第11話 救出


 アルカディアに救助要請が入った。

 エルメルシアの第二王子とその従者の命が危ない。


 たまたま、ファル王国アルカディア分室に来ていたニコラス・オクタエダルの耳に入った。この二人はこの春から入学が決まっており明らかにアルカディアの生徒である。


 何故か数週間前からドラゴンが現れては、気が狂ったように火炎をそこかしこに放ち、ファル王国の幾つもの町が火の海になっている。学生が相当数いるため、オクタエダル自身で陣頭指揮を取るためにやって来ていたのだ。そのドラゴンは今朝エルメルシア方面に飛んでいったらしく、そちらを心配していたところだ。


「ドラゴンは去ったが、皆救助に出払っている。ここは儂が行くとするかのぉ」

とオクタエダルは、腰を上げた。


 すると、分室長が

「校長自ら行かれなくても……」

と言ってきた。


「何でも儂の生徒が暗殺者に命を狙われておるらしい。お前さんが行くより、儂のほうが強いと思うのじゃが。どうじゃ?」


 当代きっての錬金術師であるオクタエダルに対抗できるものなど、アルカディアでもそう居ない。


「それに、マリーもヘンリーも儂の可愛い生徒だったのじゃ」

そう言いながら、バルコニーに出た。


 試験管から、なにかの液体を足元に垂らし、賢者の石の指輪をはめた右手をかざした。液体はオクタエダルの足元でモクモクと雲の様になり、オクタエダルを乗せて、エルメルシア方面へ飛んでいった。


 分室長は口を開けたまま、呆然と見るだけだった。


   ◇ ◇ ◇


 もう日が暮れて来ている。夜間、歩き回るのは危ない。それに子供たちは限界に達していた。少し前にアルカディアとの魔法通信が回復し、救援要請を出したこともあり、少し休むことにした。

 結界を張り、草を魔法で大きくして、その下にジェームズとアーノルドを潜り込ませた。アーノルドは時々話をするが、ジェームズは城から一言も話していない。


 ヘンリーが

「母上は、まだお加減が悪い様に思います。少し横になってください。僕が見張ってます」

と言ってくれた。アイザックの面影が残る逞しい青年になった。


 暫く眠っていたマリーは、結界に非常に僅かな違和感を感じて目を開けた。外は日が登り始めたところだ。

 ジェームズとアーノルドはまだ寝ている。草むらを大きくし、丁寧にカモフラージュ術を施し、消音術を施し、隠遁術を施した。


 ヘンリーが、気づいて近づいて来た。


「ヘンリー、あなたはここを守りなさい。動いてはだめ」

「母上、私はもう立太子した大人です。父王が亡くなった今、私が国を治めなくてはなりません」

毅然とした威圧感、しかし、優しい威圧感。


「母は言うことはありません」


 二人は、草むらから少し離れた。マリーは幻覚魔法をかけて、八人がいるように見せた。


   ◇ ◇ ◇


 俺も魔術師だが、王妃の魔術がこれほどとは思わなかった。


 高度な隠遁術、高度な方角干渉術、そして玄武結界。


 俺が知っている魔術師の中で五本の指に入る。今回の失敗は、王妃の実力を見誤ったこと、調査不足だろう。影としてこれほどまでに後悔したことはない。しかし、ようやくたどり着いた。時間がない、仕掛ける。


   ◇ ◇ ◇


 八人いる目標に、同時に大地の槍を突き出す。しかしどちらの皇太子も槍を砕き、どちらの王妃も玄武結界で避ける。


「なっ、幻覚ではないのか?」


 それでも、影の頭領は、大地の槍をかけ攻撃を仕掛ける。


 二人の皇太子が同時に切りかかってきた。


 影の頭領の攻撃は玄武結界で軌道がずらされる。


 ’しょうが無い。八人もろともと、崖から落とす’

と影の頭領は考えた。


 大地を波のようにうねらせて、崖の方に追いやる。


 範囲魔法の一部がモッサリとした草むらに達した。


 その時王妃の集中力が途切れる。


 幻覚が消え、玄武結界が消えた。


 その空きを見逃さず、影の頭領は大地の槍を皇太子に突き出した。


 その槍は皇太子の肩を貫き、崖の上から突き落としてしまった。


「ヘンリーーーー!」

王妃が叫び、鬼の形相で、頭領に氷の剣を次々に突きつける。


 影の頭領は、土の壁で避けるのが精一杯だったが、さっきの王妃の異変を思い出し、ある一点を見つめてみた。すると、王妃に僅かな動揺が走った。とっさに大地の槍を突き出し、王妃の腹にさした。


「あなた、ごめんなさい。ヘンリーを守れなかった。でも……」


 マリーの体が光だし、無数の魔法虫が現れた。

 ジェームズ達を守るために、マリーの体、全てが光る魔法虫に変わった。


 大量の魔法虫が頭領に襲いかかった。全く前が見ない。

 頭領の体、全身を魔法虫が噛み付いている。


 頭領は火山術を使い大地から炎で虫を焼き払った。頭領は満身創痍であるが、最後の目標に狙いを定めた。


   ◇ ◇ ◇


 一部始終を草むらから見ていた。叫び出し、今にも駆け出しそうなジェームズをアーノルドが必死に抑える。


あるじ、こらえてくれ。でねぇとあるじも危なぇ。今の俺じゃあるじを守れなぇ。あるじあるじ


 その男は、こちらを向いた。そして、槍が大地から出てくるのを見た。が、途中で霧散霧消した。


「おのれ、儂の生徒に手を出す事は許さん!」

大音声の怒りの声が、空気を震わす。


   ◇ ◇ ◇


 頭領は耳をつんざくような声の発信元を探した。

 すると遠くの空に米粒ほどのなにかが、こちらに来ている。

 ものすごい波動。緑のような青のような強烈な光を放ってやってくる。

 頭領はとっさに隠遁術を発し、満身創痍など忘れたように、丘から逃げ出した。


’もう来たのか。しかも、あれはまずい。普通じゃない。人属じゃない’

心の中で焦った。兎に角走った。


 逃げるための方向干渉の道具も、何もかも使って。


 晴れているのに雨が降ってきた。

 

 何故か体にまとわりつく。


 どんどん重くなる。


 水が体にどんどん、くっついていく。


 一粒の水しぶきも体から流れない。

 

 ついに倒れ、水で体が押しつぶされそうになる。

 息ができない。

 肺が膨らまないのだ。


 影の頭領はもうダメだと諦めた。


’今回の仕事は、本当についてない’

と覚悟を決めた時、突然体が軽くなった。


 さっきまで自分を押さえつけていた水が、普段の水になり辺りをビショビショにした。ヌマガーが、普通の水に戻したのだ。そして俺を起こして、


「さっ、ここは逃げるぞ」


 空気が壁の様になったり、大地が水のようになったりするが、ヌマガーが反対の性質に変えて、逃げ出した。


   ◇ ◇ ◇


 オクタエダルが到着し、生徒たちを優しく包む。狂ったように暴れるジェームズの頭を優しくなでて眠らせた。そしてアーノルドに向かって、


「ようやったのう、よう、主人を守った」

「ひぃーん、わぁー、あー」


 オクタエダルの労いの言葉を聞いてアーノルドは、鼻水を垂らして泣き出した。アーノルドの鼻を拭いてやり、頭をなでて眠らした。そして、草むらをベットに変え、葉っぱを屋根に変えた。


 マリーの魔法虫が一匹、オクタエダルの前に飛んできた。


「マリー、間に合わんですまんの。じゃがヘンリーは多分生きとる。海流で流されてはおるが、外海には行っておらん様に思うぞ。マリー、今のお前ならヘンリーを探せるじゃろ。ヘンリーは立派な国王じゃ、お前はヘンリーを支えてやれ。儂はこの子らを守り育てようぞ」


 たくさんの魔法虫が現れ、人の形になり、お辞儀をした。


 そしてその中の一匹の魔法虫がジェームズの頭に止まり、他の魔法虫たちは、ヘンリーが落ちた海の方へ飛んで行った。


―――こうしてジェームズとアーノルドの言う悲劇の日は終わる。しかしエルメルシア王国の受難はまだ暫く続く―――

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