魔族を追う

第107話 ロウの誘惑

―――どこまでも凍てつく白い大地。ここローデシア領土の最北の砦の先は魔族が支配する北の大陸。そこには何やら蠢く不気味な影が有った。その様子を若き日のノアピ・ルーゼン・ローデシア帝が苦々しい顔で見つめていた―――


’我が兵達は、このロッパを守るために、こんな吹雪の中でも哨戒し魔物の侵入を防いでいる’

ノアピは右手を握りしめて考えた。


’それなのに、ロッパの他の王族連中は、暖かい暖炉の前で寛いでいるのだ’

左手に持ったローデシアの笏の先端の宝石が緑に輝いている。


’他の王族は、ロッパにいる魔物すら狩らずにだ’

握りしめた右手の指がパキパキと鳴った。


’アルカディアの連中は綺麗事ばかりで、ロッパを統一する気はない。我が国にもっと力があれば’

歯を噛み締めて、こめかみがピクピクと動いていた。


”お前が統一したらどうだ? 俺が、手伝ってやろうか?”

と突然ノアピの頭に声が響いた。


「誰だ? 魔族なら直ぐに立ち去らないとローデシアの業火で焼き尽くすぞ」

とノアピは周りを見ながら答えた。


”俺か? 俺はメルから来たものだ。だから、北の大陸の魔族じゃない”

とその男は答えた。数百年も前にやって来たことは隠して。


「どこのものであっても、魔族には用は無い」

と大声を上げて拒否の姿勢を見せた。


”まあ、また来る。ところで、メルは強力な統一国家になっているぞ。これまで無かった大陸間の戦争も近いじゃ無いか”

と言って、頭の中の声は消えた。


「メルに統一国家だと」

と呟きながら、侍従を呼び情報を集めさせた。


   ◇ ◇ ◇


それから数日後、ノアピは、また、北の大陸を睨みんがら、佇んでいた。


’確かにメルには統一国家が出来ているらしい。しかも、魔族を配下に収めた国家ということだ’

ノアピは、寒さの中、嫌な冷や汗が背中を流れるのを感じた。


”どうだ? メルは統一されていたろ?”

と、また、あの声がしてきた。


「お前の名前はなんだ?」

と何故か怒りに身を震わしながら聞いた。

”俺か? 俺の名前は、ロウだ”

デーモン王は昔の名前を答えた。


「何しに来た? 魔族がここに来たら死を意味するぞ」

と脅しながら質問した。


”へー、脅しっこなしだろ。俺が力を貸して、ここロッパにメルに負けない統一国家を作ってやろうって言っているだ”


「何故、そんなことを俺に進言するのだ?」

とノアピは周りを見ながら、さらに聞いた


”メルのことは調査で分かったろ? メルの魔族は人属と和睦している。しかし俺はその魔族からは弾き出されたのさ”


「なんだ、勢力争いで負けた口か。それでロッパで自分が魔族の長にでもなって、メルの魔族を見返してやるつもりか? 」


”まあ、そんなところさ”


「ふつっ、情けない。そんな奴と組むと気は無い。焼かれる前に立ち去れ」

と大声を上げて拒否した。


”また来るよ”

と声がして消えた。


   ◇ ◇ ◇


―――そんな会話が数ヶ月続いた。ノアピもロッパの行く末、ローデシアの行く末を気にし、メルの状況を聞き、ロウと会話することに拒否感が無くなっていった―――


”北の魔族の六将軍はすでに俺の配下に入った。お前に六将軍の指揮権を与えるために、少しの間、お前の体に俺が入るのさ”


「余に憑依するだと?」

ノアピは怒りを露わに声を荒げた。


”そう怒るな。お前の意思が強ければ、いつでも俺を追い出せるだろう? 違うか? どうやってメルの人属が魔族を従えているか考えてみろ”


「うーん」

とノアピは唸りながら長考に入った。


”まあ、考えておいてくれ。 お前の意思なら俺を追い出すことなんか簡単だろうと思うがな。 それより、魔族六将軍の指揮権が手に入れば、どのような事も出来るだろうな”

と言ってその日は消えた。


   ◇ ◇ ◇


”どうだ? 試してみるか?”

とロウは誘ってきた。


「お前の誘いなど断る」


”また来る”


と言って消えた。

今度は数ヶ月、ロウという男の声は聞けなかった。


   ◇ ◇ ◇


―――北の大陸の雪も溶け、異形の植物が生い茂ってきた。この頃になると魔物のはぐれの侵入も頻繁になってくる―――


「くっ、魔物ども」

と階下を見ながら、ローデシアの兵たちが戦っているところを監督した。


”どうだ、あのはぐれを一瞬で殲滅する力が欲しくはないか?”

数ヶ月ぶりにロウという男の声が頭の中に響いた。


「お前の力など借りなくても、兵たちで止められる」

と怒りながら答えた。


”そうかな、今日はちょっと犠牲者が出そうだが”


その声を聞いた後、階下の兵たちが薙ぎ倒されていくのが見えた。


「何、キメラだと。お前が止めろ」

と天井を見上げて怒鳴った。


”はぐれは、俺たちの配下じゃない。だから、止める筋合いは無いな。でもお前にはあるだろうから、俺の力を使ってみてはどうだ?”


そうしている内にも兵たちが次々と犠牲になっていく。


「お前、ワザと嗾けて。脅迫のつもりか?」

と大声で怒鳴った。


”そうかも知れないな。俺はメルの奴らを見返してやりたいだけだがな”

とロウという男は、しれっと答えた。


「こいつ」

とノアピの怒りの形相で怒鳴った。


”しかしだ、お前が俺と組めば、魔物はお前の言う事を聞くぞ。それだけでもローデシアは救われるだろう? 他の国はどうだ?シンやファルなど、舞踏会の最中だぞ”

とロウは、言葉の毒を流し込んだ。


”メルの人属は、強力な魔族を従えて、下級の魔物を抑えるのに成功したのだぞ。それがお前にできない道理はなかろう”

と畳み掛けた。


”ロッパのすべての人属の幸せのために、お前なら、その力を使いこなせるじゃないか? ”


「………」

不覚にもノアピはロウの力が欲しいと思った。


   ◇ ◇ ◇


―――岩と石、どんよりとした空、太陽が朧げに照っている。北の大地のさらに北の果て。極寒の地でありながら、雨、雪が全く降らないデスバレー。極度に乾燥したその盆地の底に、黒い岩肌をむき出しにし、無計画に組み立てられた不気味な城がある。その城から、濛々と立ち上る黒い煙が、陽の光を遮っている―――


「久しぶりに戻って来た。しかし、今回の帰還は極秘だ。誰にも言うな」

と俺は、リリスに向かって命じた。


「陛下、救っていただき有難うございます」

とリリスは、俺の前で平伏して礼を言ってきた。


「勘違いするな、まだ、お前は利用価値があるから連れて来たのだ」

目だけを下に向けて、リリスを見下した。


「もったいなき、お言葉です。陛下がご所望なら、わたくし、いつでも、この頂いた命を捧げます。何なりとお命じください」

とリリスは顔を上げずに答えた。


 しかし、ヌマガーの記憶に出て来た、あの裏切り者は誰なのか? モーンの奴だったら、問題はないが、他の奴かもしれん。燻り出して俺が死を与えてやる。

 それに『混沌の錬金陣』を破った後、空に昇っていく光が『基盤証文の錬金石』だとしたら、まだ、証文の魔法は残っているかも知れん。


「くそ! 、面白くない」

いきり立ちながら、つい口に出して言った。その言葉にリリスがビクッとなったのがわかった。


 それに、ローデシアの城にノアピの娘が、何故かいる始末。

ん? ノアピの娘。


「ノアピよ、人属には、父の意志を継ぐとか、下らない風習があったな?」

「……… 」

「このロッパを俺が征服して、娘にやろう」

「………」

「その後、献上してもらう。ノアピ、お前がヌマガーにやらせた様にな」

「や…… め…… ろ。 やめろ!」

「ガハハハ、良いじゃないか。一瞬だが、ロッパ全土が、お前たちローデシアのものなるだぞ」

とデーモン王の顔がブレながら、一人話し込んでいた。


「リリス、お前に役目を与える。ノアピの娘を見つけ出し、連れてこい。いいか、殺すなよ。それに正気の状態で連れてこい。体はどうなってもいても構わん」

と腕を組みながら、リリスに向かって命令した。


「陛下の仰せのままに」

とリリスはさらに頭を下げて、羽を広がて飛び去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る