第8話 序章

 そして、悲劇の日の数日前。


「ジェームズ、其方もアルカディア騎士養成課に入学が許された、おめでとう」

アイザックは、息子ジェームズに祝辞を送った。


   ◇ ◇ ◇


「父上母上、そして兄上、ありがとうございます」

と僕は、お辞儀をした。


「ふむ。そしてアーノルド・カバレッジ、其方、ジェームズが生まれてから、小さいながらも良く支えてくれた。ジェームズより二歳年上であるが今回、アルカディア騎士養成課に共に学ぶことが許された。これからも護衛、従者として仕え、そして何よりも良き友人としてジェームズを支えておくれ」

「はっ、勿体無きお言葉、肝に命じて支えます」

アーノルドは直立して、見るからにカチカチに緊張していた。


「ぷっ、アーノルドが言うと、なんかおかしいな」


 僕の兄であり、皇太子であるヘンリーが、笑いながら答えた。


「これヘンリー、そのように言うと近衛騎士長が困ってしまうぞ」


 王も笑いながら、騎士団長を見た。


「愚息は、学がないゆえ、お恥ずかしい限りでございます」

「シリウス、お前も若かりし頃は……」

 …………


 ―――エルメルシア王国は、大国ローデシア帝国とファル王国の間に位置する小国である。元々ダベンポート家はファル王室に連なる分家筋であるため、ファル王国とは良好な関係であった。しかしローデシア帝国は、何かにつけて周辺国を威嚇するため、エルメルシアとも緊張関係にあった。

 一方、アイザック・ダベンポート・エルメルシア王には異母兄弟のギール・ダベンポート・エルメルシアがいた。―――


「ギール様、お母上は、今の国王の母親より人の純血種に近い高貴なお方。どう考えてもギール様の方が国王に向いていらっると思いますわ」


「ギール様が、もし国王になれば、国民はこぞって祝福すると思いますわ」


「ギール様、もし国王になれば、きっと全てが思いのままですわ。金銀財宝、美女、土地、名誉なんでも想いのままになると思いますわ」


「きっとギール様が国王になられれば、大国も一目おく存在となりましょう」


 一年前、ある舞踏会で見初めた女を愛妾にしていらい、毎夜毎夜、このような話を聞かされてきた。しかし不思議なことに、その女の名前が判らない。そして、寝る時になると現れ、朝には消える。なぜか不審に思うことなく、今ではいつも一緒にいたいと渇望するようになった。


 半年くらい前に

「お前の名前は何というのだ? 朝消えないでくれないか? いつも一緒に居てくれないか?」

と女に問いかけると、


「ギール様が国王になったとき、王妃にしてくださるとき、名前をお教えいたします。また、王妃になれば、いつもそばに居て差し上げます」

と、その女は答える。


 そして、現在の王位継承はおかしいのではないかと思うようになってきた。

 我が母のほうが、人間の純粋種に近く高貴だ。亜人の血の入ったあの物の母など、我が母の足元にも及ばない。


 なぜあの男が王なのだ?


 そんなある日、その愛妾が、

「ギール様が国王なる事を助力しても良いと言う者がおります。一度お会いになってはいかがでしょう。信用できる方です」

と言ってきた。


 本来あるべき姿にするはどうすれば良いかを考えあぐねていたところであった。


「解った。いつでも良いと伝えてくれ。お前も一緒に謁見するか?」

と昼のうちに会えるのを期待を込めて聞いたが、

「私は殿方のお話にはお邪魔でしょうから、遠慮いたします」

とかわされてしまった。


 。その物がもたらした話である。現王は、実績もあるし人望もある。そう簡単にはいくまい。と思った。しかしその男は、草民は、より高貴なる統治者を望む。軍は、玉座から号令をかければ直ぐに支配できる。王族近親者が集まっている時、隔離し結界を張って時間を稼ぎ、全員を誅滅すること。素早く処理すれば、混乱は最小限である。


 ちょうどジェームズのアルカディア入学の祝いで近親者だけのパーティがある。時期は今。手の者は手配している。私は玉座に座るだけだと。

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