第58話 錬金術の薬、再び

 ヘンリーの騎士たちや、レン老師も出てきて、武闘派の方々の即席の武術大会が始まった。


 ヒーナは、何を企んでいるのか鼻歌を歌いながら、研究室の方に行ってしまった。


 そして、僕とヘンリーは、武術大会の雑踏から少し離れたところのテーブに座っていた。


「ジェームズ、最近の魔物の動向をどう思う?」

とヘンリーが、武術大会の方を横目に見ながら、聞いてきた。


「誰かが操っていることは判っています」

と答えると、ヘンリーは身を乗り出してきた。


 僕は、魔寄せの呪いのこと、ドラゴンの遠隔操作のこと、錬金術師連続殺人事件のこと、サキュバス事件、そして、土の槍を使うあの魔術師がまだ生きていて、僕が襲われたことを話した。そして、遠隔操作の装置は、オクタエダルに渡してあることも付け加えた。


 一方、ヘンリーは

「私は、その土の槍の魔法使いと、見え隠れする錬金術師はローデシアの手先の様に思う。そしてローデシアは、魔物だけではなく、魔族もこのロッパに呼び込んでいる」

と少し熱の籠もった口調で語りかけてきた。


 続けて、

「恐らくは、これは何かの予兆と思う。更に何か大きな不幸が起きそうな予感がするんだ」

とヘンリーは、拳を握り、そして最後に

「だから、ジェームズも気をつけてくれ」

とだけ言った。


 僕は、『王業に加わってくれ』と言うかと思った。少し寂し気もするが、兄上としては、気を回し、遠慮したのかもしれない。でも、兄上が僕を必要とするときは、できうる限り協力するつもりだ。


   ◇ ◇ ◇


 即席の武術大会の方で歓声が上がった。

 どうも勝ち残ったのは、シェリーとレオナらしい。シェリーは、ここで初めて、エルステラを抜いた。


 皆がその剣を見て息を飲んだ。


 シェリーの上半身ほどの長さで、非常に薄い剣で淡く光っている。


 まず、レオナが仕掛けた。


 超高速の槍を繰り出したが、その尽くをシェリーは剣で弾いていた。


 次にレオナは、槍先が円を描くように回し、剣を絡め取ろうと試みる。普通の剣士なら、剣を絡め取られるか、手の甲を槍先で傷つけられる。


 しかし、シェリーは、槍の回転と同じ方向に剣を回転させて、靭やかな剣の性質を使って、逆に槍を絡め取ろうとした。


 レオナは、咄嗟に槍を一度引っ込めて、今度はシェリーの足を狙うと、シェリーはさっと足を引き、剣で槍を抑えて、槍から剣を離さずにそのまま滑らせて、レオナの指を狙った。


 レオナは再度引いた後、シェリーの喉元を狙い突きを放った。


 しかし、シェリーは、その槍先を剣の平たい部分で止めて、剣をまた槍から離さずに滑らせて、今度はレオナ喉元、髪の毛一本分の隙間を残して止めた。


「勝負あり。勝者 シェリー」

とレン老師が声を上げた。


 レオナは、

「素晴らしい方と勝負ができて大変うれしい」

と武術家のする礼をシェリーにした。


 シェリーもそれに答えるように礼をした。


「私も大変勉強になりました。ありがとうございました」

と答えた。


 会場は、割れんばかりの拍手で満ちていた。


   ◇ ◇ ◇


 一方ヒーナは、研究室で、いたずらっ子のような顔つきで、薬を作っていた。


「前の時と同じ双子の聖霊師様から、御髪を頂いたから、やはりあの薬を調合しておくのが良いわよね」

と他に誰も居ない研究室で、一人呟いている。


 さて、後はジェームズを呼んで、

“ジェームズ、研究室の方に来てほしいの。あー、シェリーやアーノルドは無しでね”

と魔法通信で話した。


“了解。今、行くよ”


   ◇ ◇ ◇


「兄上、ちょっと、ヒーナのところに行ってきます」

と言って、軽く挨拶をした。ヘンリーも頷いて了解してくれた。


 僕は、研究室のドアを開けて

「なんだい、ヒーナ」

と聞いた。


 すると、研究室から顔だけだして、周囲をキョロキョロを見回し、誰も居ないのを確かめて、僕を引っ張り込んだ。


 ‘ん? 以前にも似たような場面が有ったような。あの時は青春の妄想で爆発してたっけ。今もそうだけど’


「ヒーナ、ここでするのは不味いじゃないか」

と言いながら、ヒーナの胸を軽く揉みながら、キスしようとすると、

「あっはん……って、なに、勘違いしているのよ。それは部屋に戻ってからよ」

チュッと軽いキスだけでして、僕の手を自分の胸から外して、


「じゃなくて、ほら、あの時、作った薬、あったでしょ?」


「感覚共有剤?」


「そう、でも今回は、それより強力よ。一定時間、体を入れ替えるのよ。あの時より確実にね。触っても、時間が来るまで戻らないはずよ」

とドヤ顔で言い始めた。


「えー、それって危険じゃないの」

「大丈夫。私が調合したのよ。錬金術の大天才は貴方でも、薬学の天才は私だわ」

と更にドヤ顔だ。


 確かに薬学では僕もかなわない。


「で、今、私、賢者の石ないじゃない。薬はある程度調合してあるから、最終工程の錬金陣を貴方に張ってもらいたいの」

「ふーん、了解。術式教えて」

と三十個の術式を教わり、それを薬の調合課程に合わせて換えていった。


 他人の賢者の石で作った錬金陣に合わせて、薬を合わせていくなど、余程息が合っていないとできない。僕たちはその点バッチリだ。


 最後に僕とヒーナの髪の毛を一本づつ入れると、淡いオレンジに光り、薬は完成した。


「できたわ。名付けて、『人〜格〜交〜換〜剤〜』よ」

とヒーナがガラス瓶を片手に持って、僕の方に突き出した。

 また、『ざーい』って最後に伸ばしていた。


 ヒーナが続けて、

「さて、試すわよ」

とやっぱりそう来たか。


「今回の薬は、簡単な呪文で最大 一時間まで効果時間を変えられるわ。まずは十五分で」


 薬を試験管 一本に取り分けて、僕が教えられた呪文を掛けた。


 そして、ヒーナが飲んで、僕に口移しで飲ませてくれた。すると、視界が暗転して、僕の姿が目の前にあった。


 僕たちは手を繋いでも、元に戻らない事を確認した。


 僕の姿のヒーナが

「成功だわ」

と両手の拳を握って、胸の前でギュッと、女の子がする仕草を、僕の姿のヒーナがやっている。なんか妙だ。


「そうだ、ヒーナ。錬金術使えるか試してみて」

とヒーナの甲高い声で、お願いしてみた。


 僕の姿のヒーナは簡単な、錬金陣を出したり、ちょっと複雑なものも出してみた。どれも薬を調合する錬金陣だ。


「大丈夫ね、使えるわ。それにしても貴方の石は本当に凄いわね。パワーがありすぎて、抑えて使うのが大変よ」


 ヒーナには僕の賢者の石を見せている。その時は驚いたけど、なにも変わらず今まで過ごしている。


 色々試したが、アルケミックコンパウンドボーは顕現させることはできなかった。そのかわり、僕が顕現できない、薬の高速抽出装置や時間加速装置などヒーナが使う装置は顕現できた。


「錬金術師の能力は、体や賢者の石ではなく、その人の意思に由来するみたいだけど、人属の記憶って、何なのかの疑問が出てきたね」

とヒーナの姿の僕が、顎に手を当てながら、ヒーナの声で、僕の姿のヒーナに話しかけた。


 ヒーナは何度も頷き返してくれた。


 などと、学術的なことを考えていたが、妄想も膨らんできた。人格が交換されているときに、キスをすると? あれや、これや、すると?


 後は二人だけの秘密の実験……

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