巨星墜ちし後

第77話 ローデシア帝の娘

―――はげしい雨が降り、陽の光はとっくに失われた深い森。四頭立ての馬車は、寒々とした空気の中をローデシアに向けて、ただ疾走している―――


「一体、父上は、なぜ、アルカディア学園首都を破壊したの?」

と私は、他に誰も居ない魔導車の中で、答えのない自問を繰り返した。


 ガタン

―――魔導車が少し大きな石を踏んだのか、大きな音がした。しかし、精巧な魔導サスペンションのおかげで、車内は全く揺れることなく滑る様に進んで行く―――


’確かにロッパ大陸を統一し、強力な中央集権国家樹立こそが魔物に対抗する手段であると日頃から語っていた。しかし、その中心はアルカディアでも良いとも言っていた。ただ、今の様な甘い考えではなく、中央集権国家の中心を担うだけの覚悟を持つことが条件ではあったが…… 破壊してしまってはローデシアは、人属の敵となってしまう’

と考えていると、

「皇太子妃殿下、この先に検問がある様です。ここはひとまず、休息し、方策を考えた方が良いかと思われます」

護衛の精霊騎士カーリンが、魔導車を御しながら提案してくれた。


「解ったわ。適当な場所で止めて」

と私は答えた。


 カーリン・ヴィルヘルムは、ローデシアの皇女時代からの私の護衛で、ずっと仕えてくれている。今では何でも相談できる親友の様な女性。

 私は、アメーリエ。ローデシア帝国の末の皇女でファル王国皇太子ブライアンに嫁いできた皇太子妃。嫁いできた当初は、夫も大臣たちも、とても良くしてくれたが、エルメルシアから始まるローデシアの小国併呑が進むうちに、アルカディア出身の大臣たちとの関係が微妙になり、夫との結婚生活も次第に味気ないもになっていった。

 そして、オクタエダルの魔法通信によって、ファル王国における私の地位は完全に失墜した。以前から燻っていた廃妃の話が、吹子で風を当てられた炭の炎の様に燃え上がって、身の危険さえも感じるようになった。その様な中、カーリンが国外脱出の提案をしてくれて、今、ローデシアに向けて魔導車を走らせている。


 脱出ではあるが、父上に真意を確かめたい気持ちの方が強い。 


 少し気がかりは、残してきた娘、メリエ王女だが、夫は娘に対しては愛情を注いでくれていたので、多分大臣たちも理不尽な所業には及ばないと思っている。


「しばし、ここでお待ちください」

とカーリンが道から外れた場所に魔導車を停めた。


 そして、雨が上がりかけた、その時。


「誰か、助けてぇぇぇ」

と悲鳴に似た女の声で、助けを呼ぶ声が聞こえた。


 方角は、検問所の方だ。魔導車の窓を開けて目を凝らして見ると、半裸の女性が誰かに追われている。


バシャバシャ

と多人数が水溜りを走る音がした。


 ホブゴブリンだ! 松明は三つ。ホブゴブリン3匹に、人属の女が追われている。


「カーリン!」

と短く、カーリンに助けよと命じた。


 私は、ファル王国に追われている身。しかし、今もファルの皇太子妃と思っている。カーリンも心得いて、ホブゴブリンの前に立ち塞がり、盾と剣を構えた。


   ◇ ◇ ◇


「ギヒヒヒ、モウヒトリ、オモチャガ、デテキタゼ。アサマデ、タップリト、カワイガッテヤルカラナ」

と牙の生えた口で、舌なめずりしながら、雄丸出しで答えた。


「ふっ、ゴブリン風情が」

とカーリンが答えて、剣を一振りした。


 すると、剣から半円状の猛烈な火炎が発生し、先頭のホブゴブリンの体を上下に切り分けた。


「ガー」

とそのホブゴブリンが悲鳴とも雄叫びとも区別がつかない声を発して、燃え上がった。


「オマエ、アナカラ、テヲツッコンデ、ナイゾウヲ。ユックリトツブシテヤル」

と後ろの一人が、巨大な斧を持って、カーリンに飛びかかってきた。


 カーリンは斧を盾で受ける。

 すると盾が高熱を発した。


「コイツ、マホウキシ」

と斧を持ったホブゴブリンは、後ろに飛び退いた。


ブォー、ブオー

ともう一人は、仲間を呼ぶ角笛を鳴らした。


 アメーリエは、魔導車の窓から手を伸ばし、そこにある木の枝を折って、

「私の求めてに応じて、風の大精霊よ、顕れよ」

と呪文を唱えた後、木の枝に息を吹きかけた。


 すると、光の玉が現れた。


 そして、その玉に向かって

「ゴブリンを千刀の風で殺して欲しいの」

とお願いした。


”心得た”

と光の玉が答えて、風になって2匹のホブゴブリンのところに移動していった。


 風は次第に強くなり、ホブゴブリンに達した時には数倍の大きさの竜巻となって、ホブゴブリンたちを切り刻んだ。


「ガー」

と悲鳴をあげるが、まだ、カーリンを襲おうとする。


 カーリンは、風に向かって剣を一振りした。


 千刀の竜巻に火炎がのり、ホブゴブリンが悲鳴を上げながら、水溜りに倒れていく。


 ジュー、ジュー

火で焼いた鉄串を水に入れた時の音がした。


   ◇ ◇ ◇


 アルカディア出身の大臣達とは関係が悪かったが、実は私もアルカディアの卒業生。そこで精霊召喚士の術を学んだ。父上は精霊召喚士は、あまり、好みでは無かった様だ。魔術師や錬金術師を目指せと言っていたが、小さい頃から精霊を見ることができたため、アルカディアの先生たちの勧めもあり、この分野を選んだ。

 そして、カーリンは精霊騎士で、私のように色々な精霊を呼び出すことはできないが、特定の精霊と契りを結ぶことで、その精霊の強力な魔力を無提唱で行使することができる。カーリンは火の精霊と契りを交わしている。


   ◇ ◇ ◇


 先ほどの角笛に応じて、今度は三匹のオークがやってきた。二匹のオークが松明を持ち辺りを照らしていた。


「全く、節操のないゴブリンには手が焼ける」

とオークの一匹が声を発した。


 そして他の一匹が

「ほう、そこの人属の雌、ホブゴブリン三体を殺したのか。これは楽しめるかもな。姉さん如何しやす?」

と、松明を少しカーリンに向けて、後ろのオークに話しかけた。


「止めときな。あっちの森に魔法使いがいる。それもかなりの強いのが。この雌一人なら勝てるが、あの魔法使いがいると無理だ」

とそのオークは答えた。


’顔はよく見えないが、背が高く肌の色は緑でオークそのものだが、胸があり、声は女の声だ’

とアメーリエは思った。


「それに、下衆ゴブリンはもう死んでるだろ? 仇を取ってやる程、下衆に義理はない」

と雌のオークが二匹の前に出て、ゴブリンの死骸を蛮刀で突っつきながら喋った。


「ちげぇねぇ」

と一匹のオークが答えた。


 この話の間もカーリンは盾を前に出し、剣を構えて体制を取っていた。


 そして、雌のオークが

「おい、人属の雌、それに森の中の魔法使い、どこに行くのか知らないが、この先は、もう魔族が多いぞ。いつもアチキ達みたいな、話しの解るオークに会うとは限らないぜ。犯されて食われるのがオチだ…… まっ良いか。さっ、帰るぞ」

と言いながら、大きな蛮刀をくるくると回し、ローデシアの方にも戻ろうとしていた。


「ちょっと、お待ちください」

とアメーリエは魔導車から降りて止めた。


「この先は、人属の皇帝が収めるローデシアの地のはず。そこになぜ、魔族がいるのですか?」

と聞いた。


 アメーリエは、魔族に聞くなど、可笑しな話であることに言った後で気づいた。


「ヒュー、これは別嬪さんだ……グッ」

と雄のオークが茶化した時、雌のオークが鳩尾に拳を食らわした。


「さぁ、知らねぇ。デーモンのクソ野郎の考える事なんか判るかよ」

と振り返らずに答えた。


’まるで、自分たちは魔族ではないような言い方ね’

とアメーリエは、雌のオークの回答を可笑しな思いで聞いた。


「姉さん、聞かれたら不味いですぜ」

「知ったことか」

と心配した雄に雌が答え、ローデシアの方に走っていった。


   ◇ ◇ ◇


 私たちは逃げて来た女を介抱して、状況を聞いた。かなりショックを受けていたが、騎士だったらしく、少ししたら冷静さを取り戻した。


 彼女によると、やはり私たちの国外脱出を警戒して検問を張っていた。ただ、捕縛ではなく、帰るよう説得せよと命令がだったと言う事だが。そして、ローデシア側からゴブリンの一団が近づいてくるのに気づかず、体制を整える暇もなく襲われたようだ。

 噂通り、はぐれの魔物だけではなく、魔族もこのロッパ大陸に入り込んでいるようだ。北の大陸からの侵入を防ぐはずのローデシアはどうなっちゃてるのだろう。疑問はますばかりだ。


 明け方、私は顕現した風の精霊に

「魔族が居ないか、この周辺と、この道の先の検問所を見てきて欲しいの。」

と私は、人差し指立てて、一つ一つ言い含めるようにお願いした。


”解ったわ”

と光の玉は、そよ風になって魔導車の窓から検問所に飛んで行った。


 しばらくして、そよ風が吹き風の精霊の光の玉になった。

”検問所の人属は皆死んでるわね。でも周辺には魔族はいない様よ”

私は風の精霊の言葉を聞いて頷いた。


 私とカーリンは、検問所を通ることにし、助けた女騎士は、馬で本国へ向かった。助けられた恩義を感じたのか、私たちが通ったことは報告しないと言っていた。

 しばらく進むと、死臭の他に魔族の臭いが漂ってきた。検問所らしきところに行くと風の精霊が言う通り、皆死んでいた。

 

 二人で、犠牲者を森に並べて、

「精霊の加護があらんことを」

と祈りながら、カーリンの剣のハイ・ファイヤフレイムで荼毘に付した。


「一体どうなっているの。ローデシアは、なぜ、止めないの」

と私は、炎を後にして、声に出して天に聞いてみた。

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