが、騎士崩れか何かだな。
「こんな、
と喧嘩を買ってしまった。この所、やること為すこと上手くいかない所為もあり、私も少し、ムシャクシャしていた。
「何だと、俺はアホな主人に嫌気がさして、見限った方だ。腰抜けのくせに口答えしやがって、貴様、表に出ろ」
と私の横に立って上から、怒鳴ってきた。
すると酒場の主人が、
「お客さん、お客さん、争い事はご勘弁願います。どうか、お静かにお飲みくださいよ」
と肩にタオルを引っ掛けた後、両手を広げて、私たちを止めようとした。
「親父、金は置いておくぜ。ああ、此奴のもな。今日は、此奴、金を払うために戻ってはこれねぇからな」
とその男は律儀にも、喧嘩の後のことを考えて、私の分も払ってくれた。
「そこまで、してくれるのなら、黙っている訳にはいかないよな」
と私も席を立ち、その男と同じ目線で睨み合った。
するとその男は、クイッと首を傾げて外に出ろと言外に言った。
店の中で始めると、店に迷惑が掛かると思っているようだ。喧嘩を吹っ掛ける男にしては、律儀な奴だ。
◇ ◇ ◇
「お前、槍は使わないのか?」
と私は聞いた。
「お前みたいな腰抜けには、槍を使うまでもねぇ」
と言いながら、私の顔めがけて、拳を振り上げてきた。
「おっと」
と言いながら、それを避けて、奴の腹に拳を入れた。
グフッ
とその男が唸ったが、次の瞬間、その男の肘が私の顔に入った。
効いた。一瞬、目が眩んだ。
何とか踏ん張って、その男顔面に拳を叩き込んだ。
それからは、よく覚えていない。最後には泥だらけになり、笑いながら、殴り合っていた。
武術も、型もへったくれもない。ただ単に殴り合った。
どのくらい時間が経ったか、ついに二人とも立っていられなくなり、寝転んでいた。
「お前の名前は何だ?」
と聞いた。口が切れて、唇と頬が晴れて喋り難かったのを鮮明に覚えている。
「レオナ。レオナ・クライムだ。どうだ驚いたか?」
その男の声も聞き難かった。
「知らんな」
「あん? まあ良いや。お前は何て名だ?」
「ヘンリー・ダベンポート。ギール・ダベンポートは叔父だ」
とワザと、言ってみた。大抵これで引かれる。もう慣れっこだ。失望するなら早めが良い。
「ギール? しらねぇ。ヘンリーは覚えた」
とその男、レオナが答えてくれた。
「知らないか、そうか、知らないか、これは、面白い。ハハハハハ」
と私はつい笑ってしまった。
私の笑い声を聞いて、レオナも、なぜか笑っていた。
◇ ◇ ◇
それから、私たちはお互いに意気投合し、レオナが行く所がないというので、村の空き家を紹介した。
そして、これまでの事、今の事、今後の事、未来の事などを、二人で話し合った。
時には酒で酔い潰れるまで飲み明かし、各国の王のことを寸評し、時には娼館の女のことを話したりもした。
レオナは、胸の大きい、少しふくよかな女が好みだった。私は少しスレンダーな方が好きだったので、ケイを見た時はピンと来たと、だいぶ後で教えてもらったものだ。
そい言えば、息子が一人いると言っていた。出奔する前の下級貴族の娘との子だそうだ。相手の女性は、レオナ好みの膨よかな女性で気立ては良よく、いつかは呼びたいと言っていた。
いつか、復興を果たせらた呼ぼうと、その時は思っていた。
’こんな、何でも話せるレオナは、私の宝だ’
と思うようになっていた。
旧エルメルシア城で、聖剣を手にした時、初めてレオナは私の騎士になりたいと言ってくれた。
家臣などというものに、レオナをしたくは無かった。いつも何でも話せる悪友でいて欲しかった。
だから、
『親友を失って家臣を得ても何も嬉しいことはない』
と心の底から思うことを言い、これまで通り、親友でいることを条件に私の騎士に叙任した。
そして、いつも気がかりだったのは、レオナの槍だ。魔物との戦いで、よく折れてしまうのだ。もっと良いものを使わせてあげたいと、何時も思っていた。
最初はジェームズに頼もうかと思ったが、ケイのためにダガーを製作している最中だったので、ジェームズが信頼している鍛冶屋に頼んだ。
それをレオナに渡した時の喜びようは、尋常ではなかったな。
跪いて、泣きながら両手で取り、槍を頭の上にあげて
「ありがたき幸せ」
と言った時は、逆に笑ってしまったぞ。
それから、套路を見せてくれた時、ものすごい速さと槍のシナリには驚かされた。
そんな、レオナが死んだ。
騎士である以上、死は何時も横に立って微笑んでいる。死が、その手で、騎士の魂を奪い取るまで。しかし、私の友の近くには、居て欲しく無かった。
いや、私の悪友の近くには、死は居ないと思っていた。
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