第16話 星の日記

 ㅤ忘れてるようで忘れてない気持ち。抱えて晴れた雪道をザクザク進んでいく。冷たい風に、春頃の思い出が透き通る。教室の窓に映ったあの子。隣の席で笑ったあの子。


 ㅤ何だかんだ、あと少しで次の春が来る。


 ㅤ教室に着いたら、そのあと終業式のために体育館へ向かって。また教室に戻れば、あっという間に帰れるだろう。それから少し休みがあって、違う教室に行くことになる。


 ㅤ席替えは、もう一人退学者が出たらやるということだったけど、出なかった。隣の席はずっと空いたまま、ウサギは元気なまま飼育を終えた。


 ㅤ結局色んな授業を受けてきたけど、ちゃんと身についたと言える"個性"はない。選択授業ではなかった死と生も、これからは選択制になるらしいけど、とりあえず全部受けることになりそう。陽太みたく一つに特化すればいいかもしれないけど、そんな勇気はない。


 ㅤなんてひとりで、誰かに言い訳するみたいに思いながら教室に着いた。いつも通り真っ直ぐ席に向かって、いつもと違って、ごちゃごちゃした机の中を整理しよう。席替えのときはみんな、自分の机を持って移動してたけど、教室ごと変わるときは机を持って行かないらしい。


 ㅤ他の人より多い気がする教科書を出していく。机の中で積み重なったそれらの一番下から、見慣れないノートが出てきた。机の上に重ねた本の一番上に置く。


 ㅤ表紙に書かれた「日記帳」の文字。こんなのつけてたっけ。首をかしげて、開いてみる。



4月1日晴れ

 入学式。友達100人できるかな。100人じゃなくていいけど、1人もできる気がしない。近くの席の人が話しかけてくれたのに、ちゃんとこたえられなかった。ていうか覚えてない。どんな態度とったか覚えてない。


4月8日雨

 相変わらず友達はできてない。友達って何なの。だけど、時々どこかから視線を感じる気がする。できなさすぎて思い込みかな。でも、どこからかわからない。もしわかったら、その人と友達になれるのかも。なんて。


4月15日くもり

 色んな授業の触り部分?を受けてるけど、そのうち選択授業も始まるらしい。自分の適性に合いそうなものを選ぶといいんだって。まだそんなのわかんないよ。だいたい、個性を身につけるってどういうことだろう。それがいつか役立つのかな。


4月22日晴れ

 日記というより、週記になっちゃってるな。だってあまり書くことないんだもん。友達?そんなこと聞くなって。でも窓の向こうを見てると、誰かと目が合ってるような気がして……ああ、こわい。自分がこわい。


4月29日雨

 もうすぐ4月も終わりだ。なんというか、なんにもないな。毎日を大切に過ごそうと思って始めた日記なはずなのに。


5月6日くもり

 そういえば、いつ頃散ったか忘れちゃったけど、うちの近所に桜の花が咲いてた。桜って散ってもまた来年には咲くんだよね。すべては星のように生まれ、星のように死ぬ。らしいけど、生まれ変わることもあるのかな?


5月10日雨

 風邪をひいたくさい。たぶん近くの席の人のがうつった。友達にもなれていないのに。風邪ってどうしたら治るんだろう。休みの間に治ったらいいけど。そういえば選択授業も決めてない。でもなんかダルいな。


5月13日晴れ

 学校への連絡が遅れるほど寝込んでたらインターホンが鳴った。誰だと思って目と耳をかたむけたら、みちると名乗った。ええと、誰だっけ。せんきって何と思ったけど選択希望表のことを思い出す。まずい、まだ何も書いてない。書かなきゃ。しかもパジャマだ、どうしよう。風邪もうつしたらダメだと思って少し開けたドアから手を伸ばした。ちゃんと色々説明したらいいのに声も上手く出ない。せっかく来てくれた人に失礼な態度をとってしまった。今度あやまらなきゃ。


5月20日晴れ

 満がどの人かわかった。よく窓の向こうを見てる人だ。友達もいそうなのに、意外とさみしがりやなのかな。あやまりたいけど、きっかけがつかめない。風邪はもうほとんど治ったみたい。


5月21日晴れ

 まさかのことがあった。この機を逃すまいとがんばった。すごく上手く話せた気がする。でも少し恥もかいた。ただあの人のはずかしそうなとこも見た。ウサギのカメラは、少し心配。なんでだろう、胸がざわついた。


5月22日朝

 変な夢を見た。これは誰かに話してもいい夢? わからない。ひとりぼっちのわたしと、月と名乗る人の出会い。妙にリアルに感じて、早く書き留めたかった。月と名乗る人の顔は、どこかで見たことあるような……。背景の桜吹雪も印象的だった。何かの暗示なのかな。もっと考えたいけど、学校に行かなきゃ。


5月22日夜

 満も夢を見たんだって。夢の内容は覚えてなかったみたいだけど、わたしは言えなかった。もしもわたしが言ったことで何かを思い出したらこわいと思った。だって、だって。わたしこれからどうなるの。考えすぎ? そうだよね、そんなことない。だけど、これから何かあったときのために、この日記は教室に置いていこう。


6月11日夕

 ウサギさんを、わたしが再生させた? わからない、わからないけど。このままじゃ、わたし。誰かの足音、語るには時間がない、助けて。

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