第73話 アルカディア学園首都陥落(1)


 ヌマガーは、アルカディア学園首都が見下ろせる丘の上にいた。


 麗しの学園首都。今は学生や市民が退避して、精彩を欠いているが、ローデシアの攻撃をもろともせず、偉大な叡智の都市として、何事も無かったかの様にそこに有る。      

 我が方の飛空船三十機は数機を残し撃墜され、ドラゴンは逃亡、そして先行した急襲打撃隊の被害も相当なものだ。しかし当の学園首都は、周辺をほんの少し焼いただけに過ぎない。さすが、魔法学の粋を集めた防衛装置である。


「閣下、魔法砲の準備ができました」

と伝令が私の足元にひざまずき、伝えてきた。


 今回、私が改良した兵器が多くあるが、この魔法砲もその一つ。これまでのものより、射程距離が格段に長く、そして威力がある。学園首都の防衛装置の射程圏外から砲撃するために実験と試作を繰り返して、やっと完成したものだ。


「全砲門を開き、アルカディアの大図書館塔に集中砲火せよ」

と私は、指揮棒を大図書館塔を示して指示した。


ドドドーン

―――三十門の魔法砲が一斉に火を吹く。魔法弾は軌跡を描きながら、学園首都上空まで到達する。しかし、途中で魔法の結界に阻まれ、砲弾は空中で炸裂する―――


 これは織り込み済みである。強力な魔法結界によって、防御されることは分かっていた。しかし、魔法結界は魔法使いが、ほころびを修復しなければならない。つまり完全修復には時間がかかり、その綻びと綻びの間を縫って、さらに撃ち込み続けることで、破壊できるはずである。こちらの魔法弾は、絶え間なく撃ち続けても一週間以上砲撃を続けるだけの量がある。


「続けよ。魔法弾がなくなるか、敵がしびれを切らして出てくるまで、続けよ」

と伝令たちに伝達させた。


   ◇ ◇ ◇

 

 ついにローデシア本隊だやって来た。魔法砲が三十門、丘の上に並べ、歩兵が両翼に展開している。重騎士が魔法砲の後方に並び、軽騎兵が駆け回っている。マリオリから軍容は聞いていたが、改めて目で見ると物凄い威圧を感じる。


 そして、魔法砲が火を吹いた。三十門が同時に撃ち出す時の音は大変なものだ。アルカディア学園首都の防衛装置の射程圏外なのに、近くで雷が絶え間なく落ちている感じである。

 初めのうちは砲弾を魔法結界で防いだが、次々と絶え間なく撃ってくるため、次第に綻びができている。このままでは、大図書館塔に直撃も時間の問題だろう。


「そろそろ、来るじゃろう」

とオクダエタルは、魔法砲とは反対側の海の方を見ながら呟いた。


「嵐でしょうか?」

横にいたマリオリが、望遠鏡を覗き海上を見た。


「この時期は、海から雨雲がしばしば発生するのじゃ。これは天恵かもしれんな」

とオクダエタルは風に髭を靡かせながら答えた。


「こちらも雨が降るのも時間の問題じゃ。皆雨に濡れてはならぬぞ」

とオクダエタルは、腕を後ろに組んで、マリオリに向いて話しかけ、暗に全員屋内に退避させよと命じた。


 マリオリは伝令を呼び、全員に徹底させるよう伝えていた。


「さてと、敵の錬金術師はどの程度じゃろうかの。では行ってくる」

とオクダエタルは試験管を取り出し、足元に垂らした。濃密な雲のようなものが発生し、オクダエタルを乗せて飛び立った。


「オクダエタル先生とは、人属なのだろうか」

とその様子を見ていたマリオリは呟いた。


   ◇ ◇ ◇


 ヌマガーは上空を見ながら、

「雨になりそうだな」

と呟いた。これは自然の雨だから、砲撃を続けても問題ないだろう。


 ポツポツ…………

―――そしてザーと降り出す―――


「砲撃は続けよ。歩兵、騎兵は敵の奇襲に備えよ」

このような雨は、奇襲にもってこいだ。この魔法砲を止めるために決死隊だやってくるとも限らない。


 ザー

―――雨足が更に強くなり、声がお互いに聞き取りづらくなる―――


 テントが雨で潰れ初め、魔法砲を撃つことが難しくなってきた。土地は泥濘み騎兵は走ることができず、重騎士など、まったく身動きができない状態だ。丘の上から下に向かって幾筋もの小さい川が流れて始めた。魔法歩兵だけが、盾を上に密集隊形で、なんとかしのいでいる状態だ。


 ヌマガーは不審に思い、空を見上げた。顔に雨があたり、目が開けていられないほどだ。


「なに!」

雲がローデシア陣営の上に集まっている。ここの上空だけが厚い雲に覆われている。


 ヌマガーは、錬金陣を張り、空気壁で傘の様に覆ったが、軍隊全員をカバーするほどの大き錬金陣は張れなかった。


「なるべく、中央の方に集まれ」

と声を大きくする呪文を掛けて叫んだ。


 中央には砲台があり、魔法砲には雨が掛からなくなったが、今度は兵達が近寄りすぎて撃つことができなくなった。


「おかしい。 魔法隊、上空の雲に何でも良いから、魔法を放て」

と命令した。


 しかし、空気壁の外に出ると、顔を上に上げてられないのだから、呪文を唱えることなどできない。


 ガガガーン

―――あたりが突然白く明るくなったと同時に耳を劈く大音量、そして、ギザギザの光の柱。雷が落ち、空気壁の外側の兵が感電して倒れている。―――


 ガガガガーン、ガガガガーン、ガガガガーン、ガガガガーン、ガガガガーン

―――次々と落ちる雷―――


 空気壁の下にいても感電するものが多く出てきた。密集しているため、人属から人属へスパークが飛ぶためだ。


「伏せよ、死にたくなければ、地に伏せよ」

 それしか対処方法がない。


 落ちる雷に反対性質を与えることはできない。何処に発生するか予測できない上、発生したら、それこそ電光石火で落ちてくるからだ。高い木でもあれば、電気がよく通る性質に変えて避雷針にできるが、砲撃のために木を根こそぎ刈ってしまった。空気壁を利用して避雷針を立てるかとも思ったが、結局その近くの地面を流れて感電する。


 また、空を見上げた。


「なんだ、あれは?」

何か雷とは違う物が、緑と青に光を放ち雲の上辺りを飛んでいる。


 ヌマガーは冷や汗が流れた。あれは昔、あの丘で見たオクダエタルだ。


 オクダエタルが雲を集め、大量の雨を降らせ、雷を落としている。錬金術式で直接攻撃するのではなく、自然現象に少し手を加えるだけで、こちらを攻撃している。


 しばらくして、今度は地に伏せた兵が苦しみだした。周辺からうめき声の合唱だ。

 空気壁に逃れた兵達も倒れ始めた。空気壁の下の兵たちに水滴が付きドンドン大きくなる。重さで、立っていられず、そして押しつぶされ始めた。


 拘束水だ。反対性質を与えようにも雨が多すぎる。


「おのれ。ならば、雲ごと消し去るのみ」

ヌマガーは、持ってきた袋の中から、ツギハギの賢者の石を取り出し、呪文を掛けた。ツギハギの賢者の石は空中に上がっていき、雲の中に入っていった。


 ヌマガーは数分の提唱を行い大錬金術式を発動した。研究に研究を重ねて、普通なら数時間に及ぶ提唱を数分に縮めたのである。今その成果を示す時が来たとヌマガーは確信した。


「我が命ずる。混沌の錬金陣を顕現し、すべての物を無に帰せ」

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