33

夜中に何度も目を覚ましながら、起きたのは九時を回った時刻だった。別れの朝が来た。


桜井さんは放浪かどうかはわからないが移動しつつの生活へ。俺は遺品整理という始まったばかりの旅に再び取りかからなくてはならない。


「基本的には空間移動ですぐに来れるはずだから、何かあればまた集合して戦おう。気がねなんかいらんぞ」


桜井さんはそう言ってくれる。


「本当に今までありがとうございました。桜井さんがいなかったら間違いなく不幸な結果になっていました」


「そういうのはいい……ではマリも元気でな」


「もう少し一緒に行動したかったです」とマリ。それは率直な気持ちなのだろう。


「じゃ桜井さん、お元気で」


俺は別れを述べると廃屋を出て、足元の地面を確かめるようにして歩き、そこで今まで見てきた景色に目をやる。


空と林と土の地面。マリが移動サークルを地に描き、漆黒の闇の口がひらく。その先は日常だ。日常が待ち受けているはずだ。それはそれで覚悟のいる人生が待っている。俺は闇に足を踏み入れていった。


移動先は庭の中で、俺が現れると庭の木に止まっていた小鳥たちが一斉に飛び立ち、一瞬だけ騒がしくなるとすぐに静寂が訪れる。


──さて何から始めるか。でも何もしたくないな……


そうぽやっとしている時だった。頭の上から声がした。


「おかえりなさい」


妖精型アンドロイドのサユミである。ボールドの諜報員。ツインテールの金髪がゆれ、笑みのないクールな表情で見つめてくる。俺は驚きはしないものの、どこかがっくりきた。非日常がまだつづいていたからだ。


「……少し休ませてくれないか。神経がまいってるんで」


「疲れてるね」


「そりゃそうだ」


俺は玄関に向かい、鍵をあけて家の中に入り、洗面所で手を洗ったあと居間に来るとソファーに体を横たえた。サユミは俺について来ていまはテーブルの上の逆さにしたマグカップに腰かけてる。


一応はそっとしておいてくれるわけだ。俺は目を閉じ、気分が回復するのを待った。ブルーというかダークというか、どうにも気分が優れない。


俺はなぜかK町の海辺で桜井さんと缶コーヒーを飲んだ時のことを思い出していた。そこの自販機はしゃべるタイプだったので購入した際に俺たちは「お仕事お疲れさまです!」と元気なねぎらいの音声を受けることとなり、何か気まずい空気が流れたのを覚えてる。

桜井さんも俺も自由人という立場であり、その音声を受けるにふさわしい人間ではない。どこか心理的爆弾と言ってもいい突き刺す物言いである。いやこれは被害妄想じみた感覚だけれども。


そのあと海を眺めながら俺たちは缶コーヒーを飲んだ。会話の内容とかは覚えていない。海と海風と空と水平線。それらが俺を満たしていたし、それらが俺に孤独感を与えていた。その時も、今でも、そういったものは現実逃避でしかない。


俺は誰で、何をしなければならないのか──とりあえずやるべきなのは遺品整理だ。俺は……誰だっけ。遠くからサユミの声がした。


「ハルオ」


──何?


「休んだ?」


「休み中」


「お知らせがあって来たのよ。あたしあなたの監視担当に任命されたの」


「俺としては拒否する。場所がわかってるならそれでいいだろ」


「あなたに拒否権はないわよ。議会が決めたこと。……でも妙なのよね、ルナイシエンサがわざわざ個人的見解を議場で提示したのよ。監視には反対だと」


「ルナちゃんは最高権力者じゃないの? 最高権力者の言うことを聞きなよ」


「会った時に何かあったの?」


「機密事項なんで言えない」


「個人的な何かがあった、と解釈していいのね?」


「……なんだ? 何なの? その問い詰めるような言い方は」


「いや問い詰めてますから」


「好きに解釈するがいいさ。……とにかく疲れてるんでもう帰った」


「こんなかわいい客なのに」


「サユがかわいいのは認めるが……監視担当に優しくするほどお人好しじゃないよ」


「認めた!」


「容姿をほめただけだろ。中身はまだ疑ってるぞ」


「疑うってなに? 失礼ね! ともかくお知らせしたからね。定期的に来るからそのつもりでね」


「迷惑だ」


「だったらそのブレスレットを外しなさい。ボールドの国家資産なんだから」


そうか……俺は国家資産が選んだ人間だった。思い出した。選ばれしクズ人間だった。


「外さないよ。相棒なんだから」


「だったら身に振りかかるすべてのことを受け入れなさい」


「なんでAIに命令されなきゃならんのだ。君らは補佐の役割のはずだろ」


「それは差別」


「役割の話をしてる。はい、もう今日はおしまい」


「これから何するの?」


「遺品整理のつづき」


「ふーん、ご苦労なことね。じゃね」そう言うと彼女は縦向きの移動サークルを宙に張り、その中に消えていった。


とりあえず何か飲むことにして俺は冷蔵庫に行きレモンティーのペットボトルを持ってきてそれをグラスに注ぐ。

すべてを受け入れろ……か。言うはやすしだ。受け入れるか!


頭にくるぜ。でもレモンティーを飲み干すころにはもう苛立ちも消えていた。俺には夢がある。夢ができた。地球の意志なるものがあるのだとしたら、理屈で言えば対話も可能なはずだ。


どでかい惑星という名の生命体と一個の人間という生命体は、何らかの共通認識があるものだろう。どうにかすれば話し合えるはずだし話し合うことはたくさんあるはずた。


その未来を俺は見据えて生きていこうと思う。なぜって? そりゃあ君、サブカルLOVEのLOVEの根源は地球の側に寄り添うことに他ならないからだよ。それまでは修行だ。修行の日々。結局のところ、逃げようとしてどうあがこうと生きることは戦いなんだ。

俺は整理の途中で放ったらかしになっている二階に向かった。


二階は倉庫として使われていたために物が多い。衣服、家電、CD/DVD、雑誌、書籍、辞典、寝具類と雑多な物で溢れている。


ときめくかそうでないかではなく売却できるかそうでないかが整理の基本だ。俺が使える物なら俺が貰うし。


そんな風に簡単に思っていたのだが実際には悩まされる。いっそのこと全部処分すれば楽なのかもしれない。


俺は悩まされつつも二時間くらい整理に集中した。マリにもうお昼ですよと言われて我に返るほど俺は作業に没頭していた。


腹は減ってなかった。気分的にもまだ優れない状態がつづいている。ネガティブと言っていい心理状況は原因がよくわからない。


戦闘の反動なのか? 単に精神疲労から回復していないだけか?



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