第92話 お転婆姫
―――会話も弾み、宴もたけなわになってきた頃―――
「おーい、ちょっと前から、そこから見ている三人、なんか用か?」
とアーノルドは、茂みの方に向かって話しかけた。殺気も闘気もないので、襲うつもりはないと判断した。
ガサガサガサ
―――茂みから、貴族らしき娘と騎士が2人―――
「特に他意は無い。こちらのお方がドラゴンを見てみたいと仰るのでお連れした」
と後ろに控えた騎士の一人が答えた。
「姫様かい? 謁見の間であったよな」
とアーノルドは座ったまま、体を傾けて話しかけた。
「なっ、姫様と判って、その口の効き方は!」
ともう一人の騎士が剣に手を掛けた。
「お辞めなさい。如何見たって、貴方達で相手になるお方ではありません」
と王女は騎士たちを叱責した。
騎士たちは膝を折って、謝罪した。
「何、構わねぇってことよ。それに、あの謁見の時の欠伸はなかなかだったぜ。俺のお株を取られた気分だ」
とアーノルドは手を振りながら答えた。
「そう、だって長いだもの」
と王女はいきなり砕けた口調に変わった。
「ところでよ、ドラゴンじゃなくて、竜と呼んだ方がいいぜ、じゃ無いと食われちまうぞ」
とアーノルドが、口で、かじる真似をした。
”アーノルド、人属は如何も勘違いしておるが、我等は火、水、土、風の錬金術師が言う正八面体の頂点に近い、ほぼ完全な聖なる生物であるぞ。じゃから、他の生き物を食う必要など殆どない。我らが、噛むのは、ほれ、手よりも口の方が大きく、牙が鋭いからだぞ”
と、火竜の一体が答えながら、顔を突き出して歯を見せた。少し笑い顔にも見える。
”我らは、聖素、魔素を吸収するだけで済む。こういった森や水、山に居れば、それで十分なのだ。それでも時々は、草や木ノ実、穀物は食することがある。酒もその一環だな”
と今度は水竜が、酒樽をコップのように上にあげて、思念で補足した。
「へーそうなんだ。難しいことは解んねぇな。だが、人属を好んで食う訳じゃねぇことは解った」
とアーノルドが耳を穿りながら、答えた。
「ところでよ、姫様は物見遊山で来たのかい?」
と若い王女に向かって話した。
「そうよ、だって、王宮は面白く無いだもの。何時も、聖霊師様たちが、『姫様、なりませぬ。姫様、お行儀がお悪うございます』なのよ。それもステレオよ」
ちょっと、聖霊師の真似をしながら喋った。
「おう、判る」
とアーノルドが答えている時、若い王女は、アーノルドに近ずいて、
「ねぇ、私にもお酒ちょうだい」
と手を出してきた。
アーノルドは、ちょっとギョッとして、体を捻り、後ろの騎士達を見た。すると騎士達は、顔を顰めて、首をほんの少し横に振った。
「ダメだってよ」
と言うと、若い王女はお付きの騎士に向かって、
「貴様、余計なことを言いよって」
と、凡そ、若い姫君が言うと思えない言葉を発して、ツカツカと近づき兜の上から殴った。
「まあ、良いわ」
と言いながら、アーノルドの横に胡座を掻いて座った。
「とんでもねぇ、姫様だな。お付きの者の苦労が解るぜ」
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