第25話 月のチカラ

 ㅤ陽太と二人で前の扉から教室に入る。他の生徒たちは気ままに談笑している。


 ㅤぼくは教室が変わっても窓側の左端、黒板に対し最前の席に向かい、陽太は対角線上の右端、最も後ろの席に向かう。


 ㅤみんな着席し始め、やがてチャイムが鳴る。その瞬間、みんなが立ち上がり、ぼくは机の下に隠れる。


 ㅤ飛んでくる炎や氷や雷。それより速くぼくの元へ到達した炎の壁。陽太のチカラは、このクラスで間違いなく最も大きい。


「陽太! ㅤどうしてお前が邪魔をする」

 ㅤどこかの誰かが叫ぶ。

「どうしてって、オレがどっちの味方か知らないの?」

「もちろん知ってる。だからどうしてそいつの味方をするんだ。それだけのチカラがあるのに」


 ㅤどういうことだ? ㅤみんなにとって敵なのはぼくだけなのか?


「オレは運命的な何かで満の味方をしてるだけ。お前たちはなんだ」

「もちろん、守護するためだ。不思議なチカラの者を守れば、みんな幸せになれる」

「みんなって、それで願は幸せになれるのかよ。あいつがどうしたいかはあいつに選ばせろよ」


 ㅤ一瞬、教室に静寂が走る。けれどあっという間に通り過ぎてしまう。


「あいつもきっと幸せになるさ。チカラを使えば、お前たちも生き長らえるんだからな!」

「満、逃げろ」

 ㅤ陽太が前を向いたまま机の下のぼくにささやいた。

「早くそこ出ろッ!」

 ㅤ机の前から這い出ると同時に振り向くと、もう一度陽太が炎の壁を作っていた。だけど今度は集中した氷の塊によって炎が割られ、ひび割れた壁の中へと全てのチカラが次々突き刺さっていく。雷に震え、炎に火傷し、氷に透き通った傷を負う。


 ㅤ陽太は膝から崩れ落ち、口を開けたまま呼吸を止めた。


 ㅤ周りの机や床は焼けたり凍ったりボロボロ。ひどい戦場に一人、取り残された。


 ㅤ無力なぼくは、あきらめてしまえばいい。みんなのようにチカラはなくても、みんなのように願を守護すると言って閉じ込めれば、きっと幸せになれる。


 ㅤそれなら、幸せはいらない。ただ今は、願を「守る」チカラが欲しい。


 ㅤ起き上がったぼくに飛んできた火の玉を、たやすく氷で溶かす。雷が来るなら炎でちりにしてしまえばいい。氷が来れば、雷で叩き割る。


 ㅤ都合いいかもしれないけど、本気になれば出せるんだ。色んな授業受けておいてよかった。直に体感した全てが、太陽の光を反射する月のようにチカラの源になっている。今はもう、誰にも負ける気がしない。


「陽太は連れてくね。みんなを指示してるやつはどこにいるの」

「……たぶん校長室じゃないかな」


 ㅤどこかシラけた空気。変な洗脳が解けたんだろうか。でも、間違ったことをしているのはぼくたちの方かもしれない。普通に考えたら、みんなの願いを叶える力を手に入れたのに、無理やり手放そうとしてる。ぼくだって、願との触れ合いがなければ、きっと何も考えることはなかった。ぼーっと何もわからない日々を繰り返して。さっきまで何のチカラもなかったコンプレックスも、自分的には良かったのかもしれない。


 ㅤ教室を出て、陽太を背負って歩みを進める。敵とは呼べない敵を、吹き飛ばしていく。そうして階段を下りていく途中、陽太が息を吹き返した。


「よお」

「わっ!」

「やったみてぇだな」

「まだだよ」

「オレ、生きてんだな」

「死んでたよ。たぶんこれが、願のチカラだ」

「へっ。そりゃあこんなチカラあったら、大切にしたいよな」

「大切にするんだよ。ぼくたちが」


 ㅤ階段を下りきったところで、重いリュックを背から外すみたいに陽太を下ろす。


「もう疲れた」

「おいおい。オレは病み上がりだぞ」

「ほらもうそこだから。歩けるでしょ?」


 ㅤ上に校長室の札が見える。ここに願もいるんだろうか。

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