15

草はらから何事もなく桜井さんの棲み家である廃屋に帰り、食料品や飲み物の整理が終わってひと息ついていた時だった。ピーッと幾分長い警告音が部屋に響いた。


「第一警戒線に何か引っ掛かったな」と桜井さん。


机の薄型モニターをレーダー画面のようなモードに切り替えると「ドローンぽいな……」とつぶやき、各所に設置したと思われるカメラの映像に切り替えてチャンネルを幾つかチェックした。


侵入者の姿はない。「念のために確認しとくか」と桜井さんはそう言って指輪ケースに似たものを取り出すとフタを開いて中身を俺に見せてくれた。入っているのは全長五ミリないテントウムシ型ドローンである。


桜井さんは宙空に移動ホールを作るとそこからドローンを飛ばし、モニターを見入る。すぐに山の中腹を俯瞰した映像が流れる。


「赤外線反応はない……ドローンか。やはり大まかな位置は掴まれてるってことだな。ここも危ない」


「行き先は考えてあるんですか?」


「消滅集落自体はよそにもあるんだが海の近くだと少ないんだよね。ここはちょうどよかったのに」


──と、マリが早口で告げる。

「海の方角、攻撃反応があります。レーザーが使われてます」


桜井さんはキーボードを操作しドローンを海側へ移動させた。驚くほどの速さでモニター内の映像が移動し海へと到達する。


林の先の浜辺に十人だろうか人間が映っており、その構図からは四対六の争いが見てとれる──視点がさらに対象に近づくと細かな様相がわかった。


画面右に見覚えのある金髪ショートの女がいてこれは先日会ったパウラに違いない。クリプトのアンドロイド、パウラだ。

ということは対面の左側の連中はボールド。


つまりボールド対クリプトの四対六での争いなのだ。といってもボールド側の二名はナイトの使い手であり、クリプト側の護衛であろう五人は浜辺に倒れ込んでいるのでパウラ対ナイト二体の戦い──そう、パウラはパウラ自身が戦いに挑んでいる。

アンドロイド対ナイトである。


桜井さんが言った。

「実験にはいい機会だ。マリどうする?」


「あなたの意見は?」


「パウラに貸しを作っておくのもわるくない」


「彼女とは私たちも面識ありますから行きましょう」


「決まりだ。リラクシンが出たらハルオくんの生体エネルギーに直結してくれ」


移動サークルから出るとそこは砂浜を前にした壁だった。すぐ右横に階段があり、俺が視線を正面に向けたその時には巨大ロボ風ナイト、リラクシンが手前に位置していたボールド側の怪物ナイトに突進し、体ごと投げ出すような左フックを放ってゆく。

カラスのくちばしを左右に振り分けたような頭部とマッスルな体躯という外観の怪物ナイトは体を引いてそれをかわし、さらに後方に跳んで距離をとる。そこで奥にいた戦闘服姿の男がこちらに声をかけてきた。


「……ふたり揃ってか。そちらから出向いてくれるとは好都合だな、、カソーレス兄弟を……」


リラクシンはお構いなく距離を詰めパンチによるラッシュを始める。しかし力感はあるもののさほどの速度ではないので素早い動きの怪物ナイトに難なく回避されている印象だ。男ががなった。


「話を聞け!」


怒っているがマリに止める気はないようで、リラクシンはずんずんと間合いを詰めぶんぶんと豪腕フックを振るっている。それでもやがて動きが止まる。桜井さんが言った。


「どうだマリ」


「……難しい」とぽつり言うマリ。難しい?


そうか、と言ったあと桜井さんはがなった男に向いた。


「何の話だ? ハルオくんを殺しに来たんだろ?」


「それはそうだがカソーレス兄弟を……」


ドシィ! と、それは目に見えなかった。リラクシンは怪物ナイトの頭部を吹き飛ばしていた。右ストレート一閃、何もかもが後ろに弾け飛び肉片は宙空に消えてゆく。使い手である、手前にいた男は失神して砂浜にどおっと仰向けになる。


俺はあっけにとられていた。何が起こったんだ?


「あー、わるい。俺のソフトはマリほど優しくないんだわ」


桜井さんはたおやかにそう言うが、リラクシンは暴風のように動き、残りの一体の怪物ナイトに襲いかかっている。


頭部はオレンジ色をした鷲の顔を想起させるデザイン。上半身はパワーを求め筋肉を肥大化し、下半身はスピードを求めてシャープに、といったような造形でぱっと見でも異形であり、全身から殺意のこもったパワーが破裂しそうに満ちみちているので見た目おそろしい生き物ができあがっている。


しかしそのパワーはずっと押さえ込まれていた。押さえ込まれたままガードと回避行動に徹するしかない状況がつづく。


それでも俺の目にはよくやっているように見えた。崩れるのをこらえ、耐え忍び、踏ん張っているように。


コンビネーションブローでたたみかける打撃の雨に防戦一方の敵ナイトは全身全霊をかけた防御で明らかに消耗していっているのがわかる。回避動作が鈍い。


苦しさの中で懸命に耐える敵ナイトは一撃も返すことなくこれも顔面に直撃を受ける。ゴッ!と右豪腕フックの当たる音が響き、同時に桜井さんに声をかけていた男は前のめりに砂浜へと倒れ込む。


──“実験”とはそういう意味か。俺はようやく理解した。リラクシンの最初のラッシュはマリによる動作チェックのようなものだったのだ。マリはそこで操作が難しいと言い、そのあとはソフトによる攻撃である。確かに動き、体術の質はまるっきり違う。スムーズさが比較にならない。


印象としてスピードのファントム、パワーのリラクシンと思っていたのだが次元そのものが違った。あえて言えば生き物と機械の差である。


「動くのはわかってたんだが、ああも動けるとは予想してなかったな……本来の生体エネルギー駆動だとああも違うのか……」


開発者本人が驚いている。桜井さんにも想定外だったようだ。


マリはマリで別の葛藤がある。


「仕方ないですね、ソフトには熟成期間がありますから」


マリは自分を納得させるようにそう言った。


「ん? お前は生まれたばかり。ソフトには少なくとも三年の熟成期間がある。違和感をすぐ感じとっただけでも大したもんだよ」


マリはリラクシンの制御にあたり、自ら自分よりソフトを優先させた。これは彼女にとって敗北に近いものがあるのだろう。感情と言っては変だが俺に伝わってくる感覚は悔しさがにじんでいる。


パウラが歩み寄ってきて右手を腰にあて俺たちに言った。


「礼は言いませんけどよろしくて?」


「むろんだ。こっちとしては実験体を要していたのでね。……どっちに用事なんだろう」


「どちらにもです。情報を得たので探しに来たら彼らとかち合ってしまって。よければアジトでお話ができればよいのですが」


「夕方には発つつもりでいるんで、、マリいいかな?」


「おふたりの関係性が疑問です。そこを明らかにして貰いたいですね」


確かに。ふたりが知り合いなのは間違いない。パウラはクリプトの人員であって幾ら自由人とはいえ桜井さんが交流を持つことには疑問がある。過去にリクルート目的で接触があったのだろうか。


「一応、形だけビジネス提携してるのさ。前の棲み家でリクルートされてね。技術供与はしない約束でアドバイザー契約をその時結んだ。が、俺の方が拠点を移動するにあたって音信不通にしてたんだ。場所が洩れそうなんで」


「AIを嫌ってると思ってました」と俺。


「それじゃ研究できないだろ。制御に不可欠な部分なんだから。クリプトのAIはいまのところ人間との共存を保ってる……深入りはしないがそこは認めるというスタンスだね」


「自由人とはいえ何かに帰属していないと不安だ、といったような人類にありがちな特性からでは?」とマリ。


「……それがないとは言わん。なんだその言い草は?」


「矛盾を感じます」


「それが人間だ」


「もしその順応性を以前の世界で発揮していれば移民になることはなかったのでは?」


「歳をとれば人は変わる。丸くなる」


「歳をとると妥協するプログラムがなされてあると?」


「そんなことは言ってない。時間が経ち、環境が変われば生き方も変わる、変わっていくのは当然のことだ」


「ずいぶん都合がいいですね」


「都合いいさ。環境から学ぶことは多い。変化の原因を責任転嫁的に言えばまず環境の影響がありネットの影響も深くある。適応とその適応に対して批判の視点を持つことの両方が人間には要る。確かにこれは以前の俺には欠けていたものだ。適応に俺は価値を置いていなかった。ゆえにかつての俺は無用な軋轢を生み出し組織を乱していた。しかし過ぎたことだ。俺は過去を乗り越えてる。乗り越えていまの俺がある」


「パウラさんの方はこんなお調子者でよいのですか?」


「私はアニエスの命によって仕事してるだけ。でも私の意見を言えば彼はあまりに大きな仕事をしてきてるわ。マイナスを上回るプラスがあればそれでいいんじゃないかしら」


沈黙は十秒ほどつづいただろうか。


「わかりました。プラスの方を学ばさせていただきます。あなた方からね。──で、転がってるふたりはどうします?」


砂浜に倒れている戦闘服のナイト使いのことである。


「……人質ふたり確保してるからこいつらは要らん。放置してれば誰か迎えに来るだろ」


パウラがとがめるような口調で言った。


「殺しておかないと再襲撃が」


「いや殺しはよくない。例え向こうが殺しに来ていてもな」


するとマリが確信のこもったような強い声で同意した。「はい」


そこは同じ意見なのか。


護衛の黒服のひとりがよろよろと立ち上がり、パウラはその男に「ここからは私単独で動くからみんなは帰投しなさい」と声をかけ、さ、行きましょうと桜井さんを促す。


パウラの横顔は美しく、海原が照り返す朝の光のなかでそれよりも眩しく輝いていた。



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