第96話 奇妙な旅の仲間


―――人属の村という村、町という町は、地獄絵図であった。ゴブリンが人を襲い、あらゆる陵辱の限りを尽くし、サキュバスが、女、子供を連れて行き、オーガが人を食らう。帝都に近づくほどに、ひどくなり、もうこのあたりは、死臭が漂い死体しかない。春になり、花が咲き始め、緑が濃くなりつつある、この時期に、全く、似合わない光景が広がっている。そんな中、奇妙な一行が道を急いだ。オークが守る四頭立ての魔導車―――


「なあ、族長、なんで人属の雌……、ああ、女どもを守って、ローデシア城に行くんですかい?」

と不満タラタラのムルチが俺に聞いてきた。


「ちょっと、面白そうじゃねぇか。あのお姫さん、秘密の通路から入るって言うしな。城の中見てみたいだろ?」

と俺は、早足で走りながら答えた。


 ナウムは何故か、あのお姫さんと気が合い、魔導車の中で喋っている。魔導車を御しているカーリンとか言う女騎士の奴は、いまだに警戒を解いていないが、それでも時々喋るようになってきた。


 ムジがちょっと先の道で手を振っている。あの先に魔物がいるのだろう。


「おい、女騎士、魔導車を止めて、ちょっと待て」

と女騎士に声を掛けた。


 女騎士はチラッとコッチを見て、手綱を引いて魔導車を止めた。


 俺は、ムジの方に行き、丘の下を見た。


「おお、凄い魔物の数だな。でも、隊列も何もありゃしねぇな。こう言うところは人属の方が上だな」

と額に手を当てて、春の光を遮り眩しさを避けて見渡した。


 巨人、キュプロス、牛頭、骸骨兵、魔犬にゴブリン、キメラ、様々な魔物、魔族が雑多に集まり、デーモン族が指揮しながら、何やら軍事演習をしている感じに見える。


「族長、不味いでっせ。後ろの人属の女なんか、魔蜂の蜜の掛かったミルパンをブロンの群れに投げ入れたのと同じようにあっと言う間に襲われちまいまっせ」

と遠くの魔物の軍隊に目をやりながら、ムジが声を掛けてきた。


「うーん確かになぁ。あの魔導車も目立つが、人属の女ってのも目立つだよな。それに匂いがな。オーガなんて、人属の匂いをすぐに嗅ぎつけるだろうから、近ずけねぇな」

と俺は、右の長耳を引っ張りながら答えた。


「それに俺たちオークは、奴らから、敵視されているから、人属と一緒にいる所なんか見つかると面倒なことになりやせんかねぇ」

とムジは、厄介な人属の女を放り出して、逃げましょうと言わんばかりに言ってきた。


 デーモン族が現れる前は、この北の大陸の支配者はオークだった。この北の大陸での覇権を失ってから、他の魔族から敵視されている。


「まぁ、そう言うな。その敵視された状態を救ってくれるのも人属だと長老たちが言っているのだから」

とムジの肩に腕を回して答えた。


’長老の話では、オークの栄光を取り戻してくれるのが人属だと、何度も聞かされた。首を傾げたくなるが、今は信じるしかない’


「少し迂回していく。あの取っつきにくい姉ちゃんに言ってこい」

とムジの鼻を指して命じた。


「えー、俺ですか? あの姉ちゃんは、勘弁して欲しいな。ナウムより怖ぇ」

と俺の胸をゆっくりと押して反論してきた。


「今のをナウムに言ってやろうかな」

とニヤニヤしながら言うと


「分かりやしたよ。分かりやした」

と渋々同意した。


   ◇ ◇ ◇


「魔導車は、魔族の軍隊を避けて迂回するそうだ」

とナウムが魔導車の窓を閉めながら、教えてくれた。


 私は、ローデシアの村や町が悲惨な状況になっているのを見て、感じて、酷く落ち込んだ。私も帝室の出で、ファル王国の皇太子妃であり、歳もそれなりに重ねている。政治の醜さや戦争の悲惨さを知らない訳ではない。

 

 しかし、これには心が折れそうだ。


 それを何気に支えてくれたのは、魔族であるナウムさんだった。何とも不思議な巡り合わせを感じた。そして、人属には知られていないオーク達の伝承を語ってくれて、気を紛らしてくれた。


 ナウムさんによれば、第一次聖魔大戦より、さらに前はオーク達が、魔族の支配者だった。その頃は、人属も、亜人と人間の混血は進んでおらず、魔族もロッパに居た時代だった。それぞれの国は小さく、あちらこちらで諍いが起きていた。それでも、相手の種族を食うなどは、オーガや獣人の一部で、今ほど残虐なことは無かったようだ。


 ある日、メル大陸の方から、北の大陸にインキュバスがやって来て、亜人、人間、オーク問わず、女を拐かし手篭めにし始めた。


 そして当時のオークの幼い王女が拐かされ、怒り狂ったオークの王は、インキュバスが住む北の果ての居城に軍とともに攻め込んだ。しかしそこに居たのは、サキュバスにされていた、人間、亜人、オークだった。そのサキュバス達の思わぬ迎撃、と言っても、サキュバス化したオークの娘達に男のオークが籠絡されてしまい、すぐに壊滅状態に落ちいた。

 それでも、オークの王は、図間抜けた魔力と膂力で、インキュバスを追い詰め、一対一の勝負に持ち込んだ。しかし、狡猾なインキュバスは、オーガの王の娘を盾にして、王の攻撃を封じめ、ついにオーガの王を屈服させた。


 そして、インキュバスが持つ『相手の力を奪う力』によって、オークの王の『魔力』を吸い取った。オーク族は、代々、王のみが魔力を使える、逆に言えば、魔力は王のみが持つ力だった。

 インキュバスによって、魔力が吸い取られた為に、オーク族は『魔なしの種族』となった。そのためオーガやトロールと同じ最下層の階級となって、魔族の中では、蔑まれるようになったらしい。あのゴブリンでさえ、魔法が使える者がいるので、その下と言うのは屈辱的だったに違いない。


 支配階級が、その地位から転落した後の境遇は、魔族とて同じである。


 一方で、オークの王の魔力を得たインキュバスは、デーモン王を名乗り、北の大陸を支配した。そのデーモン王が、ロッパの人間、亜人に戦いを挑んだのが第一次聖魔戦争で、竜達の助力を得た人属が優勢になり、デーモン王は敗北して北の大陸に押し込めらたと教えてくれた。


「さて、着いたぜ、お姫さん。こっからどうするのかな?」

と魔導車のドアを開けて、サリエさんが言って来た。


   ◇ ◇ ◇


「我王よ、やっと、ヌマガーを見つけたわ。彼奴、錬金術で自分を消していたから判らなかったのよ」

とリリスが、胸が大きく開いた長い裾のドレスを着て、王のもとにやって来た。


「そうか、ヌマガーならやるだろうな。で何処だ?」

と俺は、王座の肘掛けに肘を立てて、頬杖を突きながら聞いた。


「ファル王国の牢よ。牢に入れられる前の一瞬だけ、ヌマガーの魔力が消えて、行方が分かったの。その後は牢に入ってしまい、また、感じないけど」

と俺の足元に座り、太ももに頭を乗せて答えた。


「牢か、戦争責任の裁判でも受けるのだろう」

「裁判?」


「人属はややこしいのだ。どうせ殺すのに、裁判などと面倒な手続きをしなければ気が済まないのだよ」

「ふーん、可笑しな風習ね」


「そうだ、どうせなら、その裁判で、人属の目の前で、俺がヌマガーの記憶を奪ってやろう。人属への見せしめにもなるしな」

「あら、結界が張ってあるわよ。私、全然近づけなかった」

とリリスは顔を上げて上目遣いにこちらを見ながら聞いて来た。


「だから地獄門なのさ。あれは通常の結界など簡単に通過できる」

と俺もリリスに目を向けて答えた。


「あら、それは楽しみね」

とリリスは手を伸ばして、俺の体を触って来た。

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