第94話 犠牲者から学んだもの
ヘンリーとマリオリ、それにエレサ王女にシン女王が馬車に乗り、アルカディア難民の療養所に赴いた。その道すがら、エルメルシアでの悲劇の話を聞かせた。
「エレサ王女様、これからお見せする、お聞かせすることは、今、王国の外側では普通に起きていることです。見聞を広げられることの一助になるでしょう。その後、王族として、今のお立場のエレサ王女として、魔物狩人になることが正しいか、御考えください」
とヘンリーは馬車の扉を開ける前にエレサに語った。
そしてヘンリーは、診療所内を案内した。
「済まぬ。皆を受け入れてくれたシン王国の王族の方々が皆の容体を気にされて、御来駕された。少しの間、我慢してくれ」
とヘンリーは部屋の中の人属たちに言ってから、案内をし始めた。
「ここにいる人たちは、魔物との戦いで怪我を負った者です」
そこには、足や腕のない者、顔に大きな傷を負った者がいた。それでも、自分たちを受け入れてくれたシン王国に感謝する言葉が方々から出てきた。
「次の部屋は、この間、私と共に避難してきた一般市民です。彼らは、魔族によって、衣服を全て剥ぎ取られ、男女、子供関係なく檻車の中に押し込められていました。それも、許容以上に」
ヘンリーは今度は挨拶なしに部屋に案内した。
中の人は、皆、口を開け、ヨダレを垂らし、目の焦点が合っていない、会話が成り立たない人たちだった。
「許容量を超えて、檻車に押し込まれました。そのため、足元の人属は圧死し、それでもどんどん押し込まれていった。自分たちの足で、友人の、兄弟の、両親の、子供のその潰れた遺体を踏んでいたのです。遺体は何層にもなっていて、下の遺体は形がありませんでした。そのため、生き残ったこの人属たちも精神が崩壊してしまったのです」
もう、この段階でエレサ王女は、涙目で顔色が悪くなっていた。
「次の部屋は、かなりショックを受けられるかもしれません。続けられますか?」
とヘンリーは念をおした。
エレサは気丈にも大丈夫と頷いた。
部屋の扉を開けた。そこのには、自分と同じくらいの女の子たちがいたが、やはり皆精神がやられていた。
「この子たちは、ゴブリンに犯された人属たちです。中には何日も、何十匹ものゴブリンに危害を加えられ続けた子達です。王女様より小さい子もいます」
もう、真っ青になっていた。
そして一番奥のベットに行った。そこにはヒーナが他の看護師と一緒にいた。
そのベットには、包帯でぐるぐる巻きになっていて、目だけが出ていて、そこだけが人属と判る部分だった。
「彼女の容体は?」
とヘンリーは、薬をその彼女に与えていたヒーナに聞いた。
「今日明日にはおそらく。生きる気力がすでにありません。聖霊師様でも残念ながら」
と首を振った。
ヘンリーはその彼女に向かって、
「済まぬ。しかし、協力してくれ」
と土下座して頼んだ。
ヘンリーはゆっくりと立ち、
「彼女は、魔物狩猟者だった。女性ではかなり腕が立った。そして、ゴブリンの群れに捕まり、逃げられない様に手足の筋を切られた。ゴブリンの群れは数百だったから……見つかるまで推定1ヶ月間捕まっていた」
エレサは崩れ堕ちた。自分の甘さに、自分の世間知らずに、そして、自分がどれほど守られているかに、涙が止まらず、泣いた。
ヘンリーは、腰のエルメルシアの柄頭に手を乗せて、病室の窓から外を見つめながら、
「王族は、市民を守る義務がある。魔物狩猟者も魔物を狩ることで、勿論守れる。しかし王族は、より多くの市民を守るだけの地位を市民から与えれている。王族とはそういう者だ。市民からの期待の元、より多くの市民を守る。これを放棄して、誰が市民を守るだろうか? 国を組織し、軍を組織し、そして、その長になり、全ての責任を負うものは王族しか居ない」
とエレサに言い聞かせるよりも、ヘンリー自身の決意を述べる様にゆっくりと語った。
エレサは、また、泣き崩れた。
「ごめんさない、ごめんなさい……」
と何度も謝罪した。
そしてヘンリーはエレサを助け起こし、
「エレサ王女様、どうか、この者にお言葉を」
「ごめんなさい。私は貴方を助けることが出来ません。でも貴方の様な犠牲者を私の力の続くかり、無くしていくことを誓います。聖霊のご加護があらんことを」
とエレサは、膝をつきベットに寄りかかり、祈った。
その彼女は目を開いた。笑っている様に思えた。そして永遠に閉じた。
―――エレサ・ウィドウ・シン。大将軍として、人属史上最強の対魔族軍『女神の軍』を率いて北の大陸に攻め入るのは暫く後のことである―――
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