14

巨大ロボ風の外観をしたナイトが消え、つづいてファントムも姿を消す。俺は辺りを見回し新たな敵の襲撃がないか警戒する。


何の前兆もなく突然に襲いかかってくることもあるのだ。

マリが言った。


「亜空間発生装置とトラップの組み合わせですか」


「ああ」


「用意周到ですね」


「もちろん。それにひらけた場所だと襲撃の確率が上がるから特に用心する……格闘戦をやろうとすればひらけた場所でないとナイトは使いにくいからな」


「町の中じゃ使いにくいんですか」と俺。


「さえぎるものがあると動きは鈍くなる。使い手の生体エネルギーと常時ひも付きじゃないと満足に動けないのがナイトの難点だ」


「さっきのは桜井さんのナイトですよね」


「いや」と言って彼は左腕のアナログG-SHOCKをかざしてつづける。


「正確にはこの時計に組み込んだナイト発生装置による人造ナイトだね。俺のエネルギーは大したことないからポータブルバッテリーで供給してる」


「じゃあそのG-SHOCKとバッテリーを持っていれば誰でも使えるんですか?」


「そうだ。ソフトと制御機能もセットにしてあるから格闘戦はできる。君が使う場合にはバッテリーは必要ないがね。マリ、ハルオくんの生体エネルギーをリラクシンに供給できるか?」


「……リラクシンとはあのナイトの名前だったんですね」


桜井さんは(え?)という顔をしていた。


「詳細なデータは入ってないのか? おかしいな」


「フォルダはあるのですがロックが掛かっていて」


「ああ……そういうことか、、XS71864731852FDZで打ってみ」


しばしの沈黙のあとマリが報告する。


「解除されました。……直通でいけますね。OS(オペレーションシステム)が共通のようです」


「お前が搭載してるナイト発生装置の開発責任者は俺だからな……当時ってことだが。OSも俺が作ったやつだ。ハルオくんに連結できるのなら活動時間についてはかなり安心できる。バッテリーだとフルパワーの戦闘なら一○分くらいが限界だから」


「……両方を俺に繋いだ場合、両方のナイトが受けるダメージの両方が来るわけですか」


「理論上はそうなる」


「う~ん、バッテリー駆動の方を優先してほしいです」


「そう嫌がるなよ。……ハルオくんどこか行きたいとこない?」


「あえて言えば海が見えるところに行きたいです」


「山より海派?」


そう言われると俺は海派かもしれない。そんなこと考えたこともなかった。


俺がはい、と答えると、じゃあ住宅地の路地裏だなと言って桜井さんは移動サークルを草はらに張り、すぐに踏み出して身を沈めてゆく。俺は少しだけこの場所を名残惜しく感じながら桜井さんにつづいていった。


二階建て住宅が殆どの住宅街の中にある路地裏に俺たちは出て、そこから海の見える位置を目指す。といっても十メートルもなかった。


角を左に折れると水平線が見える。道路向こうに何本かの電線を通して海が広がっている。さほど心を揺らすような青さはない。陽光を反射させる海原があるだけ。


しかしそれでよかった。潮の匂い、冷えた風、海を前にしているという事実。もうそれで充分である。そしてこうも思う。


いま命の危険が俺に迫っているがそういうのは小さなことだと。お前自分の命をいままで大事にしてきたのかと。のんべんだらりと生きてきただけじゃないかと。


桜井さんはずんずんと歩いていき、その様子からは目的地があるようだ。黙ってついてゆくと二分ほど歩いた先に駐車場が見えてきた。入り口付近に自販機がふたつ。二車線の道路を渡って歩道に入り桜井さんの歩みがつづく。


駐車場は幅二○メートル奥行き一○メートルくらいだろうか。駐車場の奥にある平屋の店舗は閑散とした雰囲気だが閉まっているのかたたんでいるのか不明だ。


仕切りがあるわけではないので桜井さんの歩みは止まることなく、駐車場に入っていきその端まで進んだところで止まった。


へりというか車止めというか端は小さな防波堤の形状を成しており桜井さんはそこに足を乗せてしゃがみ込み、キャッチャーの姿勢をとるとブルゾンからタバコの箱を取り出して彼は一服し始めた。


桜井さんは海の景色を味わっているようで、ならば俺も邪魔することなく海の景色を味わうことにする。たばこの煙が舞い、なぜだか懐かしさが込み上げてくる。どこかで目にした光景なのだが思い出せない。


空と海が視界いっぱいに広がるなかで俺の意識は過去へと拡散し、また現実を取り戻すようにして収縮し、また拡散し、どちらかと言うと混乱ぎみだ。


ふと尋ねてみる。


「桜井さん……、リラクシンという名前はどこから付けたんですか?」


「ん? ……話すと嘘っぽくなるんだが……あのボロ屋を拠点にするって決めた夜にな……何というか仏像だと思うんだけど仏像の形をした精霊が出たのよ。何か後ろが変だなと思って振り返ったらそこにいるわけよ。……でそいつは……そいつはってのも失礼か、その生命体は『リラクシン、リラクシン』って言ってて……なんですか?って訊いても返事はなく……そのまま消えたんだ。


……何かの暗号か、呪文か、単にアドバイス的なものなのか。わからんがともかく感覚的にはポジティブなムードだったんで記念の意味合いで名前に使うことにしたんだよ。それまでは番号で呼んでたから」


「へえ……」


「あのう……」と頭上で女の声がした。


突然の声でもどういうわけか俺に驚きはなく、まるで予期していたように俺はその声を迎え入れていた。


見るまでもなくボールドのアンドロイド公務員、サユミだ。前回とはまた違ったコスチューム姿の妖精型アンドロイドサユミが俺の顔の位置まで降りてくる。


金髪ツインテールは同じでも前回より衣服のフリルがおとなしめである。そして態度も前回とは一八○度異なり殊勝な感じが漂う。


「びっくりした」と言ってみる俺。


桜井さんも彼女のことは知っているようだ。


「ピンクの殺し屋じゃないか。殺しに来たのか?」


俺はてっきりカソーレス兄弟についての交渉にでも来たのかと思ったのだが用事は違った。


「いえ。……山の方の草っぱらに行ったら移動されたあとだったので、探しましたよ」


警報も鳴らず、マリの警告もなかったのはそういうことか。空間移動の場所が遠いと探知できないのだ。


「イヴォン博士」


「いまは博士じゃないよ。自由人だ」


「理事長が会いたいと所望しておりますがどうでしょうか」


「俺は会いたくはない。用は?」


「協会に参加していただきたいのです。味方の人類はひとりでもほしいですし、博士なら尚更です。これは協会の総意です」


「俺は狙われてる身。まずいだろ」


「協会は言わば自治区ですから、政府から関係の解消や仮に引き渡しを要求されるような状況になったとしても拒否できます」


「軍から迫られたら?」


「それは……、ですからそうならないように」


「アレクセイが処刑された事実を忘れちゃいけないな。君らと組めるのならそもそも国を出る必要はない」


サユミは残念そうな表情を浮かべている。


「わかりました。理事長に伝えておきます」


「ああでもいまは会いたくないってだけで先のことはわからん。今回の件、ZD9の件でそちらとの協力が必要な局面になればこちらから連絡することはあるかもしれん。都合よく聞こえるかもしれないが曖昧さはできるだけ省いておきたい状況でね」


「差し出がましいですけど私たちはあなたの助力になると思いますよ」


「うん……まあいいさ、そこは。ところでトレイルはどうした?」


「役に立たないので外れて貰いました」


──ああ、あの青いドラゴンのことか。いかつい造形の。


「ばか、あれは非常用電源の役割があるんだ」


「お言葉ですけど博士、今日の酸素充電の技術の進歩は目覚ましいもので信頼性は格段に上がっております」


「ほんとうか? 電池式と同じくらいに?」


「いえ、そこまでは」


「だろ。考え直した方がいいな」


「……では失礼いたします。ハルオもまた」


最後だけ俺に声をかけて彼女は宙空に縦向きにあいた黒穴へ身を埋めてゆき姿を消した。


「最初はてっきりあの兄弟のことが用件だと思いましたが違いましたね」


「協会から政府機関に派遣されてる人員だからな……両方の仕事をこなさなくちゃならん」


俺は辺りを見渡して「誰かに見られたり写真に撮られたりしてなければいいですねえ」と心配したのだが桜井さんいわく、ああした諜報員は周囲の景色と同化させる専用のカモフラージュ結界を張って活動してるから大丈夫だと。そうだったのか。


「俺もマリも同じことが簡単にできる……それはともかく、協会はそのうちマリをスカウトしに来るかもな。あそこの理事長はくせ者なんであんまり信用はできん」


すると久しぶりにマリが声を発した。


「噂レベルとはいえAI協会にはクリプトのスパイが潜んでいるという話があります。そんなところに進んで行ったりはしません」


なるほどAIの協会があるのか。しかし俺が立ち入る領域ではない、とそう思ったので俺は何も言わなかった。目の前に広がる空と海原に向き直り俺はただぼうっとする。


「缶コーヒー飲んでから戻ろう」桜井さんがそう言って入り口の自販機に向かう。戻るとはさっきの草はらのことだ。俺たちは買い物した荷物をあそこの木立の根元に設けた亜空間ポケット(桜井さんがそう呼んでいたのだ)に置いてきていたから。


そこには新たな敵が待ち受けているかもしれない。この状況に俺は早く慣れなければならないと痛切に思う。一歩間違えば気が狂いそうな状況だ。

であるなら現実ではなく俺自身の感覚を変換しなくてはならない。この状況がふつうであり──


これが俺が求めていた平穏なのだと。



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