第3話 師匠からの手紙

「しかし、あのババア、あの顔で美肌薬なんて、流石にあるじの薬でも無理だろう。いっそ回復薬を売りつけて土台から完全生成したほうが、いいじゃないか?」

といつもの通り、アーノルドが悪態をつく。

 

 軽く聞き流しているところにシェリーが上がってきた。


「ご主人様、お待たせしました」

「ああ、ご苦労だったね。ちょっとそこに座ってくれないか」


 僕は応接のソファーに座るよう促しながら、机の引き出しから師匠の手紙を取り出した。そして、そのままシェリーの反対側のソファーに座った。

 アーノルドは、ソファーで踏ん反り返っている。いつものことだから、僕もシェリーも気にしない。


「師匠、ああ、オクタエダルからの魔法便だ」


 ポンと指で弾いて秘匿魔法を解きシェリーに見せた。アーノルドは起き上がって、覗き込む。


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親愛なる出来すぎた弟子へ


 達者にしておるか? 儂は相変わらずじゃ。

 さて、卒業前にお主が発表した論文『魔法残滓に残る真名の解析方法とその応用』がアルカディア魔法学賞を受賞することになった。論文の素晴らしさと着想の斬新さ、そしてすでに様々な捜査現場で活用されている実績が評価されたものじゃ。

 半年後の神が戻りし月の第一日目に式典を執り行う。お主のことだ、学園からの招待状など無視しそうなので、あえて儂から案内したものじゃ。

 必ず式典に出席するように。これは学長からの懇願ではなく、国家議長からの出頭命令と思うことじゃ。良いな。


出来すぎた弟子を持って心労がかさむ師匠より

ニコラス・オクタエダル

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「なんだい、この小難しい論文は?」


 僕が言葉を発する前にお喋り兄さんが聞いてきた。


「あら、ご主人様のなのにアーノルドは知らないのですか?」


 シェリーは、特に『ご学友』を強調する。お喋り兄さんには、容赦ない。


「ううう、お前は知っているのかよ!」

と言った直後、アーノルドは失敗したと思った。シェリーはアルカディアの大図書館の中央処理装置と魔法通信で常時接続されていることをアーノルドも知っている。刹那の時間で、検索し理解することなど造作もないのだ。


「知っているも何も、ご主人さまと一緒に研究させていただきました。あなたが剣を振り回していたときですよ」


 悪口兄さんも、口ではシェリーには勝てない。


「そろそろ本題に入りたいのですが、良いでしょうか?」

「失礼しました。申し訳ございません」

と僕が助け船を出した。悪口兄さんはホッとした。


「でもその前に筋肉兄さんのために簡単な講義をしようか…」

と説明を始めると、今度はシェリーが自慢げに心なしか胸を張る。全く変なところで張り合う連中だ。


「アーノルド、魔法の呪文の出だし、なんて言う?」

「我が名において……だろ?」


 魔法が不得意なアーノルドは、目を泳がしながら答える。


「そうだね、『我が名において』でも、『私が命ずる』でも、『儂に従いて』でも、全て『我』とか『私』とか一人称が入るよね?」

「う……うん……」


 悪口兄さんは多分一つしか知らない。


「実はこの一人称は、心の中で真名に変えることも知っているよね。ほら真名は自分以外に知られてしまうと支配されたり、呪詛されたりするから口にはしないからね。だから、提唱するとき真名の代わりに一人称で呪文を唱える。」

「う……うん……」

「あなた、本当に解っているの?」


 曖昧な回答にシェリーがツッコミを入れる。


「それで、魔法を使うとその痕跡が残るのは知っているよね。その痕跡を魔法残滓って言うけど、この残滓の中に真名の一部が模様として残ることが判ったんだよ。そして強力な魔法ほど残る模様も完全なものに近づくんだ。これは強力な魔法ほど強くイメージする必要があるから、真名もより鮮明になるからだと考えられるだけどね」

「……」


 もはや声もでない。


「続けるよ、僕は残滓の中の真名模様を発見し、それを取り出す術式と魔法具を考案したのさ。真名模様は、模様だから術者を操ることはできないけど、世界に一つしかないから、ちょうど指紋の様に術者を特定できるんだなぁ。だから、魔法で悪事を働いても犯人を特定できちゃうってわけさ」


 僕はドヤ顔でアーノルドを見たが、その目は眠そうだった。


 ―――この世界の知的生命体は、世界で唯一の真名を持って生まれるが、多くの人属は成長するうちに忘れてしまい、魔法を行使できなくなる。真名を覚えていることが、魔法を行使する最低絶対条件となる。ジェームズも普通名ジェームズ・ダベンポートの他に1024文字の真名を持っている。

 ちなみにアルカディアでは、聖素、魔素から得る力を魔力と言い、それを使って何かをなす者、即ち聖霊師、魔術師、錬金術師、呪術師などを総称して魔法使いと呼ぶ。そして術式体系、呪文体系、儀式体系を総じて魔法と定義している。また、武術に秀でたものは、『気』という聖素を発揮することができる。『気』は修行を積んだ人属が扱え、魔法提唱を必要としない。『気』を魔法、魔力というかはアルカディアでも長い間論じられているが決着は付いていない。―――


「さて、ここからが本当の本題」

「本題まで、ナゲーじゃねか」

「あら、最初に聞いてきたのはあなたじゃないの!」

「はいはい、解りました」


 アーノルドは手を上げて降参した。

 キリがないので、僕は無視して続ける。


「見せた通り出頭命令が出ているので、面倒だが行かなければならないだけどね。丁度、いくつか材料が心もとないし、何軒か取引先へも行く用事もある。そこで半年かけて、三人で材料確保の旅をしょうと思う」

「おっ、久しぶりに良いんじゃねぇか」


 シェリーはちょっと思案気に


「そうですね。店はトムとメリーに任せておけば大丈夫と思いますが、アダムス夫人が言っていた、錬金術師を襲う悪人がいるというのが気になります」

「えへ? シェリーちゃん、そんなの気にしているの? ダイ、ジョーブ、デース。このアーノルドのお兄さんが守ってサシ、アゲ、マース」

悪口兄さんは、変なイントネーションで茶化している。


 一体誰のマネだか判らない。


 当然シェリーは、

「結構です。お爺さんに守っていただく必要はありません」

「なによ、誰が爺さんだって!」


 二人の漫才は、続くので無視しよう。とはいえ、どこの誰が何の目的で、錬金術師を襲っているかが判らないのは、ちょっと不安だ。でも僕たち三人に対抗できるような奴はそうそういないだろうけど。

 アーノルドの腕は確かだし、瞬殺のシェリーは、そのアーノルドとタイマン張れるくらい強い。僕も魔法に関しては、人並み以上と思っている。あとは小ゴーレムを多く持って行くかな。

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