第81話 聖魔の堰崩壊

―――水蒸気の霧が晴れた時、そこには、牛の頭に捻じれた角の不気味な魔族が立っていた。後ろに大勢の一つ目の巨人キュプロス、その手前に三体のホブゴブリンと数えきれないゴブリン、そしてホブゴブリンそれぞれが、檻車を引いて、その中には、裸にされた人属が詰め込まれていた―――


「そこの人属、素直にデーモン王様への土産になれ」

と不気味な魔族は喋りかけて、右手を挙げた。


 キュプロスは、谷に飛び降り、こちら側に登ってきた。


「陛下、すぐにお逃げください。ここは私が食い止めます」

とマリオリが叫んだ。


「ダメだ。足止めの魔法をして、お前も一緒に逃げる。これは命令だ」

とヘンリーは拒否し、何かの魔法発動を促した。


 マリオリは何か言おうとしたが、問答している暇はないと判断し、メテオフォールの呪文を唱え始めた。かなり時間がかかるが、他の魔法使いが、提唱補助を行い短縮していった。


 谷から登って来た一匹のキュプロスの手が現れた。そこへ、ヘンリーが、氷の剣を飛ばしたが、全く歯が立たない。


キュプロスのもう片方の手が掛かった。そして、その巨大な一つ目が現れた。


「ガルルル」


 肩まで出てきたとき、上空のマリオリ達の魔法陣が輝いた。


 ドーン、ドーン、ドーン

―――巨大な隕石が落下する音―――


 炎を纏った巨大な石が、谷のキュプロスに向かって落ちていく。手をかけていたキュプロスにもあたり、また、谷に落下した。隕石は数分間降り続いた。


「逃げろ!」

とヘンリーは、叫び馬を走らした。サンの遺体は、元乗っていた馬に括り付けて走った。


ケイが走り寄り、

「兄さんはもう……だから、置いていって……」

と悲しみを必死でこらえた表情で言っていた。


「いや、何とか別のところまで」

と答え、走らせた。


   ◇ ◇ ◇


「ふっ、人属風情が」

と不気味な魔族が手を翳すと、手の平に魔法陣が現れた。


「うーん」

と唸ると谷底の土が盛り上がり、谷を埋めていく。


「狩の時間だ」

不気味な魔族が叫んだ。


 キュプロスやゴブリンたちが谷を埋めた場所を通り、ヘンリー達の方に溢れ出てきた。


ドスン、ドスン、ドスン

―――地響きを伴いキュプロスたちが追ってくる―――


 騎士の一人が捕まった。キュプロスは、その騎士を後ろのホブゴブリンの方に放り投げた。ホブゴブリンは騎士の軽装の鎧を引き剥がし、衣服を破り捨て全裸にして、すでにぎゅうぎゅう詰めの檻車の中に無造作に放り込んだ。


   ◇ ◇ ◇

 

 ヘンリーが乗る馬の前をキュプロスが手で塞いだ。

 馬が驚き棹立ちになる。


「陛下!」

とケイが叫び、その手に乗り、タガーを突き刺した。


「ケイ、めろ!」

とヘンリーは叫んだが、キュプロスのもう片方の手が、ケイを捉えようとする。


 ケイは、その手を躱し、上に乗って、身軽に腕を登って一つ目にタガーを突き立てた。


「ウガー」


 キュプロスは、悲鳴を上げて、巨大な瞼を閉じた。その時、ケイの腕は挟まれ、抜けなくなった。


 瞼に挟まって、身動きが取れないケイは、キュプロスに捕まってしまった。


「ケイを離せー」

ヘンリーは、叫びながら、馬を走らせ、キュプロスの足にエルメルシアを突き立て、

’氷の加護を’

と念じた。


 キュプロスの足が凍りつき、動けなくなる。


 しかし、キュプロスはケイをホブゴブリンの方に投げた。

 

 ケイは体を丸くし、落下の衝撃を和らげたが、着地したところにゴブリンが殺到して来た。


 ’タガーがない’

ケイは、焦った。


 体を低くして、拳で殴りながら、ゴブリン達を躱していく。そして蹴りを入れて吹き飛ばす。


 ヘンリーもケイを助けるため、馬で突撃し、エルメルシアで躱し、氷の剣を飛ばす。


 しかし、ゴブリンは、数が異常に多い上に全く怯まない。いくら拳で沈めても、剣で突き刺しても、次から次へと湧いて来る。


 マリオリも加勢に入ろうとするが、他のキュプロスがマリオリを捉えようとして、中々魔法が出せない。


 そして、ケイが、数十のゴブリンを沈めて、次の蹴りを入れようとした時、


 足を何者かに掴まれた。


「グッハハハハ」

とホブゴブリンは勝ち誇ったような雄叫びをあげ、ケイの片足を持った腕を上げた。


 ケイは身軽さを生かして体をひねり抵抗するも、ホブゴブリンは、さっきの騎士と同じように服を破り始めた。白い肌が露わになった。胸を必死で隠し抵抗するが、裸にされてしまった。


 ミディアムヘヤの小さな顔に、しなやかな体と長い手足、程よい胸と括れた腰。


 それを見たホブゴブリンは、涎を垂らして、発情した。


 他のゴブリン達を睨み、

「コイツハ、オレガイタダク」

とケイの両足を持って強引に開き、雄の部分を突き立てようとする。


「いやー、やめてー」

ケイは悲鳴を上げて抵抗した。


 私は頭に血が上り、馬上でエルメルシアを翳しながら王の気魄を発し、そのホブゴブリンに突撃した。


 その圧力に周りのゴブリンは吹っ飛ばされ、ホブゴブリンはケイを離し、ひっくり返った。しかし、ケイも圧力で転がっていく。近くの檻車の中の人も押されて、うめき声を上げる。馬も走れなくなり、伏せってしまった。


 私は我に帰り、気魄を納めて、ホブゴブリンの首を落とした。


 ケイに近づき、抱きかかえ、伏せった馬を起こす。


 ヘンリーは、多くの視線を感じた。


 檻車の人属が助けを求めて、鉄格子の間から手を出す。


「た〜す〜けて〜」

息も絶え絶えの声がこだました。もうない体力を振り絞って出している断末魔の願い。


「陛下、堪えてください。今は助けられません。今陛下が亡くなっては、もっと犠牲者が増えます。どうか堪えてください」

とマリオリが馬を飛ばしてやってきた。


’私は今、愛するケイを抱き、助けようとしている。しかしその横では助けを求める市民がいる。これを助けないで、何の王業なのだろうか?’

とヘンリーが一瞬、躊躇した時、他のキュプロスが近づき、馬を殴り飛ばしてしまった。


 マリオリは私たちを助けようと幾つかの魔法を出すが、あまりダメージを与えていない。


 そして、キュプロスは、ヘンリーとケイの二人をつかみ、他のホブゴブリンに投げようとした。


 その時、何かが一つ目の頭に噛み付き、その頭を引き抜いた。


 頭のない体から、血が吹き出し、二人を掴んだ手の力は抜けていった。


”ゲェッ、酷い味だ”

と噛み付いた主は、ヘンリー達に思念を送ってきた。

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