第89話 ノアピから学んだもの

―――元は、ローデシア城の壮麗で最も広い対面の間。今は、その壮麗さは消え失せ、至る所に死体が転がり、異様な臭いが漂う不浄な場所となった。その場所に6匹の異形の者が並んでいる―――


「デレク、ムサンビ、ラスファーン、コリーン、ゴリス、そしてモーン、我がデーモン六将軍よ、よく来た。ご苦労だった。我らデーモン属の最大の障害だったアルカディアを葬ったぞ。今こそ我らの力をこのロッパ大陸に示し、人属を我らの家畜にする時だ」

とデーモン王は、玉座に座り、少し大仰に構えて述べた。


「王よ、おめでとうございます。忌々しい証文は、消え失せたのでしょう。これで、我ら魔族を止めるものはおりません。この大陸は切取り次第とさせていただきたい。勿論、貢ぎはいたしますぞ」

と黒いローブに身を包み、顔が全く見えないムサンビが大きな鎌をゆっくりと回しながら答えた。


 六将軍一同、そうだと頷いた。

「ムサンビよ、切り取り次第とは、どう言うことだ?」

とデーモン王は目だけを動かし威嚇した。


「いや、貢物を取るために切り取り次第と言ったまで。深い意味はありません」

とムサンビは、言葉では恐縮した態度である。しかし顔が全く見えないので本心は分からない。


’一度、あやつの頭の中に入って、本心を探ってやる。まあ、その時は死ぬ時だが’

とデーモン王は心の中で思った。


「そうであろう。諸君の俺への忠誠心は揺るぎないこと、俺は信じて疑ってはおらぬ」

とデーモン王は、六将軍を見回しながら答えた。その中で、モーンだけが奇妙な顔をしていた。そもそも、魔族には顔色というのはないに等しいが、今のモーンは明らかにいつもと違う。リリスが人属の回復薬を飲ませたのだろう。


「モーンよ。右足はどうした?」

と初めて気づいたかのように聞いてみた。


「いや、何でもござらぬ。魔術を試した時、ちょっと、キズを負ったまでのこと」

と少し狼狽えて答えた。


「聞いたところでは、お前、アルカディアで勝手に暴れまわったようだな?」

と声のトーンを落として聞いた。


「それは、……それは王への貢物を狩るためだ」

とモーンは答えた。モーンの顔色は益々おかしくなってきた。


「ほう、でその貢物とは、何時くれるのだ?」

「いや、今はない。今度持ってくる」

「ところで、モーン、何時、俺が、ロッパで暴れて良いと言ったのか?」

モーンの牛の顔が苦痛に歪んでいる。


 デーモン王は目一杯の威嚇の覇気を出し、他の将軍達に見せつけた。


「何時、良いと言ったのだ?」

と再度、問うた。


 モーンは人属の回復薬で身体中が痺れているが、他の将軍にはデーモン王の威嚇に萎縮しているように見える。


 デーモン王は玉座から降り、モーンの近くに行って、その額を掴んだ。


―――普通であれば、デーモン王といえども、将軍にこのような仕打ちはできない。力量ではほぼ互角、デーモン王も瀕死の重傷を負う覚悟が必要な行為である。しかし、今、モーンは蛇に睨まれたカエルのように、全く動けずに居る。これは他の将軍にはデーモン王が自分たちより強大な力量を手に入れたと見えた―――


「直接聞いてやる」

と額を掴んだ手に力を入れた。


「ガガガ」

とモーンは苦しみの悲鳴をあげた。それでも反撃できないモーンの姿を見た他の将軍は驚いた。


’デーモン王は、人属に乗り移り、何か強大な力を手に入れたのか? だから、時間が掛かったのか。これは侮れない’

と皆思った。


―――デーモン王は確かにローデシア皇帝に乗り移り、ある能力を会得していた。それは魔力でも、腕力でもない、『権謀術数』。魔族は、個の力のみに頼り、組織としての行動が少ない。さらに、闘争はすぐに腕力、魔力に頼った死闘となる。その為、権謀術など、手間のかかる事はしてこなかった。しかし、群れを作り組織を作る人属は、同族である相手を追い落とす闘争に長けている。赤ら様に力を使わずに相手より優位に立つ、権謀術が何時も繰り広げられている―――


「おお、見えてきたぞ、お前、事もあろうか、人属に負けたな? 勝手に暴れて、このザマは何なのだ?」

デーモン王は、少し上を向きながら、芝居掛かった大げさなそぶりで、他の将軍に聞こえるように呟いた。


「グググ、お許しを、全ては、……王の為を…思って……で、過ぎた真似をいたしました」

モーンは、痺れている上に、デーモン王の思考制御の術で何もできない状態になった。


「かくなる上は、我が身を持って、お許しを請うまで。人属に負けた生き恥は晒したくありません。どうか、殺してください」

とモーンは本心とは、全く関係の無いことをペラペラと喋り始めた。


 モーンの目には驚愕の色が浮かんだ。


’反撃する’

と思っても、最早、時遅しである。体は全く言うことを聞かない。


「ぐっ、ぐっ、ぐっ」

と精々唸るのが精一杯だった。


 デーモン王は他の将軍達の様子から、もう十分と判断し、地獄門の術を吸い取った。これがデーモンが王たる所以である。相手の能力を吸い取ることができる。


 そして、

「お前の名誉のために自害することを許す」

とデーモン王はモーンに声をかけた。


’デーモン、止めろ、止めろ。畜生、勝手に手が動く’

とモーンは考えながら、両手を自分の胸に手を突っ込んで、自ら魔族の二つの心臓を取り出し、魔法陣を発現させて、燃やしてしまった。


「ガァー」


と悲鳴を一つ上げて絶命した。


 物凄い早さで腐り始めたモーンの死体を放り出し、玉座に戻り、将軍達を見回した。


「王に忠誠を誓います。王の命令に従います」

と五魔族は一斉に跪いた。


「諸君らの忠誠心はしかと見届けた。それから、リリスをモーンの代わりに将軍とする」

と宣言した。


―――これで、王と将軍は対等の立場ではなく、主従関係となった。そして将軍の任命権は王に帰属することとなった。これもローデシア皇帝ノアピから、学んだことである―――


   ◇ ◇ ◇


―――野獣の臭いが濃厚にするローデシア帝の寝室。今ではデーモン王の部屋となり、何人もの人属の女が、全裸で横たわっている。そして部屋の中央付近に大きなベットがあり、そこには羽が生え、長い尻尾と小さな丸い角が生えた女がうつ伏せに寝ていた―――


 デーモン王が部屋に入った時、その女は両腕を重ねて、顔を乗せ、誘うような目つきで、

「もう済んだの?」

と聞いてきた。


「ああ、上手くいった。モーンは痺れて何も出来なかったが、他の奴らは俺が黙らせたと思っている。そうだリリス、お前を将軍にしてやった。今度の会合からは俺の横に立て。お前の魔力で魔族の男は、黙るだろう」

デーモン王は着ている服を脱ぎ捨てながら、ベットに近づいた。


「へー、私が将軍か、まあ、貴方がくれるものは何でも頂くわ。嬉しい。でも一人駄目よ。ムサンビ将軍は、今はもう、生き物じゃないから、私の術は効かないわ」

と一糸まとわぬ姿で、両足を重ねて足を横に出し、肘をついて喋ってきた。


「そうだな。後、お前に任務を与えよう。先ず一つ、他の将軍達を見張り、裏切りそうな奴がいないか監視しろ。そして、共謀して、俺に刃向かうことがない様に仲違いの種を撒いておけ。それから、ヌマガーを探し、居場所を教えろ。連れては来るな」

とデーモン王も一糸纏わぬ姿で、ベットの前に立った。


「モーンに毒? ウフッ、回復薬? を盛った、ご褒美は頂けるのかしら?」

と体を起こし、ベットの上に膝で立ってデーモンの胸に飛び込んだ。


「ああ、今日はタップリと褒美を取らそう」

「あら、うれしい……」

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