24

ゴン!という大きな音が鳴り、

「がぁっ!」とベリルの叫び声が響いた。


俺には時が止まったように見えた。ファントムは顔を正面に向けたまま、体をねじり、回転させた右エルボーを背後にいたサイオン、そのドラゴンの顔に叩き込んでいた。初の直撃、しかも頭部。まるで相手の動きが完全に予測できていたような、渾身の一撃であった。


形勢逆転となるかと俺は思ったがファントムは動かない。蓄積されたダメージからだろう。サイオンはふらふらとしつつも足を踏ん張り、倒れるのをこらえる。


体を震わせながらも体勢を立て直し戦闘態勢をとる。が、一度崩れかかる。再度立て直す。ベリルは怒りに満ちた表情で顔の右側を手で押さえている。


余力という点ではベリル側に優位がある。ファントムにはもうラッシュに持ち込めるだけの力はなかった。あの右エルボーにすべてを賭けていたのだ。そのことがいまわかる。マリから俺に伝わるファントムのパワーボルテージは著しく下がっている。


あと一撃。だと思う。……それらが推し量れるように動力源たる俺も変わってきている。ならばもう少し俺たちは進歩できるはず。


俺は意識を彼──ファントムの右腕に集中させた。効果の有無など考えずただそれだけに集中する。


サイオンが動いた。ドゴン!とひときわ大きな音が響く。右と右、両者のストレートが撃たれ双方に直撃する。相撃ちだった。


だがサイオンは回避の動作をわずかにとっておりファントムはそれを追うようにねじり込んで拳をあてている。彼は防御を捨て顔面で相手の拳を受けることを前提にありったけのパワーを叩き込んでいた。結果、頭部の半分が消し飛んでいた。


一方、サイオンの頭部は全体が潰れ形を成していない。後ろにゆっくりと倒れ込むサイオン。同時にベリルも荒野に崩れ落ちた。横向きに倒れたあと仰向けになりピクリとも動かない。


……終わったのか?


俺の顔の左側がずきずきと痛む。俺が立っているということは俺たちの勝ちか?


ナイトは動物というわけではない、頭部なしでも……それに敵ナイト、サイオンの姿は消えていないのだ。つまりベリルもまた失神してはいない。


大の字になっていたベリルがわずかに腕を上げ、地面に下ろし、身を起こそうとする。が、うまくいかない。ショック症状で体が部分的に麻痺しているようである。


ファントムは戦闘態勢を保ったまま、地に横たわるサイオンの体を注視している。やがてベリルが半身を起こし、荒い息づかいのなか、俺たちに声をかけた。


「……ハァ……ハァ……、勝ったからって……いい気になるな、、次は総帥が、お前らの相手だ……」


サイオンの白い体の色がうすくなっていく。荒野の赤茶色の大地が透けて見えてくる。そしてこの世から消滅するようにして儚げに姿を消した。ベリルが仰向けになり、赤いラインに輝くサークルが彼を囲み、黒々とした闇の中に取り込んでゆく。


……終わったのだ。


桜井さんが離れた距離からこちらに歩いてきて言った。


「総帥はデイビッド・ミューラーというんだが……四年前にナイト使いとしての現役を退いたはずだ」


マリが引き継いだ。

「はい。総帥に着任する折りに引退を宣言しています。ですが私の資料によれば訓練はつづけています」


「ベリルより上っぽいですね」と俺。


「引退するまではミューラーがトップ……最強のナイト使いだった」


マリはファントムを消さずにいた。俺は局面を打開したエルボーについて触れてみる。


「あそこでよくエルボー出せたね。あれがなければ……」


「こちらの弱点はグラップリングですから、仕留めに来る時は必ず背後からチョークスリーパーを仕掛けに来ると確信してました。ロジェントファントムより、先にハルオが終わりますから」


「ああ、そうか……」

なるほど、確かに。


ファントムがふらっとよろめき、こらえる──が、次の瞬間彼は崩折れるようにして地面に両のヒザをつき、そのままばたっと倒れ込みごろん、と仰向けになった。それきり動かなくなる。


慌てて俺は駆け寄って彼のそばに来ると、そこで驚きを隠せなかった。俺は「おわ、」と声を漏らしていた。


近くに来ると彼の全身はぼろぼろだった。あちこちが欠け、ほぼ銀色の全身に渡ってヒビが入っていて……とくに頭部の損傷は酷い。半分がちぎれているが残った部分も亀裂が入っている……


俺自身は痛みや疲労はあるもののぴんぴんしているのに彼は満身創痍どころかもはや……

もはや見た目の印象からは死を迎える寸前のようである……俺は言葉を失った。


後ろからやって来た桜井さんが声をひそめて述べる。


「だめだな……、ダメージが重いな……復元にどれくらいかかる?」


「それだけに集中して四八時間はかかります」とマリ。


「長いな。どうする?」


「戦力を失うのは危険すぎます。選択肢はひとつしか……、でも……」


マリが言葉をつまらせ押し黙った。俺が桜井さんに尋ねる。


「何です? 何か方法があるんですか?」


「……一応は、ファントムとリラクシンには“融合”の設定が用意してある。どちらも人工物だから物理的には問題ない。同時に修復も部分的にはできるはずだ」


「それで直るなら……強くなりそうな気もしますけど」


「うまくいけばパワー増強は果たせる。しかし融合にあたり二つのナイトを制御するにはマリだけだと容量オーバーなんだ。動力源になっている人間の脳を演算処理装置として利用し、それで初めて可能になる」


──俺の脳か。


「理論上は可能でも試したことはない。大きなリスクがある。うまくいくかもわからんし、後遺症の懸念もある……融合したあとはマリが制御することになるが、その時君は脳が燃え尽きた人間になっているかもしれない。……いまのバランスが保たれるのかもわからん」


俺は即答した。

「目の前に戦いがあることがわかってます。リスクをとるしかありません」


桜井さんに返事はなく、少し間を開けてからマリに声をかけた。


「マリ、うまくいく自信はあるか?」


「……休憩が要ります……、すみません、機械なのに」


「スリープにしろ。発見は幾らかされにくく……いや、それはもう関係なかったか……ともかく危機探知は俺に任せて休め。そのあと考えよう」


「はい」


マリの対応は早かった。荒野に横たわるファントムが姿を消し、俺のなかのマリに通じる感覚が薄くなっていき、そして存在が失せた。とはいえ何が変わるというものでもない。彼女のベース電源が俺であることに変わりはない。




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