第78話 残されし者達

 オクタエダル先生の最後の『最初の言葉』を聞いてから三日経った。僕たちは再び、ロン大河の渡しの村に行くため、高速船に乗り込むところである。今度は、避難した時とは違い、一軍と共に兄上を迎えに行く。

 少し前、ローデシアの悪逆に対して、シン王国は正式に宣戦布告を行った。情報では、ファル王国もローデシアに対し、宣戦布告を行ったようだ。ファル王国の皇太子妃はローデシアの末の皇女であったが、アルカディア出身の大臣たちが強硬に主張したため、開戦になったようだ。

 このような中、双子の聖霊師様は今回の出撃は、弔い合戦ではない。諸悪の根源はまだ他にある。その時のために、ヘンリー王を迎えるのだと主張していた。

 その聖霊師様達だが、あの時、僕が『最初の言葉』を聞いた直後、一人が座り込んだ。


   ◇ ◇ ◇


「ミリー、大丈夫か?」

と双子の聖霊師のレミーが、もう片方の聖霊師のミリーの背中を撫でながら聞いた。


「ええ、大丈夫。レミー姉さん。でも、ニコラスは逝ったわ」

ミリーは、聖霊樹の杖にもたれながら、顔をレミーに顔を向けて答えた。


「そうか。あの頑固者は、また、一人で行ったか」

「ええ、いつものように、フラリと旅に出たわ」

「全く、いつも勝手な奴だ」

「ええ、本当、勝手な人」


 レミーがタン老師に向き直り、

「タン、聞いたであろう。ニコラスは、また勝手に旅に出たぞ」


 タンは、遠くを見ながら、

「ああ、私も最後の気を感じた。彼奴らしい、死に際よ。全く、カッコつけたがるところは、禿げても変わらぬ、ハハハハ」

と長年の親友にしかできない、寂しい笑い声を発した。


「ちと、大神殿で旅の無事を祈ってやろうかのう」「かのう」

と双子の聖霊師は、いつもの調子を取り戻し、大神殿に向かった。


「ジェームズ。そして皆の者、王を救出に向かうぞ。オクタエダルが我らに託した役目をまずは果たそう」

とタン老師が声を上げた。


 皆、頷いた。


   ◇ ◇ ◇


 サー

―――蕭蕭と降る雨の音。雨が瓦礫に当たり、緑の木々は疎か、草一本ない白黒の世界が広がっていた。色とりどりの街なみの痕跡は一切なく、今は色を失い、半分になった大図書館塔のみが、ここがあの麗しきアルカディア学園首都だったことを示していた―――


 私たちは、昇降機で登り始めたたが、途中で使えなくなり、止む無く徒歩で、永遠に続くのではと思わせる螺旋階段を上がってきた。地上に着いた時、皆、脚が上がらないほどに疲労していた。そして、白黒の世界を見たとき、ついに誰も立てなくなり、倒れた。雨に濡れるのも構わずに大の字に寝ても、螺旋階段を同じ方向に回ってきたため、回り続けている感覚が残っている。


 オクタエダル先生が、『混沌の練金陣』を破るために『基盤証文の錬金石』と言う巨大な賢者の石をぶつけたのは、数時間前なのか、数日前なのか……どの位経ったのか。時間の感覚が狂っていて、全く解らない。ただ、あの直後のことが思い出される。


   ◇ ◇ ◇


―――濛々と埃が立っている。天井の魔法石が放つ光が、ボヤとした輪郭で、あたりを照らしている。巨大な賢者の石が突き破った天井が崩れ、部屋の中は濃厚な霧の中にようだ。しばらくしたら空気を清浄化する魔導具が働き、視界が戻る。崩れたはずの天井が、今は修復されていた―――


 視界が戻っても、誰も口を開くものはいなかった。ある者は、涙が溢れないよう目を閉じて少し上を向き、ある者は頭を垂れて、涙で床を濡らす、悲しみを堪える嗚咽する声だけが木霊した。特に長い時間をオクタエダルと過ごした先生、老師たちの動揺は大きかった。しかし、わずかな時間の後、オクタエダルから任された、導き手としての使命を全うするために顔を前に向けた。


 レン老師は、目を赤く腫らしていたが、鼻を少しすすった後、

「オクタエダル先生が仰った通り、ここを脱出しましょう。その前にアルカディアの卒業生でもある魔法使いのマリオリ殿に頼みたいことがあります」

とレン老師はマリオリに近ずいて話を始めた。


「ここにいる魔法学の先生と共に、この部屋を外から開かないように絶対封印して欲しいのです。なるべく多くのそして、なるべく魔力の強い魔法使いの方々が封印することが効果的と聞いています」

とレン老師は、マリオリの前で両手を軽く広げて言った。そして少し首を傾げて、間をとった。

 

 マリオリは、少し考えた後、


「絶対封印をしてしまうと、外から開かないどころか、見つけることも出来ませんが、良いでしょうか?」

とレン老師に問うた。


「はい。オクタエダル先生が言った『正八面体』が導くが来れば、自ずと開きます」

とレン老師が答えた。


「解りました」

とマリオリは短く答えて、他の魔法学の先生達と共に輪になって呪文を唱えた。


 そして、全員が部屋から出た時、その入口は岩に変わり、登って行くごとに足元は土に変わっていった。


   ◇ ◇ ◇


―――半分になった大図書館塔から少し離れた、丘を越えた瓦礫の下、ヌマガーは生きていた―――


 土の中から這い出した。体じゅう火傷を負った。回復薬を振りかけて、応急処置を施して、雨の中を寝転んでいた。立てなかった。


 総勢三十七万のローデシア軍は一体何人、生き残ったのだろうか? 

今、雨が降る音しか聞こえない。


 そして、私は何故生きているのか?

 アルカディアを陥落させた。いやアルカディアは暴走した混沌の錬金陣を止めるために自らを犠牲にした。


 考えがまとまらない。取り留めもなく、脈絡もなく、想いが回る。


 オクタエダルの最後の魔法通信は私にも届いた。


『恐らく制御不能状態にある』


 この言葉は、私の誇りも、プライドも、それまでの実績も全て粉々に砕いた。オクタエダルに比べれば、自分のやって来たことが酷く幼稚に思える。


 しばらく動けずに寝そべっていると声が聞こえた。


「ガッシュ閣下、大丈夫ですか、ヌマガー・ガッシュ閣下」


 閣下などと呼ぶな。罪人で結構。

 頼むから、閣下などと呼ぶな。

 ’閣下などと呼ぶな!’


「閣下などと呼ぶな!」

思わず、大声を出してしまった。


 衛生兵は、驚いた様子で覗き込ん出来た。

 その顔を見た後、意識がなくなった。

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