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「ナイト使いが特殊能力というのはわかってましたけど想像を絶する世界なんですね」


「プラス、使いこなすには長期に渡る訓練を要する。そのコストは膨大だ」


「……その特殊能力を科学技術で再現し、人工的に生み出すシステムを桜井さんが完成させたんでしょう?」


「チームでの作業だ。生体エネルギーの実体転換が最初の肝でね。ここがクリアできればとりあえずナイトの形はできる。それだけじゃ兵器にならないから次の段階のパワー増幅やら物体としての安定化やらが大変なわけだ」


「ファントムには関わってるんですか?」


「雛型の段階にはな。俺がデザインに関わっていればレオパルドンみたいな外観になっていたはずだ」


「ああ四角四角で」


レオパルドンとは日本版スパイダーマンに登場する巨大ロボットである。本家マーベル編集部での逸話、原作者の反応にまつわる逸話が面白い。


「そうそう。初めて見た時は衝撃だった。工学的にはあり得ないデザインで、なのに不思議と胸を打つ。こうであらねばならん、という形なんだろうな」


「そうやって裏側の話を聞くとリラクシンやファントムの凄さを実感しますね」


「いや、しかし超人化のように軍とはやれん。あくまで一対一の格闘戦が基本の、小規模な戦闘力でしかない」


──? 超人化のように? 軍と?


「え?」とマリが言い。


「え?」と俺が声を発し。


「え?」と桜井さんが俺たちの反応を見てびっくりしている。


「あれ? マリ、超人化に関するデータ入っとらんのか?」


「ロックが掛かってまして……」


「前に言ったパスワードでは解除できん?」


「パスワードで解除するロックではないのです」


「ああ……経験値とかパワーの向上で開くやつか……なんでまた」


「たぶんシュナイザー博士の計らいなのだと。知るべきではないのだと私は解釈してます」


「機械のくせに変なそんたくするんだな」


桜井さんは少しばかり考える時間をとってから語り始めた。


「威力はボールド軍全体と正面からやれる規模だ。クリプトと組まれるとさすがにまずいが、それはないから充分に対処できる力が備わってる……充分というかそのための機能だからな……」


俺はすかさず疑問を述べた。


「あの……どこからその威力が?」


桜井さんはきょとんとしている。


「君だよ。君の生体エネルギーの量と質から。デリリウムと組み合わせて破壊力を生み出す設計になってる」


「ナイト無しで充分に戦えると?」


「そういう設計になってるからな……ナイトはべつに……ナイトで侵略はできんし防げもせん」


「信じられません……」


これが率直な気持ちだった。


「ただ……そのモードを使い、死にはしないにせよ、代償はある。生体エネルギーは使えば使ったぶん消耗するからその後の人生は保証できない……というか、下手すれば暗たんたるものになってしまうだろう。急激な大量消費は反動を伴うからな」


──! 反動があるのか……! 超人化モードを選んでなくてよかった……


「その威力のことをボールド政府は知ってるんでしょうか……」


「まだ知らんだろ。デリリウムを使ってることくらいは把握してても、いまはまだ漠然としか掴んでいないはずだ。……ボールドは地上侵攻計画を進めつつ、クリプトの脅威と君という謎の脅威を同時に相手にせねばならんきつい状況にあるとも言える」


「いまのスタンスでいいんでしょうか……こう、来る相手をはねのけるやり方というか……」


「目の前の敵はマリが相手をし、いざとなればDFモードで亀のように防御というのを君が選んだんだろ? いいもわるいもない」


このままいけ、という風に俺は感じ取った。俺はいまのやり方に満足していてこれでいいと思うしこれしかないとも思ってる。


臆病なスタンスを正当化するわけじゃない。俺自身が戦うことや戦う意志を示すことが今回の件全体にとって何かまずいような気がするのだ。誰かに根拠を問われてもまあそれは直感と気分と俺の基本的な性格から、としか言えない。


この日ベリルが去ってから動きはなかった。桜井さんが夕方に発つと言っていた移動計画はゼロスタートとなっていまは検討中だ。知っている土地の方が敵の襲撃に対処しやすいのは明らかで桜井さんは悩んでいた。


この際、迎撃に絞って態勢を整えた方が適切なのではないか。逃亡と潜伏で時間稼ぎはできてもこちらがそれで精神的に磨耗していくのは賢くない。じわじわと圧を掛けてくるボールドに対し俺たちがいま現在とれる最良の策は何か……彼はタバコをくわえひとりで考え込んでいる。


時刻は十一時半になっていた。なあマリと桜井さんが声をかけてくる。


「そっちに前の拠点の情報送るから見てくれ」


「そこはクリプトに見つかったんでしょう?」


「そうなんだが安全という意味ではベストなところでね。本当の山奥……岩場もあって身を隠す場所が豊富だった」


ややあってマリが感想を述べた。

「なるほど。これはクリプトの諜報力に感心しますね。この環境からどうやってあなたを見つけたんでしょうか」


「いまだにわからん」


スマホのバイブが鳴った。桜井さんが通話に出てしばらく相手と話したあと通話を切り、俺とマリに向かって言った。


「俺の友人が明日、ここに来るそうだ。居場所の情報を得たからそっちに行くと。さすがに早い」


「信用できる人なんですよね?」


「信用か……。こっちに来て最初に住んだのは都市部だったんだ。木を隠すには森と考えて。でも都市部ってコプティノスだらけでね。あっけなく見つかってしまった。その時助けてくれたのがいま電話をかけてきたゼノン……日本名阿刀田隼人というコプティノスで、その後も世話になった恩人でもある」


「コプティノスは爬虫類型人類の呼び名です。こちらではたくさんの派閥があって利権闘争が常態化してます」とマリ解説が入る。


「ダブルスパイみたいなこともやってるから全部信用できるかと言えばノーだが優れた情報屋なのは間違いない。ボールド軍の情報を伝えに来るそうだ」


「ああそれは欲しいですね」


「あっちはあっちでごたごたしてるみたいだな。時間が経つにつれZD9の内実が徐々にわかってきて、向こうは対応策がまとまらない状況にあるようだ」


「それは……よいニュースなんでしょうか」


「わからん」


桜井さんに対して俺が言うことは何もなかった。味方でありマリよりもずっとボールドの事情に通じている存在で対応はお任せするしかない。マリもまた時おり反発しつつも基本的には桜井さんを頼りにしている。


俺は昨日よりはずっとよい精神状態で眠りについた。明日が生き延びるにずっといい日でありますように。



朝の八時にシュラフ(寝袋)の中で目を覚ましたとき、居間の奥、モニターとパソコン、その他の機材が置かれたスペースに桜井さんと昨夜聞いた阿刀田さんらしき人物の後ろ姿があった。


おはようございますと小さくマリが告げ、おはようさんと寝ぼけつつ答える俺。その声に、チノパンにグリーンのフライトジャケットという出で立ちの男は振り向いた。


桜井さんよりはずっと若い中年男……とはいえこれは仮の姿だ……は俺を見ておはようと言った。上半身を起こしておはようございますと答える俺はともかく腹が減っていてそのことで頭がいっぱいだった。


朝の仕度を終え、居間とは離れた台所寄りのスペースにてかるい食事をとり、コーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲んでいるところへ奥から桜井さんの声が響いてくる。

「おーいハルオくん来たまえ」と。


俺はすぐに居間へ行き、そこで阿刀田さんと自己紹介をしあい、ふたりの対話に加わった。阿刀田さんは丸顔で人懐っこい雰囲気を持っている人だ。


同時に侮れない狡猾さも俺には感じとることができる。この辺はマリが備える何らかの機能によるものだと思うのだが、たぶん人類のさまざまなデータから対象者が持つ、ある程度の傾向、性格やメンタリティがデータ解析によって掴めるのだろう。もちろん全面的に信用できる機能ではなく参考にはなる、くらいに思っていた方がいい。


三○分ほどボールド軍のいま現在に関する話を俺はふたりから聞くことができた。マリもこれまでのふたりの会話を把握しているので時おり彼女の解説も入る。


──話を要約すれば、いまボールドの政府と軍部ではZD9の扱いについて分裂状態にあるようで、それぞれの内部でも対立があるらしい。大きく言って取り込みを求める派とあくまで強制的な奪還を求める派とに分かれているのだと。


なぜそうなるのかの一因に情報を共有できていないことがある。かなりの機密を含んでいるのでそれぞれに自分の所属する派にとり都合のよい側面を切り取っての議論しかできていないのだ。ひらかれる会合はことごとく腹の探り合いに終始するようである。


……つまりこちらとしても今後の展開の予測はしにくい状況にある。はっきりしているのはこちら側の意志。マリがボールド全体を拒絶していることで俺たちの側に取り込まれる可能性など有り得ない。


話がひと区切りつくと桜井さんはタバコに火をつけて一服し始めた。


「お土産貰ったんで君からもお礼言っといて」


「あ、はい。ありがとうございます阿刀田さん」


「いや、それは別にいいんだけど、君、気にしないんだな」


「何をです?」


「俺がコプティノスってこと」


「特に気にはなりません」


「彼はこの件が済んだらふつうに戻る人間だよ。あまり深入りしない性分なのさ」と桜井さん。


それを受けて阿刀田さんは少しだけ悲しげな表情を見せた。


「言ってはなんだが、この件はとても簡単には済まないよ」


それはまあ、そうなんだろうね。


時刻は九時を回り、玄関を出た阿刀田さんは玄関前の地面に移動サークルを張った。彼はぽっかりと地面に空いたその黒い穴に身を投じて姿を消していく。


地上世界と地下世界を行き来する爬虫類型人類──正直なところ、直接にはあまり関わりたくはないというのが本音である。存在自体への興味や疑問はあっても。

どんな世の中にも表と裏があり、俺としては裏に自ら関わろうとは思わない。
















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