第2話 ダベンポート雑貨店

 トントン

―――ドアをノックする音―――


 僕は、応接室兼書斎のとても優雅とは言えない無骨な大きな机の上に足を載せて、師匠からの手紙を読んでいた。そして懐かしい字を見ているうちに、幼かった自分と師匠とのことを思いだしていた。手紙の開封証明である魔法虫が、シーリングスタンプから現れてアルカディアの術者に向かって、飛んでいったのは少し前のことである。


 トントントン

―――さっきよりも若干強めのノック―――


あるじ、客だぜ、お前を出してくれってさ。寝ているのか?」

と男が扉を開けて、入ってきた。


 声の主はアーノルド・カバレッジ。若干狼系亜人の血が混じっている。中肉中背、耳の尖端が少し尖っていて、ちょっと毛深い。僕より二歳年上で物心ついた時から、僕の護衛の任にあたっている。元々、主従関係にあったが、僕が錬金術師養成課に編入したとき、主従関係はなくなった。しかし、アーノルドは勝手にやらせてもらうとを決め込んで、それからもずっと行動を共にしている。『あるじ』と呼んで未だに主従の名残があるが、続く言葉はため口だ。僕にはそのほうがありがたい。


とりあえず、手紙は机の引き出しに入れて、


「ああ、いや大丈夫だ。ちょっと考え事をしていた。来客はアダムス夫人か?」

と僕は机に掛けていた足を下ろし答えた。


 確かアダムス夫人がこの時間、予約の美肌薬を取りに来るはずだ。


 アーノルドは僕の返事を聞いているのかいないのか、部屋に入るなり、

「全くあの子豚ババア、年甲斐もなく相変わらず厚化粧だぜ………考え事? 錬金術師はいつも考え事だな。あまり考えすぎるとジジイみたいに禿げるぞ!」

アーノルドは、額に手をやり、禿を演出してみせる。


 たぶんババアはアダムス夫人、ジジイは師匠を示していると推測している。悪い奴ではないが、口が悪い。


 僕が錬金術師に転入したあとも、騎士養成課に残ることが許され、そこで腕を磨いた。お高い貴族に囲まれて、それなりに大変だったと思うのだが、本人はどこ吹く風である。まあ、剣士としては大変な腕前で模擬試合では常に上位にいた。ロングソードを軽々と振り回す決め技はトルネード殺法と呼ばれていて、こいつに喧嘩を売る奴は誰もいなかった。


 そんな剣士だが、僕の商売柄、ロングソードを常に持ち歩ことできないので、普段は商人風の上着の下に短剣を忍ばせている。ちなみに今アーノルドが使っているロングソード(竜牙重力剣)も短剣(竜牙重力短剣)も、自慢じゃないが僕の傑作だ。重さ、切れ味、耐久性、退魔性能そして特殊スペック、どれをとっても超一流。そこらの王族が持っているものにも引けを取らない。おっと、これは自慢か。


 僕が自画自賛しているところに

「なに、ニヤニヤしてやがる。ジジイの禿がそんなに可笑しいか? それより、ホモンクルスちゃんが、ババアの相手をしているぜ。とっとと行ってやったほうが良かねぇか?」


 若干勘違いしているようだが、ほっとこう。


 部屋を出て階下の店へ歩いていく。アーノルドの言うホモンクルスちゃんは、僕が創造した。トムとメリーは、使いに出したから、対応しているのはシェリーか。


 シェリーは僕が上級学生の頃、最初に作ったホモンクルスだ。美女だが少女ではない。僕と同じくらいの年齢の女性という設定である。長い銀髪でスレンダーなところはエルフ族の女性に似ているが耳は長くない。髪を後ろでまとめて、服装はこの世界の一般的な女性の格好である。どっかの世界の中世ヨーロッパ風といったところ。


 店は錬金術を活かした薬と雑貨の店だ。発光する聖石のシャンデリアの下に薬を売るカウンターと、その向かいの壁には戸棚が造り付けてあり、雑貨が陳列されている。薬は、強力な回復薬もあるが、高価だし使いすぎると自己回復力が弱くなるため、お薦めしていない。症状に応じた薬を出すようにしている。雑貨は生活必需品にちょっと錬金術テイストをかけた便利商品を出している。こちらは、どちらかと言えば趣味の領域である。


 カウンターに近づいてみると、お得意様を前にシェリーが困った顔をしている。


「いらっしゃいませ、アダムスさん。ご予約の美肌薬でよろしいでしょうか?」

階段を降りながら、婦人に呼びかけた。


「あら、先生、今、シェリーさんにお願いしていたのよ、それがね、聞いてくださる? 明日から主人の急な用事に一緒に行くことになって、暫く戻ってこれないの」

持っている扇子を閉じて、自分の頬辺りに当てて、ちょっと甲高い声で喋ってきた。


 アダムス夫人は続けて、

「それで、美肌薬を多めに頂けないかとお願いしておりましたのよ。でも、シェリーさん、他の方の分は回せないって言うのよ。何とかなりませんこと?」

右手人差し指を机に立てて、イジイジした感じで迫ってくる。


 いやはや天下無敵のオバサンのゴリ押しってやつですね。これでは瞬殺のシェリーもかたなしだな。


「わかりました。数量はご予約の二倍で、お代は、三割増しでいかがでしょう。アダムスさんのために特別大サービスです」

僕は、悟られない程度に上体を反らし、暑苦しい子豚ちゃんを避けて答えた。


 人は『あなたのために特別』という言葉に弱い。


「あら、さすが先生ね。それでいただくわ。そうそう、最近物騒な噂を聞いたわ。なんでも各地の錬金術師が襲われているって話よ。先生も気をつけてね。先生のところの薬が一番いいのよ。なくなると困るわ」

左手の扇子をひらひらさせながら、子豚ちゃんが忠告してくれた。


 シェリーは、ちょっと心配そうに僕の方を見てきた。


「大丈夫だよ、シェリー。今晩少し無理して作れば、補充に間に合うだろう」


 僕は、シェリーは美肌薬のことを心配したのかと思っていた。でもシェリーは、ちょっと眉をひそめた。


 アダムス夫人がホクホク顔で店をあとにしたあと、


「シェリー、ちょっと早いけど、今日は店を閉めて上に来てくれないか?」

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