29

移動サークルを抜けるとホテルのロビーのような天井が高くひらけた空間に俺たちは出てきた。


足元のサークルが小さくなっていき閉じる。ここは地下世界。地下世界の国家ボールドの中枢だ。ここは宮殿のような位置付けの建物なのがわかる一方できらびやかさが一切ない近代建築の様相を呈している。


「ハルオさんとマリには休憩が必要だと思うのですが。まずはお休みになられては?」


到着するとルナイシエンサがそう言うので俺は素直に「そうですね」と返す。


俺はくたくただったのだ。仮眠をとるべきだと自分でも思う。いや体は元気だしエネルギーもあり、痛みもかなりのところ薄れてきているのだがどうにも頭がぼんやりしていた。


「……イヴォンは私に話すことがあるのでしょう。彼らが休んでいる間、話を伺います」


「わかりました」と殊勝な桜井さん。


総帥は彼女に対しても居丈高だったのに……ここの軍部と政府は力が拮抗しているのか。侍従の人だろう黒スーツ姿の中年女性が現れ案内を受け、俺は来客用の個室に向かい右のエレベーターに乗り、桜井さんはルナイシエンサと共に左のエレベーターに乗る。


俺としては今はもう自分の回復に集中することにし、桜井さんのことは頭から払いのけた。俺は神経がくたびれ果てていた。案内された二階の部屋に入るとベッドに横たわり俺は眠った。


仮眠のつもりだったが起きたのは二時間後で、まだぼんやりしているので寝たまま覚醒するのを待つ。不思議なのでマリに尋ねる。


「なあマリ。体はぴんぴんしてるのになんでこうも疲れてるのかな?」


「私もハルオもまだ未熟ということです。メンタルが戦いに不慣れでバランスを崩してる。生体エネルギーは精神と肉体の両方の動力源になってますが、精神の方は初めて味わう消耗にうまく対応できていないのです。過度に削られている情況と言えばわかりやすいでしょうか」


「過敏反応?」


「はい。一方で体力的には大した消耗は感じていない」


「そこが不思議だ」


「そこはやはり選ばれし者なんですよ」


「それはいいことなのかね」


「いいことになるようにしていきましょう」


「簡単に言うね」


「前向きにいきましょう。……一応言っておきますけどここ危険な感じがしますから用心を。長居はしたくないです」


「そうなの?」


それはまったく気づかなかった。身を起こしてちょっと考えてみる。すべてが終わったわけじゃない。万一の事態になったとして今はファントムには頼れない。彼はぼろぼろで回復には時間が掛かるはず。


「ファントムの回復にはどれくらい掛かるかな」


「動けるようになるのは明日です。戦えるレベルだと二日は要ります」


やはりそうか。俺は辺りを見渡しベッド脇のチェストの上に呼び出しボタンらしき物体があるのを見つけた。


──さて、ルナイシエンサと相まみえるか。


俺は呼び出しボタンを押し、侍従の人を呼んだ。


エレベーターで地下へと降り、長い廊下を通り抜ける。地下世界のさらに地下である。


案内された先は白壁と白天井で構成されたドーム状の空間になっており、待ち受けていたルナイシエンサとふたりきりになると(マリがいるので三人ではある)、彼女がここは宮殿の中でも聖域なので最もセキュリティが高いのだとこの部屋についての説明をしてくれた。


確かに厳かな雰囲気があり、同時に謎めいてもいる。出入り口とは別の扉が奥にあって、その扉は何となく気になる存在感を放っていた。


室内にはひと組の机と椅子……これは木製でひどくシンプルな造りだ……そして壁際にアールヌーヴォー調の細かな曲線で彩られる装飾が施された椅子がひとつ。普段は置かれていないものだろう。


「そちらの椅子をお使い下さい。この部屋は私の仕事場です。本来なら応接間を使うところですが、私があまりそこを信用していないので」


彼女はそう言って机につき、

「では伺いましょう。あなたの質問を」と俺を正面から見据える。


「まず……、爬虫類型人類という存在がよくわからないのです。彼らは何者なんでしょうか。マリに訊いても答えないんですよ」


ルナイシエンサは目を伏せた。口にしたくはない、という感情がありありの態度である。基本的には何でも話す桜井さんですら無言を貫いた問いだ。俺は気長に待つつもりでいたがほどなく彼女は語り始めた。


「……始まりはこの星にスクリットフェネルという異星の種族……地球外知的生命体が舞い降りてきたことにあります。……彼らは先住民の排除のために在来の生物をかけ合わせた兵士を造りました。それがコプティノスの祖先です」


「先住民と爬虫類のハイブリッド的なものですか?」


「そうなりますね」


「べつに隠すほどのことではない感じですが」


「一般的には裏の歴史として扱っていますからそれに合わせているのでは」


「なぜ裏にしてあるんです?」


「異星人にとってはそれだけでは戦力が足りなかったのです。そこでさらに強力な戦闘種を求めた……それが、現在の我々が呼ぶところの新人類……あなた方の祖先となります。

しかし異星人はその遺伝子操作や改良の過程でミスを犯し、予定外に好戦的な種族を生み出してしまった。我々の祖先としても、大元は同族ですから戦いにくさがあった……そこのところに地下へ向かった、向かわざるを得なかった事情があります。今ならもっとドライな対応がとれるのですが古代ではそうではなかったということです」


なるほど。それなら確かに言いにくい。人間に対する配慮というのがプログラムにあるからな。


「あなた方の祖先は決戦を避けたのですね……」


「避けたというのは今の時代の基準からは屈辱の歴史となります。ゆえにそこは全体としてタブーにするのが適切となる……そういう意味合いで裏の歴史にしているのです」


そうか……今の話がほんとのことだとすれば真の地球人類は地下世界の人類ということになる。


「俺たちとコプティノスはどちらも異星人による人造人間……人工生物である……と」


「そうなりますね。一応述べておくと、発端がそうだと言うだけで文明はあなた方独自の文明を築いてこられた……そこにレイシズムのようなものはこちらにはありません。同列で捉えています」


そのまま受けとるわけにもいくまい。


「それに、我々の祖先とて元は火星の住民だったかもしれません。となれば移住の際にその時の先住民と何かあってもおかしくはない」


「まあそうですね」


「そういう話です」


「異星人たちはどうなったんですか?」


支配しなかったの?


「文献によれば他の星に移動していったと。理由はわかっていません。適応しずらかった、或いは自分たちに合わせたフォーミングにコストが掛かりすぎる、とかいろいろ想像はできますが。……あとの質問は?」


「こちらの世界がふたつに別れた理由と、アニエスが俺のことを知ってたようなんですがこれについて何かご存じなら」


「アニエスが? ああ、それはこちらの政府の情報が漏れていたということでしょう……腹立たしいですが。シュナイザー博士の残していた記録媒体にあなたの周波数が記載されていたのです。でも政府としては最近まで極秘扱いにして軍には知らせていませんでした。理由が判然としませんから様子を見る方針でいたのです」


「博士が? なんでまた」


「詳しいことは博士にしかわかりません。たぶんマリ、デリリウム、ZD9と合わせて……そこにあなたが加わって初めて真価を発揮するシステムに組んだのでしょう。結果から見ての推測ですけど」


ああ……その推測は納得せざるを得んな。


「地下世界の分裂は部族間の紛争から始まる領土問題が発端です。係争地が荒くれ者の行き先、集合地であったためにずっと報復の連鎖がつづいていて、それが拡大の局面を迎えた時に国として分裂するより他なかった。地下世界にも血塗られた時代があったのです。でもそこはもう乗り越えた歴史です」


グレン大将の口ぶりだと乗り越えたって感じじゃないな、と内心思っても、それは口には出さず俺は流した。


「……あと生体エネルギーというものがよくわからないのですよ」


「それは戻ってからイヴォンに訊けば済むことです。それについての話を先ほどまでしていたところです」


「そうなんですか」


「ハルオさん、本当にこんな報償でいいんですか?」


以前の俺なら換金可能なものを望み、平気で口にしていたはずだ。しかし今はそうじゃない。俺が望んでいるのは文明のリセットのようなものだ。他に興味があることがなかった。それなしには人生が始まらないような気がしているし、たぶん──



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