25
「ようやくセッティングが終わった」
夕方の空を見るために外へ出ていた俺が屋内に戻ると、桜井さんがそう声をかけてきた。
居間の低いテーブルにつくと桜井さんは新たなG-SHOCKを俺に見せてくれる。メタルボディの丸型である。
「フィールド発生装置を強化して組み込んだんだ。ナイトはまだ出ないがな。……で、前のは君がはめる」
そう言っていままで自分が使っていた樹脂ボディの丸型G-SHOCKを俺に渡す。受け取ると見た目よりもずっしりと重い。
「融合が済んだら返してくれ。次のナイト製作に必要になるから」
「コピーってわけにはいかないんですね」
新しい方に複製できそうなものだけど。
「研究所レベルの施設じゃないと無理。忘れてると思うんだがそれ軍事機密の塊だからね」
俺はその軍事機密を右の手首にはめつつ尋ねる。
「融合がうまくいく確率はどれくらいですか」
「ええ……? マリ次第なんで何とも。現時点での進歩の具合とか測りようがないし」
「融合ということは混ざる感じなんですか?」
「それはやってみないとわからん。俺の見積もりだとリラクシンがベースになり、部分的にファントムになるんじゃないかと予想しとる。特に顔とかは。融合作業を制御するのはマリだから」
巨大ロボ風の体に頭がファントムか……。ぱっとしねえな。
「もう違う名前にしないとしっくりこないんじゃないですか」
「ん? じゃあグレートリラクシンとか?」
「どこからグレートが来てるんです? グレートギャッツビー?」
「いや」
「グレートムタ?」
「いや」
「キン肉マングレート?」
「いや。……懐かしいな」
「なんでしょう?」
「グレートマジンガー」
「あーそうか。グレートマジンガーはなかなか出てこないですよねー。さすがですね」
突然にマリの声がした。
「休憩終わりました」
俺の中で彼女の存在感が立ち上がる。瞬時に事を済ませるスムーズさがちょっと俺には怖く感じさせもする。
「お。どうだ、融合の作業やれるか?」と桜井さん。
「はい。でもどうなるかは予測不能です」
「お前のタイミングでいい。作業を始めてくれ」
「わかりました」
融合にあたっては俺の脳みそを利用すると聞かされていたので何かあるのかと警戒していたのだがとくに変わったことはない。一応は糖分補給をたっぷりととってはいる。意味があるのかはわからないけれども。
願わくば作業が滞りなく済み、その間に敵の来襲がありませんように。新たなナイトは言わばマリのCPUと俺の脳みその合作というわけだ。
どうなるか。見た目もたっとしたハイパワーなやつが出来そうではある。そうなったらそうなったで受け入れるしかない。
結局のところ中断をはさんで作業が終わったのはニニ時を回ってからだった。五時間近くかかって「コンプリートです。……少し休憩します」とマリが俺たちに伝え、そして沈黙する。
俺に、俺自身が感じる異変は何もない。脳の中のことなのでわかるはずもないのかも。頭痛やめまいくらいは覚悟していたのだが。
そんな俺を見て桜井さんが言う。
「たぶん最小限の利用に抑えたんだろうな……修復をメインにした作業で改造レベルにはしなかったと見える。うまくやったと捉えていいのか、そうではないのか」
マリが小声で漏らす。
「申し訳ないのですけどリラクシンは構造が古いんですよ。苦労したのはそこです」
「しょうがないだろ、お前は最新型なんだから」
「同世代でないと真の融合は難しいのではないでしょうか」
「それを言われるとつらいな。でも強さは別問題だからな」
「効率が根本的に違うので」
「つらいことばっか言うなお前は」
「……そろそろ召喚してもいいように思います」
「お前のタイミングでいい」
「では」
すっ、と忽然と現れたその姿は、俺と桜井さんを当惑させた。なぜなら殆ど以前のファントムと変わりがなかったから。
銀色のボディ。全体的にしなやかさを感じさせる肢体。違うのは体格のサイズだ。ひとまわり大きくなった感じである。形容すれば以前よりマッシブに変わった。しかし元がスマートな体格なので、ノーマルな印象しか与えない。
「リラクシン、消えちまったじゃないか……」
「いえ、内部と外部の両方で修復にリラクシンのデータは活用されています。ただデリリウムとの相性を考慮されておりませんので結果的にファントムが吸収する形になりました」
「心情的には口惜しいな、、」
「すみません。あ、ハルオ、時計外してもいいですよ」
気になったので訊いてみる。
「解釈としてはリラクシンのデータが君に移植された、みたいな感じ?」
「その解釈でいいです」
俺はG-SHOCKを外して桜井さんに返却した。彼の表情は暗い。俺は言葉のかけようがなかった。
ともかくファントムの復活はありがたく、俺はほっとした。
俺自身の危機探知センサーも作動することなく嫌な予感めいたものもいまのところない。世界は静まり返っていて、ずっとこのままこれを維持してほしいものだ。
……不思議なのは今朝まであった〈戦いへの渇望〉のような感情がまったくないことである。どうしたんだ俺? というか今朝の俺がおかしかったのか?
……これは、思うに……たぶん戦いのあと、ぼろぼろになったファントムの姿を目にしたからだ。あれは衝撃だった。あけすけに言ってしまえば俺の代わりに彼は傷つき、あのような廃棄物寸前の無惨な姿になったのだ。そして何より、その状態で持ちこたえたという事実が俺の中の何かを打った。奇妙なまでに俺は平穏な精神状態にあった。
寝る準備をしようかという二三時半頃、ノックの音がした。俺が玄関まで行きどなたですかと声をかけると「クリプトから参りました。アニエスの使いの者です」との返事。どうぞ、開いてますと俺は返した。
引き戸を開いて「夜分遅くにすみません」とそう詫びたのはパウラだった。クリプトの女アンドロイドの。
……が様子が違って見える。顔も髪型も声も同じだが何かが違う。わずかに漂う高圧的な感じがなく地味なたたずまいである。
「あれ? パウラさん?」
「いえ、コルネットと申します。アニエスの秘書をしております」
──そうか。複数体ある内の一体ということか。見分けがつかない。
後ろから「奥へどうぞ」と桜井さんの声が響く。
紺色のスーツにフリル襟の白シャツというオーソドックスな服装のコルネットさんは、背丈も丸顔に金髪ショートという容姿もまるきりパウラさんと同じなので変な感じである。夢を見ているようだ。
彼女が低いテーブルにつくと桜井さんが言った。
「ご用件は」
「アニエスがあなた方と直接お話をすることを決めたのでお手伝いに参った次第です。まず私が亜空間を作り、その中で三次元映像にてこちらと交信したいと考えております」
「俺の結界が信用できんと」
「失礼ですが型が古いんですよ。セキュリティの面で脆弱なのは否めません」
「……気分わるいな」
「事実ですので。どうでしょう。そちらが拒否するのでしたら話し合いは致しませんが」
マリが言った。
「わかりました。わざわざ二回も使いを送ってくるわけですから、何かあるんでしょう、大事なことが」
「嬉しく思います、マリさん。来たかいがありました。それでは」
彼女は腕時計を操作し、クリプト製の亜空間を作り出した。
それはあまりにスムーズな切り替えで、体が感じる動きがないままに、文字通り目を瞬きする瞬間に周囲の何もかもを別世界に変えた。
欧州の田舎レストランの中庭、といったところだろうか。四方を壁に囲まれているので壁の向こうは見えない。
目の前にあるテラス席は石畳の床になっていて、洒落た黒色のテーブルと椅子が置かれてある。芝生の緑が濃く匂ってきそうな生々しさがあった。
桜井さんが近くのテーブル席につき、俺はその席とはふたつ空けて離れた席についた。すぐ動けるようテーブルとの間隔をとって。テーブルも椅子も完璧に実体化ができているところは不思議だ。イリュージョンではない。
コルネットさんは椅子に座らず、俺の対面の席の左てに立っている。コルネットさんの奥が店舗。右側に芝生が広がり白壁がある。
芝生の匂い、土の匂いがそよぐ風に運ばれてくる。視界全体の光線が心地よい明るさであり、胸のすく思いがする。正直に言えばこれまでの亜空間は無機質な景色だった。それとはまるで異なる質感である。
コルネットさんが椅子を脇へ移動させスペースを作り、腕時計を操作する。人型の像がそのスペースに立ち現れて像にノイズが走る。すぐに安定すると若い女──コルネットさんよりも少し若く見え二五くらいに見える。アンドロイドの見た目年齢は中身とは無関係なのだろうが意外だ──の見事な三次元映像が目の前に出現した。
とはいえ“立体的に見せている像”なのは明らかで妙な安心感を見る者に与えている。
彼女のまとうキラキラと光沢を放つ銀と黒のファーコートはダチョウのようにこんもりと膨らみゴージャスである。
ゆるくウェーブのかかったダークブラウンの長髪と合わせて美人モデルタイプの容姿を際立たせている。驚くのは控えめな色気も漂わせている点だ。これはヘアメイクの力なのか?
俺たちが呆然としているなか、アニエスの像から音声が発せられる。
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