悲劇の日

第7話 暗躍

―――その昔、大国はその軍事力、経済力を背景に小国を侵略し併呑していくことが常であった。しかし二十一年前にアルカディア学園国家が、『侵略行為は国際社会の調和を崩し非文明的でる。当然認められものではない。国際社会は一致団結して蛮行を阻止するべきである』というアルカディア宣言を提示した。当時からアルカディアは、錬金術、魔術の魔法学などあらゆる学術分野で他国の追随を許さない超越した国家だった。このため、アルカディア宣言に表立って反対する国は無く、各国はこの宣言に合意した。―――


 ジェームズとアーノルドの言う悲劇の日から、さらに一年遡る。


 ローデシア帝国宮廷付き錬金術師のヌマガー・ガッシュは、ノアピ・ルーゼン・ローデシア帝の執務室に呼び出されていた。執務室は十人位が入ることができる部屋で、帝が大臣たちと重要な政策を話し合うのに使われる。カーペットが敷き詰められ音は全く響かない。それが重苦しい雰囲気にさせるが、一段上がったところにある玉座と重厚で大きな机が謁見者対しさらに重圧を与える。玉座に向かって左側が採光用の窓があるが、どんよりとした冷たい曇り空が広がるばかりである。


   ◇ ◇ ◇


 帝曰く、

「アルカディアは、綺麗事を言っておるだけで、人属の本当の発展を考えておらん。この世は人属よりも魔物が多い。人属は壁の内側に閉じこもり、魔物が世界を闊歩する。これでは人属の発展はない。我がローデシアが、北の魔族大陸からの進行を抑えているのを良いことに諸国の優柔不断な統治者たちは、自国の魔物さえも殲滅する事をせず、塀の中の小さな世界で満足してる。

 この大陸を人属の手に取り戻し、北の魔族大陸を制圧するには、無能な統治者は淘汰され、強力な統一国家が必要なのだ。アルカディアの言う、くだらない人道主義的理想論では人属を救えない」


 ここまで言い終えると、一息つき、鋭い視線を私に向けてきた。


「ヌマガー・ガッシュよ、アルカディアの言う方法では人属は救えん。しかし残念ながら現在の我が国ではアルカディアには対抗できない。余に献策せよ」


 帝の執務室に呼び出され、献策を求められる。試されている。

 千仭の谷にかけられたロープを渡りきれば、次の機会が与えられるが、落ちれば終わりである。

 元々アルカディアの秀才と言われていたが、禁忌を犯して人属を錬金術で改造する実験を行い追放された。当時は、人属を錬金術によって強くすることこそ、魔物に対抗できると考えていた。今も基本的にはその考えに変わりは無いが、個体を強化するだけではなく、国家レベルでの対策が必要と言うことも解り始めた頃、ローデシア帝の大臣から誘いがあった。アルカディアに靡かない錬金術師を探しているという事で。


「お恐れながら、不侫ガッシュが思いまするに、アルカディアは、侵略は非文明的と戯言を申しております。この様な事をなすと色々と、うるさく口を挟んでくるでしょう。しかし陛下に国を献上するのであれば、腐れ学者と言えども何も言えないと思われます。各国がこぞって陛下に献上する様にすれば良いかと思います」

「ほう、献上させるとは面白い。しかし解らず屋の能無し共にどうやって、余の崇高な目的のために献上させるのだ?」

「無能には、その地位から退いて貰うのが良いかと。退く理由は色々あるでしょう。国民の支持を得てない、王位継承争い、などなどあるかと思います。その後、陛下と志を一つにする者に立ってもらい献上させるのです。その者には、爵位を授けアルカディアを糾弾する時に証言してもらいましょう」


 ローデシア帝の右眉が少し上がったように見えた。


「その策良し。ヌマガー・ガッシュ、其方が直々に指揮せよ。影を使うことを許可する」

「はっ。必ずや各国が陛下に領土献上するように致します」


 返事を聞くや、ルーゼンは玉座からおり出て行った。


 私の後ろに男が現れ、

「よろしくお願い申し上げます」

と低い声で影が挨拶した。


―――影とは、他国へのスパイ、貴族を含む自国民の監視、そして暗殺など汚れ仕事を引き受ける組織である。程度の差あるがどの国にも存在する。この男は影の頭領と呼ばれている―――


   ◇ ◇ ◇


 数日後、ヌマガーは影を呼んだ。

「手始めに、エルメルシア王国から始める。アイザック・ダベンポート・エルメルシア王は、我が陛下からすれば手ぬるい無能な方だろう。そこで現王の代わりに王弟のギールを即位させ、我が陛下に献上してもらう。王弟は欲深く御し易い。表向き両者は良好な関係にあるが、王弟の強欲に少し火をつければ、猜疑心が生まれるに違いない。影は王弟に取り入り、欲に火をつけよ」


 こうしてジェームズの故郷エルメルシアに対し工作が開始された。

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