シェリーの創造

第24話 準備

「母上、おはようございます」


 僕はいつの頃からか、窓際の植木にいる光る魔法虫に向かって挨拶するのが日課になっていた。何を食べているのかわからないけど、八歳の頃、師匠に連れられて来たときから部屋にいる。


 師匠は、

「その光る魔法虫は、お前の母上の化身じゃ。無碍にするでないぞ」

と言っていた。


 そして、いつの間か窓際の植木が定位置となっていた。


 さて、僕は来年、アルカディア魔法学部錬金術学科の卒業試験である賢者の石の精製に臨む。五年前十二歳の時は、師匠達が手伝ってくれて精製したが、来年十八歳の卒業試験では師匠達の協力なしに精製しなければならない。

 ここで失敗すると授業の単位を取っていたとしても、二十四歳まで留年決定である。


 賢者の石は、大きく純度の高いものほど、緻密な計算が必要で、普通の学生では、米粒の大きさが限度。オクタエダルのそら豆の大きさの石は極めて稀と言われている。

 オクタエダルには、ロニーさんという優秀なホモンクルスがいて、ロニーさんの計算補助があって、あの大きさにできたらしい。

 卒業試験でも、自分で創造したホモンクルスならば活用が許されているが、ホモンクルスの創造そのものが非常に高度な錬金術式が必要で、創造できても優秀かどうかは判らない。


 このため、普通の学生はホモンクルスを作らない。

 

 しかし、僕には賢者の石の他に、高精度で高速の計算ができるホモンクルスが必要な理由がある。

 あの丘で襲ってきた魔術師の正体を突き止めるために行ってきた研究から、魔法残滓から術者の特定ができる可能性に思い至った。しかし、術者を特定する術式を導き出すための逆計算には、膨大かつ超正確な計算をする必要が出てきた。

 こんな理由から、僕はホモンクルスを作ることにした。


 僕は朝の身繕いを済ませ、食堂に向かった。


「おっはよ、ジェームズ」

とヒーナが肩を叩いてきた。


 二歳年上の先輩。金髪のほっそりした美人だが、少しおっちょこちょいで天然が入っている。


僕がアルカディアに八歳で入学してからの友達で、僕より先に薬草学のマスター過程に進学しているが、色々あって、ため口が許されている仲である。


「おはよう。ところで、新しい薬草研究はどう?」

と僕は本を数冊抱えて、聞いてみた。


「術式が難しいわ。今度手伝ってくれない? そのかわり薬の調合教えるからさ」

ヒーナは僕の鼻のまえで指を立てながら、答えてくれた。


 僕は頷いた。彼女は術式はチョット苦手だが、薬の調合はある意味天才的だ。


「そうそう、ジェームズ、ホモンクルス作るって? どんな作るの? やっぱりロニーさんみたいに執事ぽいダンディなおじさん?  マッチョな感じ? それとも、ロリコン?」

僕の前に出て、腰を折って顔を向けてきた。おさげが肩から下に落ちて可愛い。


「ロリはないな。おじさんもちょっと。僕と同じくらいの年齢の男かな」

僕はよそ見をしながら、答えた。僕の顔は多分赤くなっている。


 外見以外の必要機能は、高速高精度計算能力そして大図書館の中央処理装置とダイレクト接続、そして瞬間移動と何かの攻撃機能だ。


 瞬間移動と攻撃機能は、悲劇の日からの教訓だ。これから創造するホモンクルスは僕と行動を共にするから、自身でも身を守ってほしい。

何かの攻撃機能は創造してからでないと、適正が判らない。ただ、アーノルドが言っていた気の運用については、できるようにしておきたい。武に通ずるものには必須らしい。


 僕はヒーナに顔を戻して、

「放課後、武術のレン老師のところに行くけど、ヒーナも行く?」


「へー、錬金術師が武術の先生のところに行って、何するのかな? と興味はあるのですが、女子会です。あしからず」

と他愛もないことを話しながら朝食を終えて、授業に行った。


   ◇ ◇ ◇


 放課後、武術の先生を訪ねた。


「レン老師、気の運用とはどんな物なのでしょうか?」

老師は、猫系の亜人の血が濃い感じである。


「錬金術師の優等生のジェームズ君が、そんなことを聞いてくるのは意外ですね。習いたいのかな?」

背筋がピンとして、身軽な感じが伝わってくる。


 僕は、ちょっと頭を掻きながら、

「習いたいところもあるのですが、僕が今度、創造するホモンクルスに入れることができるか考えてみたいのです」

「なるほど、興味深いですね。ただ、君も知っての通り、気は、聖素なのか、魔術なのかの論争は尽きていないですね。だから、私の見解だけど……」

とレン老師は、両手を腰に当てながら答えてくれた。


 レン老師によれば、気とは聖素の流れではないかということ。体の中を聖素が巡ること、そのものが気であり、体以外に接触したもの、多くは武器だが、それにも聖素の流れを纏わせることができる。聖性武器と違うのは、聖素が武器に固定されていないことらしい。


「聖素というか、気というかこの辺が曖昧なんだけど、姿勢が悪いと通らないわね。後、呼吸法。呼吸が浅いと気を動かせないわね」


 レン老師は僕の体を爪先から頭の先まで見て、


「うーん、ジェームズ君は多くの魔法使いと同じ様にちょっと猫背ね。そのままだと、年取ってから肩こりに悩まされるわよ。ちょっと、後ろを向いて」


 猫種のレン老師に猫背を指摘されて変な感じだが、僕は言われるままに背中を老師に向けた。


 バキッ


 すごい音が僕の体からしたけど、余り痛くない。というか気持ちが良い。


「今、気を通したけど、何か感じる? 何かが流れているような」


 ジワーと暖かいような感じはした。


「それをうっ血していた血が流れただけだと言う人もいるけど、私は気が通ったと思っているわ。でも、修行していないと、ものすごく細くて、すぐに閉じちゃうのよ。まあ、姿勢に悪い癖がついていることと、呼吸方法が良くない所為でもあるけど」


 僕は頷いて、聞いていた。


 聖素を流れやすく、流すための呼吸と、姿勢か……などと考えながら、数日が過ぎた。


   ◇ ◇ ◇


「ねぇ、ホモンクルスいつ作るの?」

ヒーナが、食堂でスプーンを持ちながら聞いてきた。


「明日の朝から、創造するよ。材料も揃ったし、気の運用方法の再現も出来そうだし。その運用方法の再現ってね……」

と言いかけたが、


 ヒーナは、

「嫌、遠慮しとくわ、頭痛くなるから。それより、やっぱりロリ?」

スプーンを僕に向けて聞いてきた。


 そのスプーンを僕のスプーンで避けながら、

「だから、ロリじゃ無いって。僕と同じくらいの青年だよ」


「ふーん、面白くないの。でも行ってもいいかしら。ホモンクルスができるところって見たことないんだよね」

スプーンを引っ込めながら、ちょっと、イタズラっ子の様な顔をして聞いてきた。


「良いけど、男の裸見る?」

と言ってみたりしたが、


ヒーナは、スプーンを持ったまま、腕を組んで、胸を張り、

「あら、私これでも薬学専攻よ。そんな物見慣れているわ。あなたのもね」


「へぃ? そうですか……」

僕はちょっと首を傾げて、戯けて答えた。

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