vol.05 ~「All Around Me」(1991) Char~

 国道113号線に別れを告げて国道345号線に入る。

 と言いながら、道は海岸線を一直線に通っているだけなので、どこで国道のナンバーが変わったか気を付けていないとわからない。

 


 海に沈む夕陽が見える温泉宿のある街として県内外で割りと有名なところを通る。

 一度だけ、職場の旅行でこの街の旅館を使ったことがあったけれど、夕陽もお風呂も夕食のご馳走も覚えてないものの、朝食だけはしっかりと覚えている。


 前の晩の宴会のせいで、僕を含めたほとんどのメンバーがひどい二日酔いで、しかも、朝風呂もきっちり入ったりするものだから、さらに酔いが回っている中での朝食。大きい宴会場のテーブルのひとりひとりにあつらえられた朝食は、焼き魚、肉の焼き物、煮物、サラダ、ミニ懐石のような料理、お造り・・・と、まるで夕食のようなラインナップ。

「いったい、どこの誰がこんなに朝っぱらから食べるってんだい!」と怒る元気も無くさせるようなものすごいボリュームだった。

 当時は、まさに、“バブルの時代” 。飽食を憂うどころか、惜しみなくつぎ込む旅館の方針と他館との競争がそこにはあったのだろう。

 現在は、違う。どこもかしこも、露天風呂付客室が売り。宴会付の大口の客に体験させて、後に、しっぽり感覚の個人客としてもリピートさせる。海も、夕陽も、テラスに置かれた小さな露天風呂から見させる。海も、夕陽も、立派な“商品”なのだ。



 海岸から少し入ったところに、日帰り温泉の施設がある。僕が使うとすれば、ここだ。実際、過去に何回か利用したことがある。こういうところは、お湯とタオルと寝転べる畳があればそれでいい。温まりの“効能”が味わえれば僕の場合はOKで、一人旅には、しっぽり露天風呂も、お金を出して眺める海も、夕陽も、要らない。

 今日は、なるべく、遠くに行きたいので、日帰り温泉もやり過ごして車を走らせる。国道345号線は、ここからが一番楽しめるロケーションなのだ。



 Char「All Around Me」

 FMラジオのある番組で「渋谷のチャートで○週間連続1位・・・」と曲紹介されて聴いたのが初めてだった。“渋谷のチャート”がいったい、何を指すのか今だに不明だけれど、1回聴いただけで収録アルバムを買うぐらいのインパクトがあったのは確かだ。

 阿久悠作詞の曲をドリフの番組で歌っていたのは、もうとっくの昔のことだけれど、ギター弾きのCharをずっと聴くことはなかった。

 きっと、あの頃は、“第二の沢田研二”をイメージして売り込まれていたのだろうと思う。


 “渋谷”ではなくて、新潟の明け方の田舎道にもこの曲はよく似合った。もっと厳密に言うと、徹夜明けの朝に本当に良く似合った。このアルバムが発売された1991年は、僕にとって、“そういう朝”を何度も迎えていた頃だ。

 平日は、朝早くから夜遅くまでよく働き、休日も働いて眠りにつく時間は遅かった。


 仕事を終えて、夕方、意味も無く、一人で繁華街に出かける。

 一人で銀色の網に肉を置き、一人でビールジョッキをお代わりし、一人で馴染みのバーのカウンターに座って軽い酒から始めてだんだん強い酒を飲んでいき、ウイスキーのショットグラスを何杯か空けたところで一人でタクシーに乗って帰って、少ししか眠ってないのに夜が明ける頃に起きて、一人で車に乗り込んで、朝もやか、霧かわからないような空気を切り裂くように走って、遠く雲を赤く滲ませる朝陽を確かめる。

 そんな無意味な行動の中に意味を見つけようとしていたその頃にこの曲を何度も繰り返し聴いた。

 英詞にもかかわらず、僕には珍しく歌詞を覚えて歌った。

 

 こうして快晴の日中に聴く「All Around Me」は、どこか“足りなく”、なのに、“満たされる”感じがする。



 さっきまで、気配すらなかった青い海が、左目に飛び込んでくるまで、あとわずかだ。



♪「All Around Me」/ Char

https://www.youtube.com/watch?v=oeNfmEEG-aU


現在地:新潟県村上市瀬波温泉付近 走行中

https://www.google.co.jp/maps/@38.2109472,139.4374169,14.5z?hl=ja&authuser=0

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