第99話 風竜の条件


「おっはよ、ジェームズ。どう? 筋肉痛なんだって?」

とヒーナが階段をピョンピョン跳ねながら、降りて来た。


「ここ、素敵ね」

と僕の前に来て、上を見たり、下を見たり、ガラスに手と額を着けて、陽の光と聖素で煌く湖を見たり、まるで子供の様だ。

 

 そして、

「ちょっと、足を見せて」

と座っている僕の前に跪き、僕の足を上げようとした。


「ぎへ、痛い」

と僕は悲鳴をあげてしまった。


「あら、筋肉が固まっているわね。運動不足よ」

「いや、それはもう、皆んなに言われましたので、お腹一杯です」

僕は痛みを堪えて、力のない笑いを混じえて答えた。


「ちょっと、あっちのベットに横になって」

とヒーナが言うので、痛いのを我慢して、ゆっくりと移動した。


「少し我慢するのよ。血の巡りを良くしないと筋肉痛は長引くから」

とギュウギュウとマッサージを始めた。


「先生、せんんせい、お願いしますもう少し優しく、グァー」

「我慢して! 」

「せんーーんーーーーせい」


   ◇ ◇ ◇


”大魔導士殿、なんかスースする匂いがするぞ”

と風竜が言った。


「こちらの、薬剤の先生に湿布薬を塗られました」

僕は、まだ痛む足を庇いながら、ヒーナを連れて、竜達の森に来た。


「初めまして、私、ヒーナ・オースティンと言います。薬剤の錬金術師です。今は賢者の石ありませんけど」

と自己紹介した。


風竜は、鼻をヒクヒクして、じっとヒーナを見て、

”ああ、大魔導士殿の番か。よろしくな”

と歯を見せて笑った……様だ


「ねぇ、ねぇ、なんで私とジェームズの事が判ったの? 教えたの?」

と僕を肘で突きながら聞いてきた。


”匂いで判るのだよ。お主達、交尾しておろう?”

と身も蓋もないことをズバッと言ってきた。


 ヒーナは、耳まで赤くなり、息を吐くのを忘れて、大きな目で僕の方を見てきた。


 そんなことなど、意に返さずに

”で、今日は何の御用だ?”

と聞いてきた。


「今日は、風竜様だけですか? 」

”そうじゃよ、儂らだけじゃ。火竜、土竜達は、マース山の火山の温泉旅行、水竜達は海水浴に行っておる。儂らは、ここの森で森林浴じゃ”


「実は、どなたかの竜の髭を少し分けて頂きたいと思いまして」

と、まだ赤い顔のヒーナを横目にお願いしてみた。


”ほう、儂が、やらんでも無いが、何に使うのじゃ? 大魔導士殿のことじゃ。何か凄いことに使うのじゃろ?”

「ええ、凄いかどうかは判りませんが、武器の芯に使わせて頂きたいと思いまして。えーっと、ケイ・ユアンジアさんのタガーです」


”ケイ?、ケイ、ケイ… … 、ああ、王の思いびとの…… ”

と風竜は、頭を右手で掻いた後、腕を組んで、最後に左手の上に拳をトンと乗せて、答えた。


 僕は、ヒーナが今の風竜の思念を聞いて、ちょっと首を傾げたのを見逃さなかった。


「そうです。先の戦いでタガーを失くしてしまって。それに魔族相手だと普通のタガーだと、ちょっと闘うのが難しいですし」

と僕はヒーナをチョット見ながら、答えた。


”一つ条件がある”

と風竜が人差し指を立てて言った。僕は、ちょっと首を傾げて続きを促した。


”エルメルシア 『祝福の水』、エルステラ 『祝福の大地』と来れば、当然、エルベントス 『祝福の風』じゃろ? な? そう思うじゃろ? 大魔導士殿”

と、どこかニヤニヤしながら風竜は答えた。


”儂ら風竜に因んだ名を刻んで欲しい。エルベントス、いい名前だ”

と益々、ニヤニヤした。


 風竜の考えていることは何となく予測がついた。要するに火竜に先駆けて、風に関係する武器を作って欲しいのだ。火竜を出し抜いてやろうと思っていると僕は予想した。


”大魔導士殿、何か、疑いの目をしておるが、儂は、火竜を出し抜こうなどと疚しいことは考えておらぬぞ”

と思念の後、

「イッ、ヒヒヒヒ」

と歯を見せて笑った。


   ◇ ◇ ◇


 風竜は、雌の方を呼んで、事情を話し、快く、雌雄一対の髭を少し切り取ってくれた。

 僕たちは、その髭を木箱に入れて、工房に帰るところ。


「ねぇねぇ、どっちが雄で、どっちが雌か判った? 私、全然判らななったわ」

と帰り道ヒーナが腕を後ろに組んで、ちょっと、かがんで僕の顔を下から覗くようにして聞いてきた。


 僕は首を振りながら

「僕にも、全然判らなかった」

と僕は答えたが、ヒーナの関心はそれではなく、

「でも、判ったこともあるわ」

とヒーナがちょっとニヤッとして言った。さっき風竜との会話の途中で、ちょっと首を傾げた時の事だろう。


「お兄様とケイさん、まだよね。私たちの事も分かっちゃう、風竜さんが、番と言わずに『思い女』って言ったんだもの」

と手を組んで、少し大股に歩きながら話をしてきた。僕たちの間では、意外とこの手の話で盛り上がる。一時期はアーノルドとシェリーの間柄で話が持ちきりだった事があった。


「気になるのかい?」

と風竜の髭を入れた木箱を持って答えた。中では、時々風の音と雷が鳴っている。


「そりゃ、だって、将来は『ケイお姉様』、じゃなくて『ケイ・ダベンポート王妃様』だもの」

と人差し指を振りながら僕の顔を見て答えた。


「キミだって、ヒーナ・ダベンポート王弟妃になるかも知れないよ」

とちょっと笑いながら答えると、


「いえ、私は雑貨店店主の錬金術師ジェームズ・ダベンポートの夫人が良いわ」

と首を振りながら答えた。


 そして、二人で顔を見合わせ、 


「ハハハハハ、キミは欲がないなぁー」

と僕が答えると


「あら、そんな事ないわ、オクタエダル先生は、世界最高峰よね。私の将来の夫は、それに次ぐ当代最高峰の大錬金術師ジェームズ・ダベンポートになるわ」

と言った後、鼻歌を歌いながらスキップして先に行った。

 

 少しずつ、芽吹きが始まり、寒さが緩んだ風を受けて、僕は筋肉痛の足を何とか動かしながら追いかけた。

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