第4話 旅へ

 次の日、アーノルドと聖獣車の用意をしている間、シェリーは、トムとメリーにあれこれ指示をしていた。いざとなれば、僕たちとトムとメリーは、魔法通信で連絡しあえるし、留守を任せるのも初めてじゃないので心配はしていない。


 日用品を運んで寛ぐための聖獣車と研究室用聖獣車で二台。魔導サスペションがついているので、少々斜めになっても水平を保てるし、どんな悪路でも全く振動しない。その車両をズングリムックリした、毛の生えた大きな四つ足の聖獣モックが引く。モックは大人しい性格で、頑丈で、草なら何でも食べて、怖いもの知らず。悪く言えば鈍感。特に糞をしないで、全部聖素にしてしまうので飼いやすい。耳のところに鈴がついていて、歩くたびにコロンコロンと音がする。だから、このモックに引かせる聖獣車をコロン車と呼ぶことが一般的だ。多くは人属が御者をするが、僕たちの場合、小ゴーレムがやっている。


 僕はトムとメリーに向かって、

「じゃあ、暫く留守にするけど、よろしくね。いつもの通り、研究室車両も持っていくから、連絡してくれれば、調合した薬を魔法便で送るよ」

「留守番についてはお任せください。それでは行ってらっしゃいませ」


 僕たちは、寒さも緩んだ春の陽気に花の匂いを纏いながら、ここファル王国の門を出発した。


 ―――この世界には、三つの大陸がある。一つは北に位置し、支配階級のデーモンの他に、オーク、ゴブリンなど魔物の中でも多少知的な魔族が多く住んでいる北の大陸。人属が住むメル大陸と、ジェームズたちが住むロッパ大陸である。人属が住む二つの大陸間には海があり、ここには巨大な海獣が多く生息し、船では渡ることは非常に難しい。外海に出た途端、高い確率で海獣に沈められる。飛空船が発明されてから、やっと交流が盛んになってきたが、大軍を送ることは難しく兵站も確保できないため、これまで人属大陸間で戦争は起きたことがない。

 ロッパ大陸には四つの大国と二十数個の小国がある。四つの大国とは、ファル王国、シン王国、ロードシア帝国、そして領土は小国なみであるが、その影響力ゆえに大国とされているアルカディア学園国家である。大国と言っても、人属が住んでいるのは城壁や柵で囲まれた都市や町、村だけで、そこ以外は危険な魔獣、魔族そして盗賊が跋扈している。

 ロッパ大陸の人種構成は、元々は人属として人間と亜人がおり、かつては種族間で戦争したり、奴隷にしたりされたりの時代もあった。しかし聖魔大戦争の時、人属として寄り添うしかなく混血化が進んだ。今では、純粋種を見つけるほうが難しい。ジェームズもエルフ種の血が若干入っている―――


    ◇ ◇ ◇


「はあ、はあ、はあ……」


———街の灯りが疎らな道で、一人の男が数人の人影に追いかけられている。逃げている男は、貴族の服を着て恰幅が良い。しかし、その恰幅故に息は絶え絶えである———


 その貴族の男は、人影に向かって、

「おっ、お、お前たち、私を王宮付き錬金術師と知っての狼藉か? こんなことをしたらどうなるか、はあ、はあ、解っているだろうな?」


 ’襲われた時は、当然結界を張ってたし、魔法や魔道具で応戦したが、全く歯が立たなかった。やっとのこと、そこから逃げ出したが、人影たちはどう逃げても、どう隠遁術を使っても、自分の影のように追いかけてくる。人影たちには魔術の使い手がいる’

とその貴族は息を苦しい中、考えていた。


「こいつラビット種の血が入っているぞ。豚種かと思った」

人影の一人が、貴族の男の耳を見て、笑いながら近づいてきた。若い女の声である。


「絶対豚種も入っているよな。豚ウサギ狩りしちゃっていい?」

その女が、細いスモールソードを抜いて近づいてくる。


「ビガー、ちょっと控えろ!」

暗闇から男の声がした。


「はーい……頭領、解りました」

ビガーはこの場に似つかわしくない、間の抜けた返事をした。


 暗闇の男は、

「賢者の石を渡してもらおう」


 拒否する事など絶対の許されないような、威圧感を放って男の手が闇から出てきた。


「いや、これはダメだ。金ならいくらでも出す。頼むこれは勘弁してくれ」

左手で右手の指輪を覆いながら取られまいとうずくまって、赦しを請う。


 するとほぼ同時に左腕に激痛が走った。ビガーが細いスモールソードで、一瞬のうちに左腕の筋を全て切ったのだ。左腕はだらんと下がる。最早戦意は完全に喪失した。


「わっ、わっ かか った」

痛みと恐怖で言葉にならない。


 涙と鼻水を垂らしながら、力の入らない左手で懸命に指輪を外そうと試みる。普段、この男は貴族であることを鼻にかけ、威張り散らしているだろうが、今は寧ろ哀れである。


「あたいが手伝ってあげるよ」

とその刹那、薬指は切断され指輪は宙へ飛んだ。


 それをスモールソードで受けて、スモールソードからゆっくりと指輪を外し、影の頭領に渡す。


 影の頭領は指輪についている、芥子ほどの賢者の石を見ながら、


「あの程度の防衛魔法じゃ、たかが知れていると思ったが、やっはり小さいし、純度も悪い。始末しておけ、利用価値がない」


「了解!」

ビガーは、嬉しそうに答えた。


 外したフードの下からは虎種特有の耳が現れた。舌舐めずりして、ビガーは近づく。


 影の頭領は、変装術を解きながら貴族の男に背中を向けて

「魔法は使うなよ。まだ足がつくのは避けたい。全く魔法残滓の真命模様など発見する奴がいるから、殺される側は痛い思いをすることになる」


 そして暗闇に溶け込んだ。貴族の男が悲鳴を上げている。


「まあ、あいつが殺るときはどっちでやっても同じか」


 男の放った結界でその外には、声は一切もれない。街は暗く夜が更けていく。

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