第106話 シェリーの願い
―――デーモン王が去った後、シェリーは、次第に正気に戻っていった―――
「どっこいしょ。ちょっと歩けねぇ ……… ゴボ 」
とアーノルドは座って、血を吐いた。
シェリーは頭の中の霧が晴れて来て、アーノルドの容体を見た。そして、記録されている情景を見直し、
「アーノルド、これは ……… これは、私を助けるために?」
’こんなことに’
「なあ、おめえぇ、頼むから服きてくれねぇか。俺は見てぇけどよぉ、他の奴には見せたくねぇ」
と言ったきり、ガクッと気を失った。
「アーノルド!」
’アーノルド、私の為に、こんな事に’
シェリーは、アーノルドの首筋に手を当て、大地から聖素を集め生命エネルギーを注ぎ込んだ。
そして祈った。
’お願い、無事でいて。
私、いつも、貴方と張り合うけど、本当は貴方が好きなの。
貴方にだけは、自分を見せられるの。
私、貴方なしでは、ダメなの。
貴方と初めて会ったとき、貴方が挑んでくれたわね。
本当は嬉しかったの。
あの時、私、貴方が私に気づく前に貴方を見て、気になったの’
シェリーはアーノルドを抱えて、その頭を、柔らかな胸の谷間に収めて、体全体で生命エネルギーを注ぎ込みながら、
’サキュバスに貴方の心を奪われたとき、物凄く頭にきたのよ。
でも最後に、貴方に初めての口づけをしたとき、例えようが無いくらい胸がときめいたの’
そして、アーノルドの頭に頬を寄せて、
「でも私、ホモんクルスだから、作り物だから……… 素直に好きって言えなくて」
アーノルドの青くなった顔を見つめて、
’愛おしい、あなた。私の全てをあげます。だから’
アーノルドに口づけし、自分の生命エネルギー吹き込みながら、
’私は、あなたを愛しています。だから、死なないで。お願いします’
と祈った。
◇ ◇ ◇
「いかん!、ジェームズ、ヒーナ、シェリーを止めるのじゃ」「じゃ」
と退避していた、双子の聖霊師が戻ってきて叫んだ。
「シェリーは、自分の全ての生命エネルギーをアーノルドに与えようとしておる」「としておる」
杖をシェリーたちに向けて、いつにない大きな声で叫んだ。
「シェリー、止めるんだ。もう、大丈夫だ」
とジェームズは、しゃがんでシェリーと同じ目線になって声をかけた。
シェリーは唇を離して、ジェームズの目を見たとき、
「お願いします。どうかアーノルドをお助けください。ご主人様、私の腕を代わりに使っても構いません。どうかお願いします」
と懇願した。
ヒーナが、自分の上着をシェリーにかけたとき、
「どうかお願いします。アーノルドをお助けください。何かの薬の材料が必要なら、どこに行っても取ってきます。どうか」
と懇願した。
四人の聖霊師がやってくると、
「私の生命エネルギーを使っても構いません。どうかアーノルドをお救いください」
と懇願して回った。
ケイがシェリーの肩を抱えて、大丈夫、大丈夫と言って聞かせた。
ヒーナは、アーノルドの容体を診て、回復薬を投与し、聖霊師たちは回復の祈りを歌い始めた。
’衝撃波で内臓がかなりダメージを受けているけど、シェリーが、すぐに聖素を与えたのが功を奏していそうだわ’
そして、傷口を見て、
「少しづつ進行しているわね。この変な傷は、何かの毒? 瘴気かしら? いえ、小さい虫よ」
とヒーナは、魔法具の巨大なメガネを出して、傷口を観察した。
聖水をかけて見た。するとシューと音を発した後、進行は少し止まった。
ヒーナは、
’シェリーが、アーノルドに聖素を与え続けたので、手だけで進行が止まっている様ね’
と観察しながら思った。
「これは、聖水、聖素で進行を止めることができそうだけど、腕の内部の進行がどこまで行っているか、今は判らないわ。それに有効な薬もわからない。シェリー、辛いことを言うけど、アーノルドの腕を切り落として」
と表情を変えずにシェリーに向き合って告げた。
シェリーは目に涙を浮かべて、ポロポロと泣いた。状況は判っている。そして時間も無い。
「シェリー、貴方のエルステラは聖素が多く乗るので、虫を殺す威力もさることながら、傷口そのものに生命エネルギーを与えるため、治りも早いはずよ。それに貴方の剣の腕なら極めて正確に切ることできるはずよ」
とさらに付け加えた。
シェリーはコクリと頷いた。
聖霊師達は、アーノルドとシェリーを取り囲み、命の雫の歌を歌い始めた。すると聖霊陣が現れ、大地と空気と、そして僕たちから、少しずつ生命エネルギーが集まり始めた。
「我等が孫よ、頑張るのじゃぞ」「じゃぞ」
とミリーとレミーの双子の聖霊師はアーノルドを励ました。
ヒーナは観察して、切る場所を決め、
「ここを、こう切って」
と指しながら、シェリーに教えた。
シェリーは、コクリと頷き、涙を拭いて、エルステラを抜いた。
すると、表情は武術家に戻り、動揺も高ぶりも無く、一切の雑念が消え、風のない湖の水が流れる雲や青い空を映すように、無の境地に至った。
そして、大地から聖素が足を通して集められ、エルステラが白く光輝いた。
一閃
―――レン老師とケイを除いて、傍目には、ただ光の輪が一瞬見えただけで、シェリーは全く動いていない様にしか見えなかった―――
「シェリー、よく決断しました。そして、今、適切な言葉か判りませんが、凄いものを見せてもらいました」
とレン老師が言葉をかけた。
「えっ、出血して無いですけど」
とヒーナは、アーノルドに近づき、切ったはずの場所をちょっと触った。
見事に切り落とされていた。
「ああ、ありがとうよ。シェリー、礼を言うぜ」
とまだ青い顔のアーノルドが、薄め目を開けてシェリーを見つめていた。
シェリーは言葉にならない、言葉を発して、泣き出した。
そしてアーノルドの頭を、また、柔らかい胸の谷間に収め、頰を寄せて、
「よかった、よかった」
と呟いていた。
ヒーナは、
「アーノルド、申し訳ないけど、この腕、薬を作るために使わせてもらうわよ」
と言いながら、何やら液体の入った箱に入れた。
「みんなで、けが人を病院に運んでちょうだい」
と言い添えて、ヒーナも青い顔をして別の部屋に出て行った。
ジェームズは、ピンときたので、部屋について行くと
「わー、ジェームズ、怖かったのよ。私の見立てが間違っていたら、大変なことになるかもって、わー。だって、アーノルドの腕を切れって、シェリーに言うなんて、なんて酷いこといちゃったのかしら、わーわー」
とジェームズの胸で、大声で泣きだした。
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