第90話 四人の聖霊師たち

―――空には雲もなく、風もなく、陽の光は明るく穏やかに照っている。寒さが厳しいシン王国聖都だが、太陽の下は暖かい。聖霊樹に囲まれた教会に集まる参列者を分け隔てなく、包み込むその光は、まるで、オクタエダルの慈愛に満ちた笑顔のようだ―――


 兄上を救出した僕たちは、シン王国に戻ってきた。そして、オクタエダルと、サンとそれに騎士達、魔法使い達の死を悼む祈祷会が催された。今は、魔族との戦時である為、略式ではあるが、数千人の規模の人たちが集まった。

 その中には、イレイグ・ソラール王と王妃、王女の姿もあった。後で聞いた話では、魔族が跋扈する直前に市民とともに、ここシン王国に逃れてきたらしい。見切りの付け方はやはり、優秀な商人である。それにトムも一緒に連れて来てくれた。あとでお礼を言わなければ。


 そして、式も終わり、僕とヒーナ、シェリー、アーノルドと兄上、ケイ、マリオリは、シン王国のサスリナ・ウィドウ・シン女王に謁見が許された。


―――見上げれば蒼天に白い鳥が、大きく羽ばたき飛び去っていくのが見え、中天の太陽からは暖かい光が差している。横の四つの聖霊樹の緑の葉に光が反射して足元に緑色の光を落としている。湖から渡ってくる少し冷たい風も頰を撫で、まるで外にいるように思わせるような謁見の間。壁も天井もガラスで出来ており、それを支える金属質の細いアーチが大広間にいることを示すのみである。この謁見の間は、建築錬金術の粋を集めた芸術作品だ。

 前面には三段の幅の広い階段があり、その頂上に白く、そして、見上げるほど高い背もたれがある玉座が設えてある。その両脇から一段下がった場所には双子の聖霊師が向かい合って座り、さらに一段下には長身で色白の明らかにエルフ属の耳を持った女性がこちらを向いて立っている。そして一番下の僕たちと同じ高さの両脇にも双子の聖霊師が向かい合って座っている―――


「ゲッ、あるじ、子供ババァーズが、増えているぞ。どうなっているだ」

とアーノルドが小声で耳打ちしてきた。


 確かに上の聖霊師と下の聖霊師は全く同じ背格好で同じ顔、双子ではなく四つ子と思わせるほど、同じ人物が四人いた。これには僕も驚いた。


 そして、下にいる二組の聖霊師がこちらをチラッと見て、微笑んだ。


「女王陛下のおなりです」

と言上がされて、兄上と僕は、少し頭を下げ、他は片膝をついた。


「お直りください。ヘンリー・ダベンポート王、そしてそのジェームズ・ダベンポート王弟、よくぞご無事で、お越しくださいました。何よりです」

と声をかけて来たシン女王とその横に、十六、十七歳の王女も同席した。


 その後は、中段にのこちらを向いている背の高いエルフ属の女性が、形式だった話を兄上、マリオリと始めた。

 

 あれこれ、しばらく時間がたった時、


「ファぁ〜」


と場に似つかわしくない声がした。僕はてっきりアーノルドが寝ぼけているのかと思ったが、声は女性だった。


「これ姫様、お行儀がお悪いですぞ」「ですぞ」

と上の聖霊師が注意した。


「だって、長いだもん」

とちょっと不貞腐れて王女は答えた。


   ◇ ◇ ◇


 形式だった話しと戦況をエルフ属の女性と話を終えて、僕たち四人は兄上たちとは別れて、少し広い部屋でお茶を飲みながら寛いでいた。


「なぁ、なぁ、あるじ、子供ババァーズって一体何人いるだろうな。驚いたぜ」

とアーノルドが、喋り出した。


「アーノルド、不謹慎ですよ」

とシェリーが注意したが、その顔は、明らかに笑っている。


「そうよね、私も驚いたわ。それにあの中段にいる女性たち、綺麗な人だったわね」とヒーナも会話に加わる。


「うん、確かに」

と僕が、ヒーナの会話に相槌を打つと何故か睨まれた。


コツコツ


 誰かがノックをしている。

 シェリーが瞬間移動してドアにいき、少し様子を伺って、ドアを開けた。


「ジェームズ様、お嬢様方から、お話があるようです。宜しいでしょうか?」

とメリルキンが話して来た。


「良いですよ、行きましょうか?」

と聞くと、

「私も、お部屋でお待ちいただければ、お連れしますと申したのですが……」


「メリルキン、我らから出向くと言ったじゃろ」「じゃろ」と杖で小突きながら双子の聖霊師が入って来た。そして、その後にまた、双子の聖霊師が入って来た。


「げっ、子供ババァーズカルテット!」

とアーノルドが声を上げてしまった。


 例によって、メリルキンのデコピン聖霊弾を受けて、額に手を当ててしゃがみ込んだ。


「おお、これが、ミリー、レミー叔母上が言っていた、粗忽者の狼の末裔か?」「末裔か?」

と四分の二の聖霊師がステレオで話し始めた。


「そうじゃ」「じゃ」

と他の四分の二の聖霊師が答えた。


 背格好、顔、声の質は全く同じだ。少し、話し方が違うくらいだ。


「あのー、どう言った、ご関係なのでしょうか?」

と僕は聞いてみた。


「おお、そうじゃな。お主たちには、まだ知らせておらなんだ。こっちの二人は、ロキア・アレシオーネとミキア・アレシオーネ、我らの姪で、現最高司祭じゃ」「じゃ」

と四分の二の聖霊師が紹介してくれた。


「ロキアとミキアです。先ほどは、王女エレサが失礼な事をしました。まだまだ、子供なので、お許しください」「ください」

ともう一方の四分の二の聖霊師が答えた。


「そうじゃ、ジェームズも知らぬかも知れんな。我らは、年をとって覚醒するとこのように子供の姿に変わるのじゃ」「のじゃ」

と多分いつもの聖霊師たちが答えてくれた。


「覚醒前は、中段にいた背の高い聖エルフの姿だったのだよ」「のだよ」

ともう一方の精霊師たちが答えてくれた。


「へー、じゃあよ、あんな綺麗な女の容姿で、そのババァみたいな喋り方だったのか? なんか調子狂うな。あの綺麗なねぇちゃんとも話してみてぇ、……痛、いててて」

とアーノルドが、喋り出すと、

「アーノルドちゃん、お口が過ぎますわよ」

とシェリーに肩を掴まれ、ちょっと気を入れられた。


「粗忽者、面白いよな、君は」「君は」

とまた、違う四分の二の聖霊師が喋り始めた。

 しばらくの間、聖霊師たちはアーノルドをいじって笑った後、四人でお茶を飲みながら、顔を突き合わせて、話し始めた。


あるじ、見ろよ、なんか不思議な光景だぜ。ちっこくて、同じ顔の子供がババァみてな、話をしている。なんか変だよな」

とアーノルドは顎で聖霊師たちを指しながら喋って来た。


 いつも思うのだが、両手でコップを掴んで、頭を上げて飲む様は、五、六歳の子供の様だ。その仕草は可愛いと言えるが、聖力も知識も眼力も物凄い。


 そして、アーノルドは、シェリーに向き直って、

「シェリーには、違い、判るのかよ」

とアーノルドは頭に両手を乗せてシェリーに聞いた。


「私も、実のところ判らないわ。気の流れがほとんど同じなのよ」

と答えていた。


 僕は、アーノルドとシェリーの話を聞きながらお茶を飲んだ。


 ヒーナが四人の聖霊師の髪の毛を強請っているのを横目に観ながら。

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