法廷の乱闘

第101話 国際裁判

「これより、ヌマガー・ガッシュの裁判を開廷する。被告人をここへ」

と裁判官が衛兵に指示したのが聞こえた。


ギー

―――重い両扉のドアが開く―――


 私は、屈強な衛兵に挟まれ、頭に棘の冠を被せられている。もう痛みも感じない。衛兵たちに促され、右足を一歩踏み出した。


ガチャ

―――足枷の鎖の音―――


そして、左足を一歩踏み出す。


ガチャ

―――足枷の鎖の音―――


 重い、正に重い足取りで、私は鎖の音を響かせながら、証言台に向かって歩いていく。


―――証言台には、少し高くなった台の上に木の柵と簡単な椅子が一つ。その天井からは、槍の束が、いつでも突き刺せる状態でぶら下がっている―――


 足を引きづりながら、一歩一歩進んで、証言台の椅子に座った時、手枷の鎖が木の柵に、足枷の鎖が椅子の下の鎖に結び付けられた。


―――証言台を囲むように円形に、人の背の高さの二倍程の高台があり、正面から左右に四脚づつ、重厚な椅子が並べられている。そこには、ファル国王と皇太子、シン王国の代表として最高司祭の2名、ヘンリーとジェームズ、旧アルカディア代表としてレン老師、そして旧ミソルバ国王が座っている―――


 私は、手首をさすりながら、正面を向いて裁判長ファル国王の言葉を待った。


「これより、審問官が、被告人の供述を読み上げる。被告は間違いがあったら、指摘するように」

とシン国王が椅子の背もたれに体を預けながら、述べた。


 マリオリを含む、三人の審問官は、交代しながら、私の供述を読み上げた。極力、感情を廃して、淡々と語るように、時間を掛けて読み上げている。時々、私の後ろの傍聴席からは、唸り声や咳が聞こえたが、なぜか遠くの世界のことのように思った。


 この裁判は私の量刑を決めるものではない。刑はすでに死刑と決まっている。ローデシアの小国併呑から始まる顛末を確認するためのものである。


 私は手首を摩りながら、半眼で聞いた。


   ◇ ◇ ◇


「お姫さんよ、ココひでぇぜ。あんたみたいな人属の貴族が平気でいるのが不思議だぜ」

とサリエが、鼻を押さえながら呟いた。


 至る所に死体が転がり、腐臭を放っている。ローデシア城から少し離れた湖の洞窟を通って、城の地下室に着いたが、近づくごとに酷い有馬様だ。


「ええ、私も限界に近いわ。それにしても酷いことを」


 私は、風の精霊を呼び出して、清浄な風を送ってもらっている。そしてなるべく見ないようにして進んできた。


「ところで、何で寝室に行くの? やっぱりお父さんが心配だから?」

と鼻を摘みながら、ナウムが聞いて来た。オークも、こう言うのは嫌いなようだ。


「私は皇太子妃ですが、残念ながら、もう、そんなセンチメンタルな少女ではないわ。娘として多少は気に掛けていますが、今はローデシアを魔物から取り返すことが最大の目的よ。この有様を見て、すでに父の生死は関係ないと思っているの。ローデシアを人属の手に戻すこと。そのためには、ローデシアの笏が必要なのよ」

と私は、ナウムを見ながら、でも、自分に言い聞かせるように答えた。


「ローデシアの笏?」

と今度は、サリエが聞いて来た。


 ローデシアの笏は、ローデシアの支配者の証。その笏によって、ローデシア軍、全軍を指揮でき、全官僚を服従させることが出来る。それを使えば、ローデシア再起の兵を起こせる。


「でもよ、姫さんなら、笏などなくてもローデシアの軍なら従うじゃね?」

とサリエは慎重に歩きながら、小声で聞いてきた。そして、ある違和感を感じていた。


「私は、ファル王家に嫁いだ身。たとえ、ファルで廃妃になったとしても、もうローデシアを継ぐことはできないわ。だから、ルーゼン家の血を引いた者を探さなければならないの。ローデシアの笏はそのために必要なものなのよ」

と廊下の左右の死体に目をあまりやらないように歩きながら答えた。


「まあいいや。それより、城に入ってからおかしいぜ。敵兵が全くいやしねぇ」

とサリエは先頭を松明を掲げながら、違和感を口にした。

 城に入る前は、魔物たちに遭遇して、斬り結んだが城に入ってからは、人属の死体しか見ない。


 それに答えたのは、カーリンだった。

「私も、先ほどから違和感を感じていました。魔族に衛兵というのがあるのか分かりませんが、ここまで全くいないのは奇妙です」

剣の先に火を灯して、後方を注意しながら答えた。


「ちょっと待って。風の精霊に城を見てきてもらうわ」

と私は風の精霊を呼び出して、城の中をそよ風となって探ってもらうよう頼んだ。



   ◇ ◇ ◇


「……… 」

 

 ヌマガーの供述もすでに終盤に差し掛かっていた。なぜ奴が、アルカディアを攻撃し、そして混沌の錬金陣を使ったかも。暴走しやすい錬金陣が見事に暴走してしまったことも。おそらく錬金術師以外のものが聞いた場合、『愚か』としか思わないだろうが、僕やヒーナ、その他錬金術師は、『いつでも、自分の身に起こり得る』と思ったはずだ。


「それで、その暴走した混沌の錬金陣を止めたのがオクタエダル先生ということだな」

と裁判長であるファル国王が、ヌマガーに聞いた。


「そうだ」

とヌマガーは裁判長を真っ直ぐにみて答えた。


 恐らく、この暴走させたことは、錬金術師として最も思い出したくない所だろうと僕は感じた。


「それを止めるために、オクタエダル先生は、証文の錬金石をぶつけたと言うのだな」

ファル国王は、念を押すように、右人差し指をヌマガーに向けて聞いた。


「そこは、オクタエダルの魔法通信と、私の推測だ」

とヌマガーはぶっきら棒に答えた。


「そして、その証文の錬金石はどうなった?」

とファル国王は、また念を押すように聞いた。


「判らない」

「……… 」


 法廷は、水を打ったように静まり返った。


「その先は、俺が聞いてやろう」

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