第112話 それぞれの駆け引き

 僕が巨万の富を手にした時の想像していると、

「おーい、ジェームズ」

とヘンリーが、僕を呼ぶ声が聞こえた。


 声の方向を見ると、ヘンリーとマリオリさんが、こちらにやって来る。


「攻め込むのですか? でも僕たちは後詰か、シンへ行けですかね」

と僕は感じたことを口にした。


 ヘンリーは、ちょっと驚きの後に頷いた。


「いやはや、流石、今世紀の大天才のジェームズ様の事だけある。一を知れば十を知るその人ですな」

とマリオリは、腕を組んで話を切り出した。


「もう、お加減は宜しいのですか?」


 マリオリは法廷の乱闘の後、まるで十歳くらい歳を取った様な姿で気絶していたところを発見された。その後、数日間昏睡状態が続いたが、最近は歩けるところまで回復したと聞いてはいる。


「魔法は、まだまだ、初心者並みにしか使えませんが、何とか陛下に従って動ける様にはなりました。これも、この老骨の干からびた命を救っていただいた上に、魔力の回復も、お手伝いくださるヒーナ様のお陰です」

とマリオリは頭を掻きながら、ちょっと照れ臭そうに答えた。


 そして、マリオリは続けた。

「さて、ローデシアに攻め込むことですが」


 マリオリさんによれば、ローデシアの城が何故か焼け落ち、デーモン王が行方不明になった。そのため、魔族、魔物どもは浮き足立っており、今が攻め時とファル国王は主張したらしい。マリオリさんとしては、ローデシアの城が焼け落ちた理由がよく分からないし、デーモン王の行方も気になるため慎重に行動するべきだと主張した。それに対し、ファル国王は、デーモン王は証文の魔法により、滅んだと主張し、ファル王国だけで、ローデシア市民救出の出兵を行うと強硬に主張したらしい。最後には乱闘中寝気絶していたのだから、解らないだろうとまで、言い放つ始末であったと言う事だ。


 何だ、ファル王など、一番最初に逃げ出したのに。でもマリオリさんが魔力を使い切るほど何をしていたのかは話してくれない。


「察するに、ファル王の真の狙いは領土拡張でしょうな。アルカディアと違って、ローデシアの領土併呑は簡単ですから」

とマリオリさんは手を後ろで組んで少しうつむき加減になって、説明してくれた。


 すると今度はヘンリーが

「と言う事で、我々が邪魔らしい。ここからはファルがローデシアを解放するので、我々は、ごゆるりと湯治に行くか、シン王国の女王に報告するために帰ったらどうだ? と進言されたよ。ハハハハハ」

と言われたことを思い起こしながら、カラカラと笑い飛ばしたが、目は笑っていなかった。


 アーノルドはと言うと、この様な混み入った話になると、いつも少し離れて剣の練習を始める。今も離れているアーノルドを見た後、


「と引き下がる兄上では無いですね ……… エルメルシアの解放を兄上の手でですか?」

と僕は、ヘンリーを直視して答えた。


「いや全く、お前には敵わないな。まるでマリオリが、もう一人いる様だ」

と少し仰け反りながらヘンリーは答えた。


「いえ、僕は政治には興味はありません。が、エルメルシアを取り戻し、ロッパを魔族から解放することはお手伝い致します」

とじっと直視したまま答えた。


 僕は、マリオリさんの様な軍師になるつもりは無いことを暗に告げた。


「まあ、そこまで協力してくれれば十分だ。お前が宮廷嫌いなのは何となく感じていたよ」

とヘンリーも察してくれた。


 そこに、マリオリさんが

「私は、オクタエダル先生がいる様に感じますね」

と少し緊張をほぐす為に話を挟んだ。


「いえ、僕は禿げません」

と僕は、手のひらを額に当てて、冗談混じりで答えた。


「ハハハハハ」

何故かこの時だけ、少し離れた所に居るはずのアーノルドが、反応して笑った。


   ◇ ◇ ◇


「父上、エルメルシアの分家が言ってきたこと、如何されますか?」

とブライアンは、控えの間で、父王に問い正した。


「エルメルシアは、分家の方で解放したいと言うやつか。まず、お前の意見を聞こうか」

と王は玉座に座り、肘掛に片肘をついて息子に聞いた。


「やりたいのなら、やらせれば良いかと。しかし兵は貸さぬと」

とブライアンは、ヘンリー達の手勢が少ないことを見越して許可を出すつもりになっていた。

 

 窓の外の垂れ込み始めた黒い雲を見ながら、ブライアンは続けて、

「万が一、分家がエルメルシアを解放したとしても、まあ、小国一国、ローデシア全体から比べれば小さいものでございましょう。その後の処置は如何とでもなります」


「ふむ、まあ、アイザックには多少の恩も感じておるしな。それで良かろう」

とファル王は面白くなさそうに答えた。


―――ファル王の言う恩とは、現ファル王が立太子の際に少しもめた事があった。その時、現王を支持してくれたのがアイザックであったが、分家に支持されて皇太子になったのは何となく面白くなかった―――


コツコツ

―――ノックの音―――


「ヘンリー・ダベンポート王とその一行がお見えになりました。謁見の間でお待ちいただいております」

と侍従長が用向きを話した。


「ふっ、分家筋で領土なしの王か。父上が対応するまでもないな」

とブライアンは呟いた。


「父上、今の方針の通り話してきます」

とファル王にお辞儀した後、謁見の間に通じる扉を近衛に開けさせた。


   ◇ ◇ ◇


「王は、あの城と共に死んだだろ?」

と表情がわからないムサンビが、くぐもった声で他の将軍達に問いかけていた。

「グググ、あの城の状況じゃ、死んだかもな。ひょっとして証文の魔法が発動しなのか? 」

と獅子頭のデレクが、ヨダレを垂らし答えた。


「そうだろう。人属の城と言えども、何百年も我ら魔族の攻撃を退けてきたものだぞ。それを一日で瓦礫の山にするなど、そうとしか考えられない」

とカラス頭のコーリンが首をクリッ、クリッと回しながら答えた。


「こうなると次の王を決めなければならないだろう」

とムサンビが、目のない目で、四将軍を見回した。


「王か? 今なったら、証文の魔法で殺されるじゃ無いか」

と蛇頭のラスファーンが、先の割れた赤い舌を出しながら答えた。


「そうだな。じゃあ、北の大地に戻るか。王がいなくなった以上、ここに居ても仕方ないしな。証文の魔法にやられては叶わない。北の大地で誰が王に相応しいか決めようではないか」

とムサンビは空中に少し浮いて話した。


   ◇ ◇ ◇


―――魔族の五大将軍は、その上空に小さな黒い点があることに気づかなかった。その点を通してデーモン王が会話の一部始終を聞いていることなど、終ぞ判るはずもなかった―――


 ほう、俺が証文の魔法で死んだと思っているのか。だが、あれは、証文の魔法では無いな。俺が城に戻った時は既に紅蓮の焔の中だったから、俺に向けた魔法では無い。

それにノアピはまだ生きている。


 待てよ。これを利用しない手は無い。そう、証文の魔法をも撥ね退けた魔族の王。奴らも、俺に刃向かうことなど、考えることもなかろう。


 なあ、ノアピ、これは人属が言う、『災い転じて福となす』か? 俺が言うのだから、『慶事転じて、災いとなす』か?


 まあ、良い。しかし、ムサンビの奴、やはり彼奴は怪しい。ヌマガーと連んで俺を殺そうとしたかもしれん。


   ◇ ◇ ◇


「何よ、全く、あのアイザックってやつ、嫌な感じよね。大体、陛下が対面を申し出たのだから、ファル王が対応するものでしょう? なんで、皇太子が出てくるのよ」

と同席したヒーナがプンプンして怒って言った。


「ヒーナ、声が大きいよ。ここはファル王国なのだから」

と僕は、無頓着にファルの皇太子を批判するヒーナをなだめた。


「あら、良いじゃない。私だって、この程度の外交儀礼くらい知っているわよ。それに反しているのは、あっちでしょう?」

とこっちを向いてプンプンして話してきた。


「まあ、良いさ、それより私たちで、エルメルシアを解放し取り戻すチャンスを得た。これこそがもっとも重要だ。何とか成功させたいが、しかし ……… 」

とヘンリーは、最初こそ明る声だったが、如何ともし難い現実が心を曇らせている様だ。兵が足りないのである。


「少しだけ、手勢を増やす手立てがあります」

と僕はヘンリーを見ながら提案した。


 すると、皆が僕を見た。


「ああ、ちょうど、その手立てが来ました」

と僕は、通りの向こうから、夕日を背に、羽の生えた帽子と、丈の短い服に、ぶっとい足にタイツ姿の髭もじゃの男を見ながら言った。


「いやー、ジェームズ殿、儲かっているかい?」

とイレイグ・ソーラル王が、開口一番に商売の状況を聞いてきた。


「本来ならば、こちらから出向くものを、こんな場末の拙宅に御来駕いただき、恐縮です。ささ、狭いですがこちらでどうぞ」

と僕はダベンポート雑貨店の応接室に誘った。


「いやいや、出資する先の見学は重要ですぞ。いや、ジェームズ殿を疑っているのではなく、是非あの天才的な魔法具の数々が生まれる工房を見てみたいと思ってな。難しい話の後、工房見学をさせてくれまいか」

とソーラル王は揉み手をしながら聞いてきた。


「お安い御用です」

と僕も揉み手をしながら答えた。


   ◇ ◇ ◇


 応接室で、ヘンリーとソラール王は、王侯が行う礼をお互いにし、着座した。

「いや、もう硬いのはここまでで。兵が欲しいとのことですな?」

とソラール王は、椅子に深く座り、単刀直入に聞いてきた。


「大変厚かましいお願いではありますが、我らがエルメルシアの解放には、私が持っている兵では足りません。厚顔にもお力添えをお願いした次第です」

とヘンリーは、あまり前のめりにならずに、王として威厳を保つ様努めている様だ。


―――ソラール王の帽子の羽がゆっくりと揺れている―――


「良いでしょう。しかし二つ条件があります。一つはエルメルシアで出店するダベンポート雑貨に出資させていただき、売り上げの一割を頂きたい。そして二つ目、ミソルバを解放する際、ご助力願いたい。この時、是非ジェームズ殿のお力を拝借させていただきたい」

とソラール王はあえて、目を逸らして答えた。


 全く、相変わらずこの王は、商売上手だ。もしエルメルシアを取り戻せば、復興の為に物入りになる。僕が雑貨店を開業することを見越して、その出資者となり、復興景気に一枚乗ろうという魂胆だ。二つ目は、以前おミソルバでの魔物鎮圧に助力したのを見て言っているのだろう。


「一つ目はジェームズ次第だな。私には異論はない」

とヘンリーが答えたが、マリオリさんは、ちょっと渋い顔だ。


 売り上げの一割が問題ではなく、出資の方を問題視したのうだろう。ダベンポート雑貨はエルメルシアでは間違いなく、王宮御用達になる。この時他国の出資比率が多い場合、下手をすると経済の根幹を他国に握られる可能性がある事を心配したのだろう。多分マリオリさんは、ダベンポート雑貨の出資比率をソラール王より多くする算段をするだろうな。


 兄上はこう言った経済面の駆け引きには、まだ甘い。


「二つ目の条件で、兵については、できうる限り派遣し、ミソルバ国の解放のお手伝いをさせていただきます。そして復興の際には、弟の店が素早く立ち上がる様、私の方からも出資の支援をさせて頂きます」


 おっと、前言撤回。兄上も解っている。横でマリオリさんが満足げに笑顔になった。一方でソラール王が、ヘンリーの顔を見つめたのが解った。


「僕は、全然構いませんよ。微力ながらお手伝いさせていただきます」

と僕は、ソラール王が翻さない様にすぐに答えた。


「ん? んん ……… 了解した。では兵をお貸ししましょう。負傷、死亡の場合の細かい取り決めは後ほど、近衛騎士長をこさせます。そして、もはや効力があるのかわかりませんが、アルカディア証文を取り交わしましょう」

とソラール王は答えた。


 その後、工房を見せて、アーノルドのアルケアコルポスを見せると、目を輝かして帰っていった。

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