サキュバス事件
第53話 甘い罠
―――シン王国教会聖都、それは聖教の本部が置かれた、聖なる都市。広く、整然とした路地に植えられた並木の落ち葉によって、黄金の街道に見える大通り。そこを一歩入った路地裏には、怪しい飲み屋、盗品を売っている店、そして娼館。この世界の聖魔と同じように、光の中にも影の部分が存在する。夜の帳が降りる頃、その怪しさは一層際立った―――
「あの小僧の従者の男は、時々この界隈に顔出す。今日も宿を出たところを確認しているから、きっと来るだろう」
フードを深く被った影の頭領が部下たちに指示している。
「いいか、あの従者は、従者の女同様、腕が立つ。だから、力押しはできない。今回はあの従者の男を籠絡して、小僧をおびき出す」
と頭領が指示しているところに
「籠絡って、あたいが〜やるの〜? 」
緊張感の無い言葉を部下の一人が発した。
「ビガー、お前には、その素質は全く無い」
と頭領が間髪入れずにキッパリと言い放った。
それを聞いた、ビガーは女の魅力を全否定されように感じ、頬を膨らまして、ふてくされた。
「エルメルシアと同じにサキュバスにさせる。ただ、時間は掛けてられないので少し手荒に行く」
13年前エルメルシアの王弟ギールを籠絡したサキュバスを使うことにした。
本来、魔族であるため、ローデシアとは敵対関係にあるが、兵士に捕らえられ檻に繋がれたサキュバスをヌマガーが拾った。
皇帝から、『地下牢にいるから、使えるものなら使ってみよ』と言われたらしいが、詳しい経緯は良くわからない。
ただ、従順で指示には良く従う。一方で部下の男たちまで、虜になってしまうので、使い方には注意が必要だ。
俺は、サキュバスに指示を言い含めた。
その吐息は、甘い花のような香りがした。
◇ ◇ ◇
アーノルドは商人風の服装に、竜牙重力短剣だけを身に着けて、怪しい路地裏を歩いている。
「ねぇ、カッコいいお兄さん寄って行かない? いい子がいるわよ。アンタみたいな偉丈夫なら、朝まで奉仕してあげる」
俺が、こういったところを歩くと、いつもこんな誘いがある。しかし『お前、魔族だろう』というような風貌だったりする。流石の俺も、それは抱けねぇ。
それに、最近はアイツの顔がちらついて、集中できない。
今日も
‘どっか旨い酒を飲ませるところはねぇかな’
とぶらついていた。
「止めてよ、アンタ達みたいな奴は嫌なの」
「このアマ、商売女の癖に、なに選り好みしているだ。朝まで可愛がってやろうって言っているじゃねぇか、痛め合わねぇと判らないのか」
バシ
「キャ」
と殴る音がした。
女が倒れた。そこを男たちが蹴りを入れている。
こういった路地裏には、よくある光景だ。
たいてい、紐がついている・・・はず。
‘紐、こねぇな。独り身さんかい。しょうがねぇな’
「おい、オメェら。女ひとりに、汚いゴブリンみてぇに恥ずかしくねぇのか? 」
と俺は腕を組みながら、なるべく穏便に話したつもりである。
「あん、何だと、痛い目いあいたいのか」
と男たち4人が、刃物を出して俺を取り囲んできた。
‘面倒くせぃ’
アイツから習った、体術だけで、終わった。
男たちは、お約束の捨て台詞を吐いて、逃げていった。
「大丈夫か? 」
と倒れた女の方に歩いていきながら尋ねた。
「えぇ、ありがとう。でも足が」
と言うので俺が足を見てやると、蹴られたのか腫れている。
そして、華奢で長い脚をたどると、魅力的なヒップに、くびれた腰、伏せていても判るその胸、ブルネットの長いウエーブの掛かった髪にスッキリとした顔、赤い口紅に
‘こんな女が、こんな路地裏にいたら、そりゃ虫が寄ってくるよな’
「お前ぇみてぇのが、こんなところにいたら、危ねぇぜ。店はどこだ」
「店ないの。独り身さんなの」
と女は、うつむき加減で喋ってきた。
「今日は、帰んな。怪我してるからな」
女は立ち上がって歩こうとしたら、よろけた。
俺は咄嗟に肩を支えた。
「歩けないわ」
俺の顔の近くで声がした。
その吐息は甘い花の香がした。
頭の心がジーンとする。
「ねぇ、家まで送ってくれない? 」
耳元で囁かれた。
何故か、考えることが億劫になってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます