第104話 法廷の乱闘(三)

「あら、良い男達ね、お持ち帰りしちゃおうかしら」

とリリスと取り巻きのサキュバスが、ジェームズとヘンリーに近ずいていく。


 ヘンリーもジェームズもすでに怪しい状態になっていた。近ずいてくるリリスとサキュバスは天女のごとく神々しく見え、なんども、頭を振って正気を保とうと自分と闘っていた。


「あら、無理しなくて良いのよ。天国に連れて行ってあげるわ」

とさらに一歩近づこうとするところに、


 シェリーが、

「売女、ご主人様方に近くじゃ無い」

とエルステラを抜き立ちはだかった。


「あら、それ褒め言葉? でも貴方は癪に触るわね」

と長い尻尾をシェリーの頭めがけて、突き出した。


 しかし、その突きは、玄武結界によって、おかしな方向に逸れた。


「えっ、何? 面白い術を使うわね。やっておしまい」

とリリスは少し下がって、取り巻きのサキュバス達に命じた。


 そして、催淫効果のある妖気を発して、周りの衛兵達、そしてヘンリーとジェームズに幻覚を見せた。


「おのれ、ゴブリン、天女に狼藉を働くとは許せぬ」

とヘンリーがエルメルシアを抜き、シェリーに向かって、氷の矢を飛ばした。


 しかし、玄武結界によって、氷の矢は逸れる。


 ジェームズは頭が混乱していた。アルケミックコンパウンドボーを顕現し、ゴブリンに狙いを定めたが、そのゴブリンの胸の仄かな光が、撃ってはダメと言っている様に感じた。


 一方、サキュバス達は、シェリーには尻尾の攻撃が効かないことを悟り、掴みかかってきた。一匹がエルステラによって、灰にさせられ、他のサキュバス達はさっと引いた。


 そこに、徐に衛兵達がシェリーに抱きついてきた。


「なっ、何を」

と衛兵を見ると、半裸になって、奇妙な顔つきになっている。


「もう、邪魔」

と手を肩に当てて、気絶させた。


 しかし次から次への衛兵達が抱きついてくる。瞬間移動で、少し移動するが、さすがのシェリーも傷つけることができない者達に抱きつかれて動きが鈍ってきた。


シェリーは

’ならば、あの、売女に直接攻撃を仕掛ける’

と思い、瞬間移動で、飛んでいるリリスの目の前に現れ、エルステラを突きだした。


カン

―――矢が当たる金属の音―――


 ジェームズが放った時空矢で、エルステラは弾かれ、リリスの肩をかすった。


ジュ

―――肉が焼ける音―――


「ぎゃー」

とリリスは叫んだ。


「おのれ、私の体に傷をつけるとは許せん」

と形相が変わり、長い爪を立てて、シェリーを掴もうとした。


   ◇ ◇ ◇


 その間に、一匹のサキュバスがヘンリーに近づき、口づけをしようとした。


 ヘンリーには、天から降りてきた天女、なんとなくケイに似た天女が、今、自分の頰に手を当てて、口ずけをせがんで来た様に見える。


 ヘンリーは天女を抱き、口を近づけようとする。


 サキュバスは、犬歯を出してニヤッと笑った。が、


 突然、突然身を震わして、硬直した。


「陛下に近づかないでください」

とケイがエルベントスの雷のタガーをサキュバスの背中めがけて投げ、突き刺していた。


 そして、手首をクイと動かし、雷のタガーを右手に戻して、さっと跳躍して、右手の風のタガーでサキュバスを切りつけてた。サキュバスの羽が胴体から離れ、猛烈な風が吹き飛ばした。


「陛下、お気を確かに。……… 失礼します」

とこちら側に来る前にヒーナから教わった『愛する人の口づけ』をした。


   ◇ ◇ ◇


「ケイさん、彼方の二人の殿方は、多分幻覚を見せられていると思うの。で、最初に陛下に『愛する人の口づけ』をあなたがするのよ」

ヒーナは、何か言おうとするケイを手で制して

「いい? 今は身分がなんて言っている暇はないのよ。それから、これを飲ませて欲しいの」

ヒーナは丸薬を出して続けた。


「ジェームズには、私が行ってキスすれば良いだけど、今は賢者の石がない普通の人だから、向こうには行けないわ。で、何か可笑しかったら、張り倒して、この薬を飲ませて欲しいの。貴方が躊躇するなら、正気に戻った陛下にしてもらって」

と言いながらケイにも薬を飲ませた。


   ◇ ◇ ◇


 ケイが唇を離した時、ヘンリーは最初、きょとんとした顔だった。ケイには、その顔が可愛く、愛おしく見えた。


ケイは、顔を紅潮させて、少しうつむき加減で、

「陛下、これをお飲みください」

とヒーナから預かってきた薬を飲ませた。


 そこに


「ゴブリン、兄上に何をする? どけ」

とジェームズは空気を固めて、ヘンリーを襲っているゴブリンにぶつけようとした。


「なっ、おい、これはケイだぞ。弟といえども許さんぞ!」

とヘンリーはケイを庇って、大声を放った。


「陛下、弟君は幻覚を見せられておられます。どうか、その、張り倒して飲ませろとヒーナ様が仰っていました」


 ヘンリーは後ろに庇ったケイを振り返り、ちょっと目を見張ったが、

「そうか、ヒーナの許可があれば問題ない」

と言いながら、ジェームズに近づき、


「ジェームズ、悪いがちょっと痛い目に遭ってくれ」

「えっ?」


 ドス

と無防備のジェームズの頰に思いっきり、拳が入った。


 ジェームズは起き上がりながら、

「なっ、何をするんですか?」

と怒りの目を向けて抗議してきた。


「どうだ、これは、まだゴブリンに見えるか?」

と背中のケイをチラッと見せた。


「ああ、いえ、大丈夫です。でも殴ることは」

とジェームズは、良い歳して膨れっ面をして言い返した。


「ヒーナが張り倒せって言ったってさ。しっかりしているな。兄とは安心したぞ。でもお前、絶対、将来、ヒーナの尻に敷かれるよな。ハハハハハ」

と周りが騒然としているのに場違いな笑がこだました。


 正気に戻ったジェームズは、顔色を変えて、大変なことを思い出した。


「しまった。さっきシェリーの攻撃を邪魔してしまった」

とシェリーとリリスの闘いの方に目を向けた。

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