若芽と落ち葉
第95話 贖罪
「怯むな、生き延びたければ、怯まず、陣形を維持せよ」
ヌマガーは魔族と魔物に囲まれた陣形の中で檄を飛ばした。
―――ローデシアの残党は、次第にヌマガーの元に集まり、千人に達しようとしている。しかし、武器は折れ、鎧もままならない。今は死んだ同僚の武器や鎧を奪いながら、生きながらえていた。その中でヌマガーは、指揮をとり、ファル王国へ避難しているところだった―――
「私が命ずる。大地の性質を水に変えよ」
とヌマガーは自分の指輪の賢者の石を使って、敵が立っている大地の性質を変えて土の中に葬った。それでも、残った魔物たちがローデシアの残党に容赦なく襲いかかってきた。
「魔法歩兵は、盾の構えを維持せよ。長槍隊、盾の間から魔物を仕留めよ」
ヌマガー自身は、石を拾って、軽く投げ上げ、タイミングを合わせて、錬金術で石の近くで空気を爆発させて、高速弾にして撃った。この放浪の間で編み出した技である。最近は狙い通りに打つことが出来るようになり、自虐的に笑ったこともあった。
’騎馬隊が居れば、もっと早く蹴散らせるものを’
ヌマガーは兵達を叱咤しながら考えた。しかし、考えても仕方ない事は重々承知していた。すでに、詫びながら、馬達を食料にしたからだ。
’こんな、私が指揮をしたばかりに、栄光あるローデシア兵がこんな惨めな戦をしている’
これは何度も考えたことだ。
「そこ、頑張れもう少しだ」
一角が破られると、満水の水を止めている土手が壊れが如く、この兵達は瓦解する。だから、もう限界と知っていても激励するしかない。
◇ ◇ ◇
今日も何とか凌ぎ切った。皆、泥の様に横たわった。
いつまで持つか。私にも解らない。ファル王国に亡命する以外、この兵達を生かせる方法がない。それまで、生き恥を晒してでもだ。
私自身は、魔物と闘っていた方が気楽だった。体は、もう無理だと悲鳴をあげているが、アルカディアでの失敗をひと時でも忘れるからだ。だから、こうして、皆が休んでいる時が一番辛い。
’兵達を送り届けたら、死のう’
皆が休んでいるときは決まって、この結論に達する。
兵達をファル王国に送り届けるには、一度南に大きく回るか、砂漠を越えるか、マース山系の西側を通って北上するしかない。南下した場合は、夏でも氷が解けない大氷結山系があり、今の兵では山越えは無理だろう。ここから直線的にファル王国に向かうと、砂漠が行くてを阻む。魔物が多くなるがマース山系を北上するしかない。
ファル王国には、ローデシアからアメーリエ妃が、皇太子妃として嫁がれている。何とか兵達を受け入れてくれると信じている。
だから、ファルへ、だから、魔物の多い死地へ。
少し休を取った後、兵達がユラユラと起き上がり始めた。
私は、副隊長を呼び、
「良いか、今回、誰がどこまで、生き延びるか判らない。私が倒れたら、お前が指揮をとり、ファルへ行け。そしてお前が倒れても良いように、次の指揮官を決めておけ。十人位までは決めろ」
ときつく言い聞かせた。副隊長は頷き、すぐに人選に入った。
◇ ◇ ◇
数日後、小規模の魔物の襲撃があったが、それらも何とか凌いだ。
そして、今日、
「はぁ、はぁ、はぁ、ヌマガー様、少し向こうで、人属の兵を魔族が襲っています。襲われているのは、旗、防具から見て、ファル王国の兵かと」
と斥候が息を切らして戻って来た。馬はもうないため走って来たのだ。
続けて、
「人属は、一個小隊の規模ですが、すでに大半がやられています。魔物は二個小隊規模かと」
恩を売っておくのも必要だろうし、情報も得たい。
「すぐに、救出に向かう。各隊は魔物に気づかれないように進め。魔法歩兵は前面に展開、長槍隊は、援護、剣士は遊撃せよ。私が合図するまで、攻撃するな」
と命じて、ゆっくりと進んでいった。
ガキン、ガッ、ギャー
―――剣戟や悲鳴が聞こえた。魔犬とゴブリン数体、ホブゴブリン三体がいた。そのホブゴブリンはローデシアの鎧を着ている―――
’本当にローデシアの対魔法鎧だ。本来なら、魔素が吸い取られ、動けなくなるはずだが’
しかし、魔法は聞かなくても物理的な攻撃は通じる。つまり、錬金術による間接的な攻撃ならダメージを与えられるはずだ。
私は石を拾い、鎧が薄くなる膝裏を狙い、高速弾を撃ち込んだ。一匹のホブゴブリンの膝が砕けガクンと片膝をついた。他の二匹は何が起きたか判らず、今対峙しているファルからの反撃と思い違いした。そこで、もう一匹のホブゴブリンの膝裏を狙って撃ち込んだ。二匹目もガクッと倒れた。
流石に三匹目はこちらに気づき、魔犬をけしかけて来た。
魔法歩兵が盾で防いだところを槍で突き刺して行った。そして、
「突撃!」
と命じて、一斉に魔族を蹴散らした。
◇ ◇ ◇
魔族を一掃し、埃が収まったが、ファルの軍は攻撃体制を解除しない。
「ファル王国の将兵とお見受けする。隊長と話がしたい。当方はローデシア軍である」
と私は話しかけた。
すると、
「ローデシアが何の用だ?」
と、とても友好的とは言えない回答が来た。
「我等に、そちらを攻撃すると意思は無い。どうか話をさせてくれ」
と剣と槍を降ろさせて打診した。
すると、かなり位の高そうな、隊長が出て来た。
「あなた方は、今、敵対国です。投降する意思があるならば、お話を伺いましょう」
と言ってきた。
‘なに、ローデシアが敵対国?’
「ローデシア出身の皇太子妃様は?」
と私は、その隊長に手を向けて聞いた。若干刺激したのか、ファル軍がどよめいた。
その隊長は、自軍のどよめきを抑え、
「妃は、今はおらぬ。お主だけ、前に出てくれないか? 私も行く。身の安全は、この私、ブライアン・ダベンポート・ファルが保証する」
’ブライアン……ファル王国の皇太子か’
「判った」
と言ったあと、私はゆっくりと歩き出した。すると、副隊長が
「ヌマガー様」
とファル軍に聞こえない様に小声で心配してきた。
「大丈夫だ。お前達には悪い様にはならない」
と答えた。
◇ ◇ ◇
「ファル王国の皇太子殿下ですね。本来な跪くところですが、状況が見えませんので、このままで失礼させていただく」
と感情を殺して話を始めた。
「良かろう。さて、君たちローデシアは、アルカディアを破壊したことにより、ファルだけでなく、シン王国も敵に回した」
と皇太子が答えた。皇太子とはいえ、三十歳も半ばを超え、キリッとした眉毛は、意志の強さを物語り、ひたいの広さは知性を表していた。すでに王の品格を十分に兼ね備えた貫禄のある偉丈夫である。
「アルカディアを破壊したのは事実である。この私が破壊した」
と何の詫びれもせず私は答えた。
続けて、
「しかし、我が国ローデシアがおかしいことになっている」
と答えた。
「それは、ファル王国でも察知している。すでに魔族デーモン王に支配されている」
皇太子は眉をちょっと上げて答えた。
私は感情を見せない様に心がけたが、少し目をそらしてしまった。
「それで、足下は、ヌマガー・ガッシュか?」
と皇太子は続けて聞いていた。
「そうだ」
と隠すこともなく答えた。
皇太子はじっと私を見据えた。その瞳には怒りが灯っていた。エルメルシアの王には敵わないが、こいつも王の気魄を発している。私は負けない様に足を踏ん張り、歯を食いしばった。
「足下の要求を聞こう」
と低い声で聞いてきた。
「後ろの将兵の身の安全と亡命を許して欲しい。すでに帰るところがない。武装解除はさせる」
と切り出した。
「判った。保証しよう。ファル国境を越えるまで武装はそのままで良い。ここで反乱を起こして我らを殺しても、帰るところがなくなるだけだ。さて、足下は如何される?」
と答えと、問いを言ってきた。
「私は、彼らを引き渡したら、自決する」
とさらに強い意志を持って答えた。
しばらく、皇太子の鋭い眼光に晒された。ローデシア帝の前に跪いた時の様に感じた。
「それは、無責任ではないか?」
と言った。
無責任。確かしに無責任かもしれない。この世界を崩壊直前に追いやった大逆を犯しておいて、説明もなしに勝手に死んでしまっては。確かに。
「足下の罪は免れない。死罪に変わりがないが、全てを証言することが、贖罪ではないのか?」
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