第103話 法廷の乱闘(二)

 ローデシア帝の寝室に近ずくごとに、甘い匂いと怒りの臭いが混ざった空気が流れてきた。


 サリエが私の肩を取って

「まちな、これは、インキュバスとサキュバスの妖気だ。無闇に近ずくと変になってしまうぞ」


 カーリンが、私の肩に乗せたサリエの手を、ゆっくりと払いながら、

「気安く触るな」

と女とは思えないドスを効かせて、サリエを睨んだ。


「おー、怖ぇ。お前も女だろ、インキュバスの虜になっちまうぜ」

とサリエは、ちょっと熱くなった手首を庇って、悪態をついた。


「これを飲みなよ。少しは耐えられるぜ。でもなぁ口を吸われたら、……… 大変

だぜ」

とナウムが腰の薬袋から、丸薬を出して私に渡そうとした。


 すると、カーリンが先に手を出して

「まずは私が。理解してくれ。こちらは皇太子妃なのだから」

となるべくナウムが気を悪くしないように説得した。


 ナウムは変な笑い顔をして、カーリンに渡した。


「苦いぞ、吐き出すなよ」

とサリエは見せるように口に入れて飲み込んだ。


 私も苦さを堪えて、丸薬を飲み下して、風の精霊に正常な風を送ってもらいながら、ローデシア帝の寝所の重い扉を開けた。


   ◇ ◇ ◇


 ”マリオリ殿、頼む私の記憶を書き換えてくれ”

マリオリの頭に、突然ヌマガーから魔法通信が入った。


 ヌマガーは、魔法を阻害する棘の冠を強引に外し、顔が血で真っ赤になっていた。そして、奥歯に仕込んだ小さな賢者の石を使って、魔法通信をしてきたのである。


”しかし、それをすると貴方が、正気ではいられなくなりますよ”

と辺りが騒然となる中、一人、私だけが、佇んで魔法通信で答えた。


”良いのですよ。どの道、長くはない。であるならば、オクタエダル先生の意に沿う様に”

とヌマガーはあえて、私を見ずに答えてきた。


”判りました”

と回答した後、まず私は、自分の頭に杖を当てて、能力高速化の呪文を放った。


―――高速化呪文は、長い提唱時間を短縮化する手法だが、掛けられた魔法使いには大変な負担がかかる。通常、自分に掛ける時は、二倍から三倍に設定するが、マリオリは十倍に設定した―――


 私が見ている景色は、何もかもがゆっくりと動いた。これは自分の身体も同じで、手足は早く動かせない。意識のみが高速化しているおかしな状態を感じた。


 そして、私は、記憶を書き換える呪文を無発声で提唱した。


’我が命ずる。ヌマガー・ガッシュの記憶を…… ’


 通常提唱なら、何時間もかかるところを、瞬き一つの時間で提唱をし終えた。そして、後の記憶は無くなった。


   ◇ ◇ ◇


 法廷は大混乱だった。サキュバスたちが飛び回り、男たちを籠絡して回る。虜になった男たちは、ニヤニヤしながら、服を脱ぎ始めるが、そこをサキュバスの尾っぽで突き刺されて絶命する。

「アーノルド、これを飲んで。少しは耐催淫術の効果があるはずよ」

とヒーナがポシェットから丸薬を取り出し、自分も飲みながらアーノルドに渡した。


「ありがとうよ。ヒーナは、ここから出て、逃げた奴らの介抱をしてやれ」

と言って丸薬を口に放り込んだ。


「ニゲー、何だこれ」


「強力な鎮静薬の一種よ。取り敢えず、私は避難者を誘導するわ」

とポシェットにある残りの丸薬をアーノルドに渡して、出口の方に移動して行った。


 そこへ一匹のサキュバスが、ヒーナの後ろに近づこうとした。アーノルドは竜牙重力大剣を一閃させて、重力波で行く手を阻んだ。


「おい、何処行くだ? 良い男はここだぜ」

とサキュバスを挑発した。


「キー、キー」

と異音を発しながら、近ずいてきて、尻尾で突き刺そうとした。

 

 アーノルドは大剣の影に隠れながら、その攻撃をかわし、

「リリイは、まだ、人属の心が残っていたがな。オメエは、もう無い様だな」

と催淫ガスを吹きかけようとするところを一刀両断した。


’ごめんなさい’

別れる時、リリイが、言っていた言葉が耳の奥で蘇った。

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