第100話 罪人の意見

 ―――ジメジメとした地下牢。ネズミが走り去る音がし、受刑者が、うめき声を上げている。カビ臭い廊下に規則正しく掲げられた松明の周りには羽虫が舞い、そして自ら火の中に飛び込んで、燃える音がする。ファル王国の魔法使い専用の監獄の尋問室へ、一人の男が入っていった―――


ガシャ、キィー

―――部屋の中に松明の光が一筋の線となって差し込み、尋問室の扉が開いた―――


「暗いな、明かりを灯してくれないか」

とマリオリは、衛兵に指示した。


 明かりが灯り、机の向こうに鎖で繋がれ、棘の冠を着せられた男がうずくまっていた。


「ヌマガー殿、これまで尋問に付き合っていただき礼を言う」

とマリオリは、椅子に座りながら、机の向こうの人物に言った。


「いや、大した事ではない。が、貴方の尋問が一番厳しかった。尋問というより、言葉の格闘技に近かった」

ヌマガーは嗄れた声で答えた。


「勝敗のない、真実のみを掘り起こすための格闘技でした」

とマリオリは机の上で左手を右手に乗せて答えた。


   ◇ ◇ ◇


―――精巧な彫刻が施された木の玉座。何代にも渡って使われてきたその椅子にはファル王国の長い歴史が刻まれている。そして余り天井が高くない、その謁見の間に程よく古代の調度品が並べられ、拝謁するものにロッパ大陸、最古の国家の権威を否応なく感じさせた―――


「皇太子よ、ヌマガーを連れてきたのは良いが、これは厄介なことだぞ」

と王は眉を上げながら、いかにも試してやろうと言う顔を向けて、ブライアンに問いかけた。


「当家は、妃をローデシアから向かい入れております。そのため、わが国はローデシアに宣戦布告した後でも、ローデシアとの関係に疑問を挟む者がおりました」

とブライアンは、試されていることを楽しみながら、手を後ろに組んでゆっくりと歩き、語った。


「そして、今回ヌマガーを得ました。もし、わが国だけで処刑してしまえば、口封じとの誹りを受ける可能性があります。逆に無罪にしてしまうと、やはりローデシアと連んでいると疑われるでしょう」


 王は、玉座の肘置きに頬杖をつきながら頷いた。


「これは、ファルだけで処置するからです。つまり、シン王国に知らせ、シン王国の尋問官も受け入れるのです」

ブライアンは、体を王に向けて、少し強く答えた。


 そして続けて

「我がファル王国はローデシアが、小国併呑を始めた時からも、これまで一度も組みすることは有りませんでした。これは我が王家の者は信じて疑いません。しかし、口さがない者は色々と言ってきたのも事実」

と、ブライアンは、また後ろに組んで、ユックリと歩きながら語った。


「これまでは、無視しておけば良かった。しかし、ローデシアが魔族の国となった以上、我がファルは、明確に無関係であることを他国に知らしめねばなりません。そうしなければ、我がファルも魔族と関係のある国と疑われます」

と、ブライアンは再び王に体を向けて、語気を強めて語った。


そして、

「ヌマガーに真相を語らせれば、我が国への疑いは晴れるでしょう」


「結構。しかし、ヌマガーがファルを道連れになどと考えるやもしれん。必ず我が国もの者を立ち会わせるように」

と王は玉座に深く座りなおして語った。


―――これにより、シン王国へヌマガーの国際裁判の設置が打診され、その審問官の派遣要請がされた。ヘンリーの人となりに感じ入ったシン王国女王は、旧エルメルシアのダベンポート王も裁判に出席することと条件をつけた。ファル王国としても、自らの潔白を証明するなら多い方が良いと考えたが、表向きは渋々了承した体で、許可が下りた。それでマリオリが派遣されてきたのである―――


   ◇ ◇ ◇


「明日から、大法廷で、貴方の審議が始まります。ここには、我が陛下とその弟君も出席されます」

とマリオリはヌマガーの目を見つめながら話した。


「ああ、エルメルシア家の兄弟か。こうして悔悟してみると、悪いことをしたと思っている」

とヌマガーは澄んだ目で答えた。


「……… 」


 ヌマガーと私は、少しの間、沈黙した。


 口を開いたのはヌマガーだった。

「貴方は、良い主君に仕えられた。私はそれが羨ましい」

と鎖で繋がれた腕を少し動かし、手首のところをさすりながら語った。


 その時、音がしたので、衛兵がジジロリとヌマガーを見ているように感じた。


「たまたま、お仕えした主人がそうであったと言うことです。もしかしたら、私がそちらに鎖で繋がれて座っていたかもしれません」

私は、机の上の手の指を組み直して答えた。


「私は、アルカディアから追放されて、それでも虚勢を張り、いつしか傲慢になっていた。そのために人を見る目が曇っていたのでしょう。その差と思います。この机の腕の長さにも満たない距離なのに、天と地ほどの差があるのは」

とヌマガーは答えた。私はヌマガーの目に後悔の念が浮かんだを感じた。


「今日、ここに来たのは、貴方の意見を聞きたいと思ってきました」

と組んだ指を解いて、手を重ねて聞いた。


「罪人の意見など、当てならないでしょう。もはや、主君と言う大樹を失った落ち葉に過ぎません。後は土に還るのみですよ」

とヌマガーは、相変わらず手首を摩って言った。


 私はかまわずに

「ローデシアを占拠した魔族の王についてです。私が解せないのは、なぜ、攻めてこないのかです。貴方は如何思われますか?」

「それは、私も少し疑問に思っていました。私が証言した通り、ローデシア帝に魔族の王が憑依した理由が、証文の魔法にあるならば…… 」

とヌマガーは、少し思案して、

「ローデシア帝はまだ、生きていらっしゃるかと」

と答えた。


 私も同じ意見だった。もっと早く、この男がローデシア帝に会う前に知り合っていれば、親友になれたかもしれない。オクタエダルも飛躍した言葉を語ることがあり、その内容について行くのは大変だった。しかし、この男の飛躍の度合いは私と同じくらいで、語り合っていて楽しい。


「恐らくは、オクタエダル先生の最後の言葉に魔族の王は縛られていて、危ない橋を渡れずに躊躇している。さらに、裏切り者を恐れていると言うところと推測しています」

と私は答えた。


「私の考えも同じです。それにしても、オクタエダルは、今にして思うと神ではないかと感じます」

とヌマガーは天井を見ながら答えた。


「君とアルカディアで対峙していたとき、私も感じたよ。この人は人属なのだろうかと」

と私も天井に目を向けて、オクタエダルが雲に乗って飛び去ったときのことを思いながら答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る