第80話 同志の死

 私達は、重い足を引きずって、シン王国に向けて出発した。アルカディア周辺には、敵も殆ど残っておらず、ロン大河の渡し近くまで数騎の軽騎馬隊と遭遇したのみだ。最初の騎馬隊の馬を奪い、今は移動速度が上がっている。


   ◇ ◇ ◇


「後、数日のうちにロン大河の渡しに着く。もう少しだ。頑張れ」

とヘンリーは励ましながら進んで行った。


「お待ちください。陛下。おかしな空気が流れています」

とマリオリが、馬を飛ばして並走しながら進言して来た。


「止まれ!」

とヘンリーは号令を掛け、馬を常足にして巡らした。


「陛下、あの丘の向こうから異様な魔力が近づいてきます」

と向かって左側の丘を指差して答えた。他の魔法使いも口々に同じようなことを言った。


 ズン、ズン、ズン

―――腹に響くような低い音―――


 年配の斥候が馬から降り、地面に耳を付けて探った。

「巨大で重量のあるものが歩いて来ます。数は多すぎて判りません。その他にも人属くらいの大きさの者が多数。そして、何か馬車の様なものを引いている気配がします」

と地に伏せ、耳を大地につけて答えた。そして、


「強烈に魔族の臭いがします」

と答えた。


 ヘンリーは他の若い斥候に向かって、

「危険がない程度に探ってくれ」

と命令した。


 若い斥候は馬を走らせ、すぐに丘に着いた。そして、馬に乗ったまま丘の上に立とうとした。


「馬鹿、あれでは見つかる」

と屈んでいた年配の斥候が叫んだが、その時、その若い斥候の首が飛んだ。


 一瞬、皆、声を失った。


「陛下、とりあえず、森に走りましょう」

とマリオリが叫んで、一行は駈歩で走り出した。


 マリオリや魔法使いは隠遁術をかけ追跡を振り切る方策を立てた。サンとケイは、ヘンリーの背中を守るためにピッタリと後ろについた。


 ドドドー

―――後方から多くの足音―――


 ヘンリーは、後ろを振り返ると、黒い波が丘を越えてこちらにやって来るを見た。ものすごい数の魔犬の群れで、倒れた若い斥候は、あっと言う間にバラバラになった。


 大群で、そして広範囲で追って来るため、隠遁術は何の効果もない。ヘンリー達はただ走る。


 しかし、魔犬達は速く、追いついて来た。そして、その時初めてヘンリーは魔犬の上にゴブリンが乗っていることに気づいた。


 二匹の魔犬がヘンリーの左右に付き、右側のゴブリンが剣を振って来た。


 エルメルシアで受けて、一振りして氷の矢を浴びせた。


 左のゴブリンが、魔犬を馬に押し付けて、槍を出して来た。


 間一髪で、ヘンリーはエルメルシアの結界で、一撃を避ける。


 そこをケイが、短いタガーを使い、馬から迫り出してゴブリンの首を切った。


 さらに魔犬に乗ったゴブリンが襲って来る。


 マリオリほか、魔法使いは提唱時間が短いファイアボールや氷の剣で対抗し、騎士達は剣で応戦した。


 しかし、数が多すぎて、一人また、一人と馬から落とされる。そして落ちた騎士や魔法使いに数匹の魔犬が殺到する。


 レン老師は、シェリーと同じ形のシン国式の剣を左右に高速に回し、縋って来るゴブリンの首を刎ねていった。


「森を抜けたところに谷があります。そこを飛んでください」

とレン老師が叫んだ。


 後ろの魔法使いが少し遅れている。


 サンが殿しんがりに周り、ゴブリンをダガーで切り、叩き落とした。


   ◇ ◇ ◇


 私は馬を駆って、速度を上げた。


 森が切れた。


 馬の速度をさらに上げる。風が顔に当たる。


 不意に地面の切れ目が見えた。


 「谷だ、速度上げて、飛べ!」

と皆に伝わるように精一杯、声を張り上げ、指差して合図した。


 さらに速度を上げる。


 風を切る音が大きくなる。


 切れ目が、近づいて来る。


 ガッ

―――馬の蹄の音―――


 飛んだ。


 音が消えた。飛んでいる時間が長く感じる。


 ガッガッガッー

―――着地の音―――


 谷を越えた。


 手綱を引き、後ろを振り向いた。


 ケイ、マリオリ、騎士達は、越えた。


 魔法使いの先生方、レン老師も今越えた。


 そして、殿しんがりのサンも飛んだ。


 その時サンの後ろで、何かが光った。


 ザッザザザー

―――サンの着地の音―――


 サンも越えたが、私はそのサンの胸から、何かが出ているのを見た。


   ◇ ◇ ◇


「兄さん!」

ケイが叫んだ。


 ヘンリーは、サンの馬の横につけて、馬を止める。

「サン、しっかりしろ。サン!」

「妹を頼みます……」

「サン、何を言っているんだ。まだ始まったばかりだ。サン!」


「兄さん、兄さん、兄……」

ケイは泣き崩れた。


「マリオリ、奴らを止めろ!」

とヘンリーはマリオリに命じた。


 魔犬の殆どは飛ぶのを躊躇した。

 数十頭は、谷に落ちた。

 越えてきた数頭は、騎士とレン老師が打ち取った。


 魔法使いは、谷を壊し、広げる。


 マリオリは、最大限に集中し、呪文を唱えた。


「我が命ずる。雷鳴の雲よ、敵の頭上に沸き起こり、イカズチの嵐を落とし、敵を穿ち、討ち滅ぼせ」


 杖を下げた時、辺りが真っ白になり、数十の稲妻が一度に魔犬目掛けて落ちた。


 ギイン、ドドドドーン、

―――耳をつんざくような雷の音―――

 

 雷の直撃を受けた場所には肉片が散らばり、その周囲の死骸からは煙りでて、数百の魔犬とゴブリンは感電して死んだ。


 そして向こう側の谷は崩れてさらに広くなった。


 マリオリは、サンのところに近づき、呪文を発して、ゴブリンの槍を短く切った。

そして、ヘンリーは、ゆっくりとサンを馬から下ろし抱えて確認したが、もう息絶えていた。 


「兄さん……何で……」

ケイは傍らで泣き崩れた。


「サン……」

ヘンリーはそれ以上言えなかった。


―――谷の向こうの森が、膨らみ、木々が燃え森が消し飛ぶ。そして大量の雨が降り、道になった―――

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