第9話 その日


 そして、その日。


「陛下、今日のジェームズ様のご入学祝いのパーティに関係しますが、ギール様について少し懸念される点がございます」

数時間後のパーティーの最期の確認をしている時に近衛騎士団長が、アイザックに耳打ちしてきた。


   ◇ ◇ ◇


 ギールは、元々人のものを欲しがる性格であったが、何故か一年ほど前から人が変わった様になった。最近は、我をゴミでも見るかの様な目つきになることを知っている。


 続けて、

「誣告とご判断されるならば、どの様な処分でもお受けいたします」


 騎士団長とは長い付き合いだ、誣告などする者ではないことは十分知っている。王族について話すので、ここまで言っているのだろう。逆に言えば確証を掴んでいると言うことだ。


「良い、お前を信用している。間違ったとしてもそれは余の責任だ。で?」

「昨日から、ギール様の館に不審な者達が集まっております。巧みに隠してはいますが数人は手練れの者です。また当家の召使いによれば、ギール様の古い召使い数名と連絡が取れないとの事です。そして今しがた来たお付きの者五名は、どれも新顔です」


 かなり怪しい事はわかった。しかし我の近衛の実力を知らない弟ではないだろう。とするとどこかで近衛の一部を裂かざる追えない様な陽動に出るかもしれない。


「結界は怠るな。陽動に出る可能性が高い。使用人を含む来場者に不審者がいないか警戒せよ。爆発物や爆発魔法にも。一般軍を会場に入れてしまうと今度はこちらが疑われるから、近衛で対応せざるおえない。家族には説明しておく」

 我は、次々に騎士団長に指示を出した。


―――海に面した丘の頂上に建てられた城、その後宮の庭園。西側と北側の高い城壁とは対照的に東側と南側は、海に面して大きく開けていて、陽の光が眩しく、気持ちの良い風が吹く。数時間後の惨劇の場所とはとても思えない長閑な風景が広がる―――


 正午、パーティは始まった。参列者の代表が次々とジェームズに祝辞を述べる。噴水に音楽、豪華な食事に、様々な酒類、パーティも中頃になり、会場は歓談で溢れていた。そのとき、最初の異変に気付いたのは王妃のマリーだった。


「陛下、アルカディアとの魔法通信が途絶えました」

とアイザックに小声で話した。


 王妃はアルカディア出身の魔術師でもあるため、アルカディアにアクセスできる。不穏な事態だったので、定期的に交信していた。


「多分、外界との遮断が目的かと思います。アルカディアは、遮断を自動的に反対魔法でこじ開けることを試みますが数時間はかかるでしょう。すぐに退避を」

と言い終わらないうちに、黒い影が会場を覆う。


 ドラゴンだ。それに何百もの飛行型魔獣が飛来した。


 アイザックはドラゴンを見上げた後、ギールを探したが何処にもいなかった。


「近衛は、魔獣に対応し招待客を逃せ!」

咄嗟の判断である。


’しかしなんで魔物避け結界を超えて魔獣が入ってくるのだ?’

王が考え事をしている目の前で男がドラゴンに噛み砕かれた。


 一緒にいた女は飛行型魔獣に空中に引っ張り上げられ、他の魔獣と取り合いになり、引き裂かれた。


 近衛がドラゴンに剣を刺そうと突進したが、ドラゴンの火炎で上半身だけが炭となった。会場のそこかしこが阿鼻叫喚であった。


 楽しいパーティーは、惨劇の宴に変わった。北側の扉に人々が殺到する。


「陛下、早くお逃げください」

騎士団長が、王の家族をドラゴンから庇うように立ちロングソードを構えた。


 王妃が玄武結界を発動した。この結界は、軌道を描く全てのもの軌道を変える。

ドラゴンが騎士団長と王の家族に火炎を吹いたが、火炎は軌道を変え、騎士団長を頂点に左右に分かれる。


「なに、玄武結界か」

ギールのお付きの一人が舌打ちしながら思わず声をだした。


 周到に変身術を施した影の頭領である。お付きの五人のうち四人が会場に残り、魔獣の攻撃を躱しながら、王とその家族への攻撃を伺っている。


 残り一人、そうヌマガー・ガッシュは、ギールとともにさっと会場から出て、北側の扉を錬金術で石に変えてしまった。そのため、出口に殺到した人々は将棋倒しになり、圧死するか、魔物に引き裂かれるかし、最後にはドラゴンによって全員炭にされた。


 さらにヌマガーは、結界をはり、音と景色を遮断して何事もない状態にした。ドラゴン目撃情報を得て、一般軍の指揮官がやってきたが、何事もないと判断し引き上げていった。


 会場の近衛のうち、人の形をしてるのは王の周辺のみになった。魔獣たちは王とその家族、騎士団長とアーノルドに集中し、近衛はあっと言う間に肉塊になっていった。ジェームズは恐怖のあまり顔が引きつって、声も出なかった。


 王たちは玄武結界で軌道のある攻撃をそらし、時々くる、ゆっくりとした掴み攻撃を剣で払いながら、ジリジリと後ろに下がった。王族だけが知る西側の脱出口に向けて。


「王妃を先に殺れ」

影の頭領は手下の一人に指示をした。玄武結界のために剣の振りも軌道がそれる。

そのため、その男は、ドラゴンの攻撃に合わせて、徒手空拳で後ろから近づいた。


 ジェームズを打つような仕草をした。

 

 ヘンリーがジェームズを腹に引っ張り込み背中を向け、アーノルドが更に剣でかばおうとした。

 

 しかしその男はアーノルドの剣を避けて、ゆっくりと掌を王妃の脇腹に当て、気を叩き込んだ。


 王妃は声にならないうめき声をあげ吐血した。


 玄武結界が消えた。


 次のドラゴンの噛みつき攻撃は騎士団長を直撃し、ロングソードで凌いだものの体制が大きく崩れた。


 その時、手下の一人から毒のナイフが投げられ、騎士団長の太ももに刺さった。


 騎士団長は歯を食いしばりロングソードを構えるが、毒の周りが早い。顔には脂汗が吹き出ている。


 ドラゴンの攻撃の間を縫って、ショートソードの男が騎士団長に仕掛ける。


 二度剣が打つかったあと、その男の頭は、騎士団長に切り飛ばされた。しかし、騎士団長の意識はゆっくりとなり始めた。


 体制が戻せない騎士団長の後ろの王を目掛けて、投げナイフの手下が、再度毒ナイフを投げようとした。


 その時、氷の剣が投げナイフの男の心臓を突き刺し、ナイフを投げることなく絶命した。王妃が魔法を発動したのである。


「おのれ」

徒手空拳の男がまた、近づいてくる。


 王がバスタードソードで払うが、当たらない。


 ヘンリーもジェームズを後ろに回して、父の後ろから剣を突き出した。


 王の脇を通り突然剣が突き出された感じである。


 そのため、徒手空拳の男は体勢を崩し、王の返す刀で首を切られ血を吹き出し倒れた。


「ふっ、流石だな」

影の頭領は部下三人を一瞬で失って感心した。


 騎士団長はガクッと膝をついた。


 その時ドラゴンは大きく口を開け、騎士団長の頭から食らいついた。


 騎士団長の上半身は、ドラゴンの口の中に入り、腰のあたりで切断されたが、同時にロングソードがドラゴンの頭を口の中から貫いていた。主君のために身を投げ出し、ドラゴンを仕留めたのである。


「シリウス!」、「父上!」

王が友人を呼ぶ。息子が父を呼ぶ。


 そのとき、地面から槍が突き出し、王の腹を貫いた。


 影の頭領の大地の槍である。


 王は、熱い鉄の棒を腹に食らったように感じ、熱さと苦痛で顔を歪ませた。意識が朦朧となり、本来なら即死のところを気力で立っている。


「マリー、子どもたちを頼む」

土の槍を剣で払い、子どもたちを逃がすために影の頭領に向けて剣を構えた。


「あなた」

とマリーは一言だけ言ったが、そのまま子供たちと共に脱出口に落ちた。


 それを見届け、王は最後の気力を振り絞り、王の気魄を発した。


 聖剣と呼ばれた王の剣が白く輝き始め、何者も寄せ付けない強烈な力が王を中心に外側へ広がっていく。


’早く安全なところへ行ってくれ。’

そう思いながら王は、王妃の気を探りながら、何者のも寄せ付けない気魄を発し続けた。


 影の頭領は強烈な力で後ろに押される。立っていられない。

 それこそ王の前にひれ伏すように四つ這いになっても、後ろに吹き飛ばされそうになる。


’王は玉砕するつもりか?’

その言葉が脳裏をよぎった。


 魔術で自分の足元の土を移動させて穴を掘る、間に合うかどうか。掘り返した土で壁を作り塹壕をすばやく掘る。間に合うか……


「アイザック」

王の頭に王妃の声が響いた。それだけで解った。


 王は自身の残りの生命のすべてをかけて、雄叫びを上げ、王の気魄を爆発させた。


 膨大な王の聖素が剣を通して発し周辺を爆風で吹き飛ばした。庭園のものはすべて吹き飛び、城壁の半分が吹き飛んだ。大地は大きく凹み、脱出口の通路は落盤した。


王は倒れた。

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