第5話 楽しいキャンプ
「ピー」
僕の笛の甲高い音で、小ゴーレムたちは整列した。
僕は、今朝も小ゴーレムに薬草を採取させるために研究車両から次々と百体近く出した。小ゴーレムの背の高さは、膝くらい、三等身で頭が丸く、お腹のところが、ちょっと、ふっくらしていて愛くるしい。
◇ ◇ ◇
ジェームズが整列した小ゴーレムにあれこれ指示しているのを傍で見ているアーノルドは、シェリーに向かって
「なあ、
シェリーは嫌いなゴキブリを見るような顔で、
「ちょっと、話しかけないで。今トムと朝の定時ミーティングしているだから」
「はいはい。でもよ、お前、そのくらいの並列処理できるんじゃなかったけ? それとも、まだ怒っているのかよ」
昨日、シェリーとジャイアントベアを倒したとき、木の葉の下のゴキブリを見つけたアーノルドは、それをシェリーの方に弾いた。それが髪に止まって、そのまま修羅場となった。
シェリーは、小ゴーレムを森のなかに送り出したジェームスに近づいて、
「トムからの情報です。昨晩ファル王国で錬金術師連続殺人事件の次の犠牲者が出たとのことです。犯人は不明で、防音結界らしき残滓はあったのですが、街ではよく使われるので犯人の特定には使えないらしいです。犠牲者はミル子爵で、宮廷お抱えの錬金術師です。よくお忍びで回復薬をお求めになる方です。やはり賢者の石は見つからなかったとのことです。殺しの手口は非常に残虐で、尖った剣で、何度も刺して殆どミンチの状態だったとのこと」
と清々しい朝から気持ちの悪いことをさらっと言いのけるシェリーだった。
◇ ◇ ◇
「ありがとう、シェリー。犯人は注意深く魔法を制限しているようだね。そこらの盗賊じゃなさそうだ。犯人は一体何を考えているのかな」
僕たちは、一昨日からここでキャンプをしている。街道沿いに開けた草原になっていて、コロン車二台を並べて、テーブルと椅子を出し、焚き火の上で紅茶用のお湯を沸かしている。キャンプ中モックは、そこらで勝手に食事中だだろう。
そんなこんなで、ジャイアントベアを狩る算段をしているとき、僕の結界で反応を感じた。
「二十人だな。魔物避け結界に関係なしに入ってくるので、人属だろう」
「ああ、俺も感じる。盗賊かな。呼吸と足運びから、そんなに強そうじゃねぇな」
「そのようですね。例の犯人でしょうか?」
「例の犯人は、もっと周到だとおもうな。魔法使いが一人いるね。魔術師だな」
僕たちは全く振り向かず、相手の状況を察知していた。
魔術師と弓手の三人を後衛にして、六人が前に、十人がコロン車の後ろ側から忍び寄ってきた。
「おい、お前ら、金目の物をおいていけ。命だけは助けてやる。おっとその馬車も置いていけよ。おっ、その女も置いていけ」
シェリーを嫌らしい目で見ている。
シェリーは長い銀髪を紐でまとめた。ああ、シェリーを怒らしちゃった。
「後衛は僕が殺るよ。あとは、任せた。えっと、殺さないでね」
「ご主人様、奴は私が」
「俺は、コロン車の裏側の奴を仕留める。一人、まともな奴そうだからな」
「いいよ」
僕はゆっくり立って、
「嫌だと言ったら?」
「じゃあー死んでもら……」
賊が最後まで言い終わる前にシェリーが、そいつの左側にすれ違う様に立った。
シェリーは瞬間移動ができるのだ。同時にシェリーの左掌はそいつの鳩尾をついていた。
アルカディアの武術の達人から「武に特化したホモンクルスは強いけど、貴方は特別ね。もう教えることはないわ」と言わせるほどの才能を持っていた。シェリーを怒らせた奴は、がっくりと気絶して倒れた。
後ろの三人が弓を放つ少し前に、僕は左手にアルケミックコンパウンドボーを顕現させ、’スコープ’ と念じた。目の前にスコープが現れ、三人の弓手の足と矢にロックし、六本の矢を放った。
三本は飛んでくる敵の矢に命中し、三本は賊の足の甲に刺さった。
それから魔術師はと、僕は見て呆れた。
’えー、今から提唱するのかよ。それも初級魔法のファイヤボール。えー、何、その遅い提唱は!’
その魔術師の提唱が完了する前に頭の上から大量の水を浴びせてやった。水圧で立っていられない。逃げても水は追ってくる。
シェリーは、五人のうち、弱い二人を早々に沈めて、瞬間移動を使わずに三人相手に遊んでいる。
掌を多用する武術で、間合いを巧みに取り、軽く触れて相手の力の方向を変えながら、相手が剣を振り上げるなどスキができるとその下に入り込み、掌を急所に当てる。その時、聖素を叩き込むのだ。このため防具が役に立たない。
アルカディアの武術の老師は『気』と呼んでいた。三人は、シェリーに翻弄され、もう息が上がってきた。遊び相手にならないとみて、首筋に気を叩き込んで気絶させる。
さてアーノルドの方はどうかな? 僕は、コロン車の屋根に飛び乗り様子をみると、九人はもう沈んでいた。残る一人のバスターソード持ちはちょっとは骨があるのか、最後まで残しておいたようだ。
アーノルドは、ロングソードを使うけど、いつも振り回しているわけではない。寧ろロングソードはあまり動かない。剣先が上になったり、下になったりするのだが、体の方を剣の後ろに持っていくように避けている。
面白いのは、賊が剣を振ろうとすると、喉元や剣を持っている腕の軌道上に剣先を持っていくところだ。つまりそのまま敵が振り抜けば、アーノルドの剣に突き刺さるため、咄嗟にやめざる負えない。
盾を持っていないアーノルドが、相手の剣をロングソードに当てずに止めている。そして、賊の剣を大きく弾いたとき、ロングソードの下に入り、ソードを背負うようにして、ぐるっと回転する。その勢いでロングソードを賊に斬りつける。トルネード殺法だ。今回は首を跳ね飛ばす直前で寸止めだ。
「まっ、まいりました」
気絶しないだけでも胆力はあるのだろう。
僕の縄で、縛り上げる。魔術師は滝行中だ。あんな初級魔法で人を襲うなんざ、魔法使いの風上にも置けない。四つん這いで滝に打たれ続けていなさい。僕は魔法使いには厳しい。
賊たちを尋問したが大した情報はなかった。
「ご主人様、この賊は連続殺人犯では無いようですね」
「そうだね。計画も杜撰だし、違うだろう。さて、こいつらどうするかな」
「面倒だから、ここで殺ってしまえばいいじゃねぇ」
賊たちがギョッとする。
僕は賊に向かって、
「君たちに呪いをかける。一月以内にファル王国のダベンポート雑貨という店に行き、そこにいるトムを訪ねろ。トムが、君たちが自警団に出頭したのを確認して呪いを解除する。もし遅れたりすると、惨たらしい死が待っているぞ」
と呪いをかけ開放した。彼らは走ってファル王国に走っていった。
「
―――アルカディアでは、呪いというのは、魔術を使って対象者の深層心理や記憶を操作するものと定義されている。間違った先入観を与えたり、何かをキッカケに異常な行動をとるようにしたりする。洗脳も呪いの一つである。通常の魔術、錬金術などと違い、術を使ったときに効果を狙うものではなく、対象者の心の奥、記憶に潜み、キッカケがあるまで発現しない。このため、人属など高知能な生命体に有効である。低知能の魔物でも可能であるがその場合は、術者が近くにいて常にキッカケを与え続けなければ、発現状態を維持できない。―――
「ところで、新しいロングソードはどうだい?」
「いやー良い。重心が移動するのは実に良いぞ。剣先を振りたいときは、手元に重心を移し、打ち込むときは重心を剣先に移す。非常に使いやすい」
とアーノルドは剣を振りながら言った。
「アーノルドの剣さばきを見てヒントを得たからね。それに重心を移動するだけじゃないよ。思念を強くすると、さらに重くすることもできると言うか重力を制御できる。練習すれば重力波動で大抵の物は吹っ飛ばせる。あと、剣心は、竜の牙でできているから、大概の魔法も弾き返せる。名前は、竜牙重力大剣、腰のタガーは、竜牙重力短剣ってところかな」
「ゴキブリ兄さんには、もったいないわね」
「何よぅ……」
放っておこう。
夕方になり、薬草を腹の中に溜め込んだ小ゴーレムたちが戻ってき始めた。
「あれ、28号が戻ってないな」
「どっかで壊れちまったじゃねぇか?」
「いや、ステータスは魔法通信で見えるから、生きているようだ」
―――まだ雪を頂いた遠くの山並からオレンジ色の夕日が射している。街道沿いの草原は柔らかな風に波立ち、昼の初夏の熱さとは反対に、その風には少し寒さが戻ってきた。焚き火の炎を強くして、それぞれ思い思いの時を過ごす―――
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