第88話 敗軍の将

「ガッシュ様、ガッシュ様、どうか起きてください」

と私をゆり起こす者がいる。


’私はもう精も根も、そしてプライドも尽き果てた。もはや生きる屍である。暫くしたら、今回の惨憺たる結果の責任を問う軍監がやって来て、私を捉えるだろう。もう、それで良い。今回の責任をとって、死刑で構わない’


 私は声の主に背中を向けて、丸くなって寝続けた。


「魔族共が、攻めて来ます。もうガッシュ様以外に頼る者がございません」

今度は、私のベットの横で、土下座しているようだ。


’魔族がなんだ。あの時、この世界そのものが無くなるかも知れなかったのだ。魔族がいるだけでも良しとするべきだろう’

と思いながら、不貞寝を決め込む。


「お願いします、私たちは、アルカディア、人属との戦いはしました。だから、人属の捕虜になるのは致し方ありません。しかし、魔族に食われるのは、本望ではありません」

と他の誰かも、懇願して来ている。


’言い様だな、攻めてきたのが、ファルやシンだったら違う言い方をするのではないか’

と知らんふりした。


「ローデシアの方から、ゴブリン達が大量にやってくるのです。どうかお助けください」

と四、五人の兵士が土下座しているようだ。


『ゴブリン達が大量』と聞いて、何か引っかかった。

 ローデシア本国には、まだ魔物の侵入を阻止するだけの十分な兵が残っているはずだし、意図的に魔族を通しているとしても、ここのローデシア軍が魔物に襲われたら、身も蓋も無いではないか。


「ガッシュ様……はぁ、はぁ、はぁ」

また誰か、テントに入って来た。息が荒そうだ。


「ガッ、ガッシュ様、ローデシアが魔族に占領されました。ローデシア城は落ちました」


「はぁ?」

と私は思わず声を上げてしまった。


「そ、それに、ホブゴブリンが、ローデシアの鎧を着ています」

と兵士が続けて、衝撃的なことを言った。


 私は跳ね起きて

「なんだと、そんな事がある訳ないだろう。魔族がローデシアの鎧を着たら動けなくなるはずだ」

と。疑問を兵士に打つけるように答えた。


「いえ、確かにこの目で見ました。ローデシアの対魔法鎧でした」


   ◇ ◇ ◇


「ほう、ヌマガーの奴、生きていたのか」

と俺はリリスに問い返した。


「遠目にチラッと見ただけ。でも、あの人属のくせに猫背の格好は間違いないわ」

とリリスは、俺の足元で寝そべり、爪を研ぎながら答えた。


 あのオクタエダルの一番近くにいたヌマガーなら、証文がどうなったか判るかも知れん。連れて来いと命じるのは簡単だが、将軍達が要らぬことを考える可能性もある。 


「リリス、将軍達が来るのは何時だ?」


「サー、明日か明後日くらいじゃないかしら。モーン将軍は、地獄門を使って、一足早く、こっちの大陸に来て荒らしまわっていたわよ。でもね。フフフ、なんか傷を負ったみたい」

 

 モーンは、地獄門という転送陣を使える。この転送陣を使えば、何処からでも、何処にでも行くことができるが、これまでは証文の呪いがあるため、この大陸には来させなかった。まだ証文の呪いが完全に無くなったのか分からないのに、勝手なことをしよって。


「傷の具合はどうなんだ?」

「相当悪いわね。片足が無くなって、回復しないらしいわ」

 

 丁度いい、見せしめに殺してしまえ。


 俺は、爪を研いでいるリリスを見ながら、

「リリス、モーンを言いくるめて、これを飲ませろ」

「えー、何これ?」

「人属の回復薬。俺たちには毒だ。死ぬほどではないが、気分は悪くなる。そして、他の将軍の前で殺す。人属ごときにやられた責任を取らせる」


 他の将軍達に俺の意向を無視すると、どうなるかを示し、そして地獄門の術は俺がいただく。

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