ああ、アルカディア
第72話 四大聖竜
ドドーン
―――ドラゴンが吐く、ファイアボールの音―――
オクタエダルと私は、いつものバルコニーから外を眺めていた。
その少し下をドラゴンが近づいてはファイアボールを吐き、魔法障壁でそれを防いだ。これまで、数度、敵を撃退し、飛空船の殆どを大図書館塔の防衛装置が撃墜させてた。この人数で守っているにしては大変な戦果だろう。
「王よ、どうもあの辺りが怪しいの」
とオクタエダルは、森の一角を指しながら話してきた。
ドドーン、ドドーン
―――少し遠くで鳴り響く―――
「オクタエダル先生、ドラゴンは操られているでしょうか?」
と私は、横にいるオクタエダルに話しかけた。
「ジェームズから、預かったのと同じ遠隔操縦装置が、埋め込まれておるのじゃろうな。誇り高い竜達にとっては、これ以上不名誉なことはないじゃろう。儂も不憫に思うぞ」
とオクタエダルは髭を絞りながら答えた。
オクタエダルは竜を操っている術者を注意深く探していた。すでにジェームズから預かった遠隔操縦装置もとに、術者の居場所を突き止める魔法具を完成していた。オクタエダルが指した場所は、何やら木を伐採しているところより、ずっと左側にある森だった。
「五人の術者が、集まっておるようじゃ。お互いに間違って攻撃しあわないようにしているのじゃろうな」
とオクタエダルは手を前に重ねて、私を見ながら言った。
タッタッタッ
―――マリオリが、階段を登る音―――
「準備ができました。しかし、陛下が出られるのは、ちょっと危険かと思いますが」
マリオリが私を心配して助言してくれる。
「なに、ちょっかい出して、直ぐに戻る。こうして、閉じこもって居るだけでは士気に関わるからな。私が先頭に立って行けば効果は上がると思うがどうだ?」
と私は、エルメルシアの柄頭に両手を載せて、マリオリに答えた。
「解りました。その代わり、臣もお供いたします。して、オクタエダル先生、あの森辺りですね」
と私に礼を取って、答えた後、オクタエダルに場所を再度確認した。
オクタエダルは、頷いた。
私達は、大回りして敵の背後を突く計画で、私、マリオリ、サンとケイ、それにレン老師、あと騎士を数名伴って出発した。
その間、オクタエダルは光線をドラゴンに向けて集中して放ち、術者の意識を反らしてくれる。
◇ ◇ ◇
私達は、オクタエダルから貰った魔法具が示す方角へ、背後から注意深く進んでいった。
「そろそろ、敵の結界辺りに到達します。騎士の中に斥候に長じた者がおりますので、聞いてみましょう」
とマリオリが声を低くして言った。
―――斥候は、隠遁、聞き耳、千里眼の術に特化している。これは魔法使いが結界を張るため、離れた場所から状況を把握しなければならないためである。上級者であれば、親指ほどの大きさにしか見えないくらい離れた人が持っている針の穴を通して、さらにその先を見ることができるし、羽毛が地面に落ちる音も聞き分けることができる―――
老齢の斥候に寄れば、急襲打撃隊の兵が十人、魔法使いが六人いる。魔法使いの五人は呪文ではない言葉を発しており、残る一人は結界を見張っているということだ。
「敵を急襲するのが良いかと思います。臣が音消しと、隠遁の術を掛けますので、もう少し近くに行くまで、気づかれずに接近できるでしょう」
どのくらいまで接近できるかは、相手の魔法使いとマリオリの力量によるだろう。マリオリの力であれば、かなりのところまで、敵に知られずに接近できると踏んでいる。
私達は、老齢の斥候を近くに置き、ゆっくりと近づいていった。
◇ ◇ ◇
私でも敵を肉眼で見えるほどまで近づいた。やはりマリオリの力量は相当なものだ。
「敵に気づかれました。しかし、まだ半信半疑で行動に移していません」
と斥候が小さな声で警告してくれた。
私は、
「突入する。皆の者、存分に戦え。目標は術者」
と声を発し、一斉に走った。
マリオリがファイヤウォールで先制攻撃を五人の術者達に放った。全く無防備な五人は吹っ飛んだ。
「突撃!」
私の一声で、サンとケイが双刀のタガーを持ち、騎士たちの間をすり抜けていく。それだけで四人倒れた。
私とレン老師も乱戦に加わる。
私はエルメルシアを一閃させ、氷の矢を飛ばし、敵に致命傷を負わせる。
老師は体制を低くして、下から敵の騎士の顎に向けてケリを放ち、ふっ飛ばしていた。
敵の魔法使いが、私に向かって疾風の術で殺傷力のある風を放ってきた。
ギリギリで躱したが、左肩に傷を負った。
それを見た敵の騎士、三名がこちらに殺到してきた。
さらに先程マリオリの先制攻撃を受けて吹っ飛んだ術者が起き上がり、束縛の術を私達に掛け始めた。
ケイが、私と敵の騎士の間に入り、一人の一撃をタガーで避けて、肩に乗っかり首を掻っ切った。
しかし、束縛の術が強くなってきて、私達の動きが鈍くなる。
敵の騎士 二人が、私とケイを狙って切りつけてくる。私はケイを庇いエルメルシアを少し振った。敵騎士の剣筋逸れた。
束縛の呪いは、ますます強くなり、動けなくなる。
マリオリが疾風の術を掛けてきた魔法使いをふっ飛ばし、束縛の術を解こうとするが、五人の術者はマリオリにも掛け始めた。
五対一の力量比べになるかと思った、その時、黒い影が空を覆った。
五体のドラゴンが飛来して、五人の術者をそれぞれに足で押さえつけた。
ドラゴンの怒りがこちらにも伝わってくる。
“人属の分際で良くも、我等を愚弄してくれた”
と言ってドラゴンは一気に噛むことはせず、ゆっくりと体重をその足に乗せていった。
「ドラゴンのくせに、我等の従え」
と術者達は、苦しいながらもドラゴンを操る言葉を発したようだ。
しかしドラゴンはニヤリと笑ったような顔をして、角の後ろを術者に見せた。
出血している、恐らく装置を自分たちで剔り取ったのだろう。
それを見た術者たちは絶望の色を顔に出した。
ドラゴンは更に圧力を加える。
やがて、術者たちはうめき声とともに吐血し始めた。しかし、まだ絶命まで至っていない。
“恩人殿は、しばし待たれよ。我等の積年の恨みを晴らしてから、礼を述べよう”
と私の頭に強烈な思念が入ってきた。
皆顔を見合わせたので全員に思念が入ったのだろう。
生き残った敵の騎士二名と魔法使いは、悲鳴を上げながら逃げていった。
それからは、
土色の竜は、人属の形を留めなくなるまで何度も足で踏みつけ、溶岩を吹きかけ、
緑色の竜は、足を持って、何度も打ち付けたあと、雷のブレスを当てて爆発させ、
赤色の竜は、火炎ブレスで顔だけを焼いた後、上半身を引きちぎり、
青色の竜は、冷気のブレスを吐いて、極限まで凍らせたあと、衝撃を与えて木っ端微塵にし、
もう一頭の緑色の竜は、疾風のブレスで、バラバラにきざんだ。
空中で攻撃を掛けてきたドラゴンはどれも、黒っぽい色だったが、自我を取り戻し本来の形と色が戻ったようだ。
気が済んだのかドラゴン達がこちらに向かってきた。さすがの私も、あんなものを見せつけられては、警戒せずにはいられない。
“恩人殿、そう警戒せずとも良い。我等は恩人に危害を加えるような心根はもっては居らぬ。まずは御礼を言う、開放してくれてありがとう“
青色の竜が代表して、礼を述べてきた。私は頷くだけだった。
“我等、五竜の他に三竜が、奴らに操られて出ていったが、知らないか? ”
「ミソルバ国に現れたドラゴン三頭なら、私の弟が、君たちと同じ遠隔操縦装置を取り外して開放した」
“ほう、我等は恩人殿兄弟には大きな借りを作ったな。改めて礼を言う”
青色の竜は、目をつむり大きな頭を下げた。
“それから、我の様に青い竜は水竜、紅いのは火竜、緑は風竜、そして土色は土竜だ。ドラゴンという呼び名は、十把一絡げで、人属が我等を侮蔑と敵意を持って呼ぶ時に使うので好かぬ”
と水竜は、怒っているのかと思いきや、笑いながら思念を送ってきた。笑っていると思う。
私は
「以後、気をつける」
と答えた。
さらに続けて、もう跡形もない術者達の方を見て
“あの、無礼者共は、水竜である我に火を出せと命ずる愚か者共だった。竜にも個性というものがあるのだぞ”
と何故か人属の様なことを言う。
“もう一つ聞きたい。そなたの持っている剣は聖剣エルメルシアか? ”
と青色の竜が、大きな前足の爪をエルメルシアに向けて語ってきた。
「そうだ。我がダベンポート家に伝わる剣だ」
と私は、剣を抜かずに答えた。
“その剣には我等、水竜の加護が宿っておる。二百年前の聖魔対戦のおり、魔族との戦いで命を落とした、我と同じ水竜の髭が使われている”
ここで、その水竜は思念を止め、私を値踏みする様に見た。
“恩人殿は、ダベンポートの王か? ”
と聞いてきた。
「そうだ。ヘンリー・ダベンポートだ。アイザック・ダベンポート・エルメルシアの息子、初代エルメルシア王から数えて、八代目にあたる」
と答えた。
“ほう、……そうか……縁とは異なものよ。こうして、この時期にまた王と会えるとは。ではまた会おうぞ”
と水竜は意味ありげに答え、飛び立った。
私は大きな声で、
「どういう意味だ?」
と聞いてみた。
“良いか、聖魔の堰が崩壊する。魔が再び、聖に襲いかかろうとしている。聖魔のバランスを保つのが我等 竜属の役目。今回も聖に味方しようぞ”
と飛び立っていった。
竜達が大図書館塔への攻撃を止めたのを不審に思ったのか、一軍が、こちらに移動してきているのが見えた。しかし、竜達はこれまでの腹いせに、その一軍に攻撃を加え、壊滅させてしまった。
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