第10話 逃走
ヌマガーは、計画の一部に綻びが生じた事を悟った。
ヌマガー自身がかけた結界が、先程の聖素の爆発で消し飛んだからだ。あれを発したのはアイザックだろうと感じた。そしてあれだけの聖素を出せば命はないと思った。
一般軍の指揮官がまたやってくる、すぐにギールに対処させねばならない。ギールは、玉座の横に立ち、アイザックが死亡し、当面自身が摂政となり事態収束に向け指揮を執ると布告した。また、死因は現在調査中とした。
◇ ◇ ◇
―――影の頭領は間一髪のところで命拾いした―――
塹壕で爆風を避けようとしたが、土の壁は崩れて生き埋めになりかけた。魔術で頭の上の土を飛ばして、何とか穴から這い出した。息は絶え絶えで、しばらく起き上がれない。どうも肋骨が折れている。息をするたびに痛みが走る。
まだ王族が残っている。それだけが頭の中で渦巻いていた。
持ってきた回復薬を飲み、しばらくじっとして再生を待った。その後、なんとか立ち上がり、足を引き釣りながら王に近づく。先程の大爆発にしては遺体は傷んでいなかった。
最初の王の気魄は家族を逃がす時間稼ぎだったのだろう。その御蔭で、俺が死なずに済んだのは皮肉なことだ。
家族を守るために死んだ男、俺はその遺体をぞんざいに扱うことはできなかった。丁重に扱い、移動した。そして落盤した脱出口を魔術で掘り返す。
◇ ◇ ◇
―――ヌマガーはギールを落ち着かせ、状況を確認するためにパーティ会場だったところにやってきた――
遺体も魔物もドラゴンも何もなかった。聖素は本来人属の生命エネルギーだが、あまりに強烈な聖素のエネルギーの直撃を受けた生命体は消し飛んでしまうのだ。そして北側の城壁は半分上が吹き飛び、西側の城壁は殆ど無い。さらに地面が陥没していた。
陥没の底辺りで、影の頭領が何やら魔術で掘り返している。あの聖素爆発で生き残っているの驚きである。近づいて、横をみると、男が剣の柄を両手で抱える騎士の埋葬の形で横たわっている。アイザックであることはひと目でわかった。
「王妃は逃げたのか?」
「ああ、息子二人と従者一人も一緒だ。これから追いかけて仕留める。俺の処分はその後にして欲しい」
「勘違いするな。我らの仕事は、この国を我らが陛下に献上することだ。後顧の憂いを断つことは重要だが、それでは仕事は半分も完了してない」
「…………」
影の頭領は、少し沈黙したが、
「解った」
と答えた。
「私は、ギールを王位につけるよう工作してくる。王妃とその息子も王と共に死んだことにし、今後、名乗り出ても偽物となるようにしておく。それから、魔法通信妨害が破られるまで、後一時間も無い」
と私は言い残し、王宮へ引き返した。
◇ ◇ ◇
魔法通信妨害が破られると王妃はアルカディアに救援要請を出すだろう。間違いなくファル王国のアルカディア分室から、一日以内に救援がくる。それもかなりの手練だ。俺一人では対処できない。仕事をやり残すのは俺の信条に反するが、その時は引き上げるしかないと影の頭領は思った。
―――アルカディアは、大国などに分室をおいている。その目的は。第一に学生の募集と入学考査、第二にアルカディアの収入源である魔法道具の販売と寄付の受付。そして第三に学生達の保護である。アルカディアまでの道中の安全の確保や、被災・被害からの救出も含まれる。この被災・被害からの救出とは、自然災害はもちろん、犯罪被害、戦争被害など、あらゆる被害から学生を救出することを目的としている。その実力は大国をもしのぎは、昔、戦争の真っ只中に取り残された学生達を救出するために、停戦勧告を受け入れない国の軍隊を壊滅させたほどである。
なお、アルカディアは建国以来、他国不干渉を貫いている。学生がいれば救出するが、基本的に反乱が起きようと、戦争が起きようと一方に肩入れすることはない。―――
―――王妃と子供たちは、重い足取りで脱出通路を行く―――
さっきの大爆発は夫アイザックだろうと確信している。私と子供たちを逃がすために。
しかし今は悲しみに浸るときではない。なんとしても子供たちを安全なところへ逃がす。
それが夫との最後の約束なのだから。
今、回復薬でなんとか持ちこたえているが状況は悪い。たとえ回復薬を飲んだとしても安静にしていないと、再生はできないからだ。内臓では尚更だ。
ヘンリーはもう十六歳であるため、気丈に私を支えてくれている。背もアイザックくらいになっていて頼もしい。アーノルドはいつも明るい。さすがシリウスの子供だ。この歳で大人顔負けの肝の座り方である。一番下のジェームズは心配だ。子供らしくないところがあり、この状況を察して、体調不良を我慢する可能性が高い。顔は酷くやつれている。
でも、もう少しすれば、アルカディアとの魔法通信が回復するはず。ジェームズとアーノルドは保護対象となるため、魔法通信で救助を求めることができる。ヘンリーは、すでに卒業しているが、何とかならないだろうか。母としてはなんとか、この身に代えても……とりあえず、救助がくるまでの間、敵から隠れなければならない。だからなるべく遠くへ。
脱出経路は、海岸までで、少し歩いたところからは、また丘の上に登らなければならない。隠遁術を丁寧にかけながら歩いていく。
かなり辛い。
◇ ◇ ◇
’しかし今回の計画は、どこで間違えたのだ?’
影の頭領は、掘り返した脱出路を通りながら考えた。
手下を五人失った。
‘王たちと戦った四人の他に、魔寄せの呪いをかけていた魔術師が城壁の上に居た。しかしあの聖素爆発では蒸発しているだろう。計画では魔物、特にドラゴンによって、王たちは殺されるか、致命傷を負って、止めるを刺せば良かったはずだった。
やはり王妃の玄武結界か。あれから計画が狂った。魔術師のくせに玄武結界を使える奴など、聞いた事が無い’
などと考えているうちに外に出た。
俺の感が、目標が近いと知らせてきた。彼奴等がやってくる前に、今度こそ仕事を完了させたい。
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