それぞれの転機

第87話 オーク達の人探し

「うん、うん、あー、いい、サリエ、来て」


 パシャ、パシャ、パシャ

―――温泉の水が、肌に当たる音―――


「ふぅ」


「……」


 ザザザーン

―――温泉に浸かる―――


 ナウムはサリエの肩に頭を乗せて

「サリエ、強い奴見つかった?」


「ああ、狼属の血の入った雄と、あれは何だろうな、とにかく強い雌。でも爺が言っている様な強さじゃないだよな。俺たちみたいに腕っ節が強い奴だった。お前はどうだった?」

とサリエは、右腕を回して、ナウムの膨よかな胸を弄びながら答えた。


「そうね、強そうな、雌二匹。一匹は魔法使いだったわ。でも、あれが、伝説の人なのかは判らないわ。うっふん」


「デーモンの奴が、聖魔の堰を破壊したからな。あまり悠長なことも言ってられない。」


「あん、もう……早くガランに帰りたい。帰って、あなたの子供を産むの……あん」


 ナウムは、温泉のせいか、サリエへの愛おしさのせいか、少し上気して、ピンク色の唇を突き出して、口づけをせがんだ。


「そうだな、オークをデーモンの軛から解放する者を探して帰ろう」

「……」


   ◇ ◇ ◇


「族長、族長、大変です」

とサリエの部下で、ナウムの護衛のムジが飛び込んできた。


答えたのは、サリエではなく、ナウムだった。

「邪魔すんじゃねぇ! ああ、もうちょっと!」

と怒っているのか、悶えているのか、ナウムは妙な叱り方をした。


―――基本的に、オークも性に対しては大らかで、邪魔をされるのは嫌うが、見られても恥じることはない。ゴブリン達と違うのは、番いになると、生きている限り終生守るところである―――


 怒られはしたが、ムジは勇気を振り絞って続けて説明した。

「姉さん、この間の魔法使いと騎士がゴブリンどもと戦ってますぜ」


「だから、放っとけって言っているだよ。アチキ達には関係ねぇだろう。あっ、うふ」

とナウムは答えた。


そこにサリエが割って入った。

「ナウム、俺もその魔法使いを見てみたいな。ムジ、先に行って、それとなく、守ってやれ。うっ」


「えへっ? 人族の雌を守るですかい?」

ムジが聞き返した。


「そうだ、いいから、ナウムが、怒ってお前をぶっ殺す前に行った方が良いぞ」


「へい」

とムジは、渋々了解した。


   ◇ ◇ ◇


 二十匹ほどのゴブリンに二人の人族が囲まれているが、優勢なのは人属であった。


ゴー、ゴー

―――カーリンが、炎を纏った円月斬りを繰り出し、周囲のゴブリン達が燃え尽きた―――


 アメーリエは、四つの風の精霊を呼び出して周辺を守らせ、ゴブリン達が近づこうとすると、突風で吹き飛ばしていた。


「ゴブリン風情が我らに敵うと思っているのか?」

とカーリンが叫ぶ。


「私の求めてに応じて、炎の大精霊よ、顕れよ」


 アメーリエは、現れた光の玉に

「ゴブリン達を焼き尽くして欲しいの」

とお願いした。


”解った”

と光が答え、火となって飛び去った。そして、ゴブリンたちに近ずくと業火になって、次々に焼き尽くした。


「ヒトゾク、コンドハオレガイテダ。セイゼイカワイガッテヤル」

そこへ、鎧を身にまとったホブゴブリンが現れた。


 斧を片手にカーリンに飛び掛って来た。


 「うっ」

 斧を盾で受けるが、かなり重い。


 盾に気を入れて、温度を上げる。


 斧が高温になる前に、ホブゴブリンは斧を外し、左手で殴って来た。


「ガッ」

 

 カーリンは飛ばされるが、受け身をとって、衝撃を吸収した。


 口から血がなれる。


 血を拭って、剣を一閃して炎を飛ばした。


 しかし、


 炎が消えた。


「それは、ローデシアの対魔法鎧、なんで、お前が着ているのだ?」


「ガハハ、コノヨロイハ、デーモンサマカラノ、オクリモノヨ、マホウハキカヌ」

ホブゴブリンが胸を張って、親指で差しながら答えた。


 ホブゴブリンが、カーリンに近づき、また、斧で攻撃して来た。それを盾で受け、剣で反撃する。


 その間に、ゴブリン達が盛り返して来た。


 カーリンが炎を出そうとすると、鎧のホブゴブリンが牽制するため、小さい奴らを葬れないでいる。


 アメーリエが炎の精霊を呼び出し、仕掛けるが、鎧に消されしまう。ローデシアの対魔法鎧には直接魔法は効果がない。


   ◇ ◇ ◇


 ムジとムルチは、離れた場所から見ていた。


「おや、最初は良かったが、今は形勢逆転か? 仕方ねぇな」

とムジは言いながら、大弓を構え、小型のゴブリンを射た。


ヒュー、ヒュー


 矢が風を切り、小型のゴブリンは次々に餌食になっていく。


「ダレダ、ワレラノジャマヲスルヤツハ」

とホブゴブリンが、ムジとムルチの方を見て叫んだ。


 そこを、カーリンは見逃さなかった。


 ホブゴブリンに向って走り、跳躍して、鎧のない頭に剣を突き刺した。


「ガガガガーーー」

剣が高熱になり、ホブゴブリンの頭が燃えだした。


 さっと降りたカーリンは、

「闘いの最中によそ見しないことだ」

と言った後、残りのゴブリン達を切っていった。


   ◇ ◇ ◇


「そちらのお方、どなたか判りませんが有難うございました」

とアメーリエが精霊達を納めて、ムジとムルチの方を見て話しかけた。


「いやー大した事ではないですよ」

とムジとムルチのさらに後ろから、サリエの声がした。


「族長、いつの間に」

とムルチが問うたが、サリエは指で口を押さえた後、ムルチとムジの肩をポンポンと叩いた。


 そして、ユックリと茂みから出て行く。

「オーク!」

とカーリンは、また、迎撃体制をとった。


「また会ったね。だから言ったろ、いつもアチキ達みたいに物分かりの良い魔族だけじゃないって」

と言いながら、今度はナウムがサリエの横に出た。


「俺たちは、お前らを襲わないぜ。剣をしまってくれ」

とサリエが、攻撃の意思がないことを示すように武器を持たずに両手を広げた。


「なあ、ローデシアの何処に、何しに行きたんだ?」

とサリエが質問した。


 剣を握って、威嚇しょうとするカーリンを抑えて、

「私は、ローデシアの末の皇女アメーリエと言います。今はファル王国の皇太子妃ですが、父上に会いに、ローデシア城に行きたいのです。どうして……どうしてこんなことになっているのかを確認したくて」

とアメーリエが、周りのゴブリンの死骸を見ながら答えた。


 サリエは頭を掻きながら、

「へー、ローデシアのお姫様かい。でもよ、ローデシア城は、今はデーモンの城だぜ。大臣とか、城の人属は、皆、雌のデーモンに殺されたって聞いたぞ。だから、皇帝も、殺されているじゃねぇか」


「うそ……父上が殺されたなんて……」

アメーリエは、その場に崩れた。ただ、自分でも薄々気づいていた。

どう見ても、アルカディア破壊、この魔族の侵入、父上が健在ならあり得ないと。


―――実はアルカディア破壊も、魔族の侵入も、その元凶を作ったのはローデシア帝その人であったことを、今はアメーリエも知らない―――

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