第二章 ありがとうJT

13

午前七時に目を覚ました俺は外に出て、覚悟していたとはいえ驚きを隠せなかった。


昨日移動した時は真夜中だったのでよくわからなかったが完全なる廃屋である。


桜井さんからの「消滅集落を拠点にしている」との説明を受けていたので頭では理解しているつもりでも実際に目にすると強烈である。


なぜならかつては人の生活が営まれていたという“人の生活の存在感”がかえって生き生きと息づいているからだ。廃屋の前の空間はおよそ幅二○メートル、奥行き十五メートルくらいだろうか多少ひらけていても深い山の中である。視界には林とむき出しの地面しかない。


本来なら二月なので耐えられない寒さに震えているはずだがこの廃屋の周囲には直径四○メートル、高さ二○メートルのドーム状結界が張られてあるのでその中ではまずまずの快適さを得られている。侵入者探知センサーとしての結界はさらに広く直径五百メートルの範囲で張られてあるらしい。


でも安心はしないでくれと桜井さんは言う。テクノロジーは更新されるもので無効化される可能性があるのだと。いざという時には空間移動なり亜空間発生装置で地下に別の居住空間を設営するなり策はあるものの、それらも同じく絶対ではない。


屋内に戻ると雑然と家具や食器やらが散らかった光景の向こう……元は居間であったと思われる部屋の奥……に桜井さんの仕事場が見える。そこだけは整理された空間が設けられていて机を前にする桜井さんの背中がある。


足元の床には黒い箱のような物体……何かの機材だと思われる……が置かれてその脇にガンメタのキャリーケースが正面を仰向けにして寝かせてある。こちらも何かの機材、或いは何らかの装置なのだろう。


「桜井さんって専門は何なんですか?」と俺は尋ねてみた。


「ロボット工学だ」


「シュナイザー博士は?」


「アレクセイは人工知能が専門。でも軍事となるとこれ同じ分野なのよね」


「チームを組んだのは軍部だったんですね」


「そうだな。初期はマリをリーダーに兵器ロボット部隊を制御……なあんて構想だった。でもアレクセイが追求していたのは人間とAIとの融合でな。この実現の可能性が出てくるとプロジェクトがそっちにシフトしていったんだ」


俺は寝かせてあるキャリーケースが気になっていたので触れてみる。


「キャリーケースも何かの装置が入ってるんですか?」


「それは趣味の入れ物。こっちに来てから買ったもんだ」


「へえ……。見てもいいですか?」


「いいけど、君には分からんだろ」


なんだろう、と思いつつ俺がケースを開いてみると、そこにあったのはいわゆる巨大ロボットのダイキャストモデルだった。


七○~八○年代を中心とし、しかもその時代に製作されたモデルばかりだ。紫色でふかふかしたベルベット調の敷物に埋め込まれる形で保管されてある。


いまの俺はネット内の知識が蓄えられているのですぐにそれらは把握できる。コンバトラーV、ボルテスⅤ、闘将ダイモス、勇者ライディーン、ダイターン3、レオパルドン、ダイデンジンなどだ。ポピュラーなものが大半で俺は何とも思わないが価値を知る人が見れば違うのかもしれない。


「ぜんぶお値打ちものですね」と俺は言っておいた。


「……さて飯でも食いに行くか。買い出しも帰りにやっとこう」


そう桜井さんから言われて俺は初めて空腹に気づいた。してみると俺には余裕がなかったのだ。常に警戒していなければならない状況というものに俺はまだ慣れていない。


俺たちふたりが移動した先は小さく短いトンネルの中だった。壁から左右を確認したのち縦に開いた移動サークルの闇から抜け出し公道に足を踏み入れると左てに見える朝の明るい光に照らされる草木の緑が眩しい。ここからなら食堂にもスーパーにも徒歩で向かえるのだそうな。


海の町であるここK町は一応は名の通った観光地である。まだ人通りが少ないなか桜井さんがたまに利用する食堂に行き、座敷となっている二階に上がり、奥の席につくと太平洋が見てとれる。


ビルとビルの隙間からなので切り取られたような景色である。俺は全景を目にしたい衝動に駆られた。


雑誌でよく取り上げられる道路の向こうに広がる水平線という構図の写真が頭の中のビジョンに鮮やかに映っている。


頼んでいた定食が届いて食べていると桜井さんが言う。


「で、どうかなマリ。お前の判定を聞こう」


「拠点を山の奥に構えるというのはいいでしょう。でもこういう表立った行動には疑問を持ちます」


「観光地だから俺のような風体でも目立たないんだよ。人生楽しまないと」


こちらに来て八年になると言っていたので桜井さんはもう追われる生活というものに慣れているのだ。最初はどうだったのだろうか。でもそうした面については尋ねる気にならない。何の参考にもならない。


俺たちは食事を済ませると近くのスーパーに行き多少の買い物をし、帰るのかと思ったら桜井さんが立ち寄りたい場所があるというので付き合うことにした。


俺もこの土地に興味があったので楽しい気分でいるとマリから「旅行気分はまずいです」と注意を受ける。

それはそうだが息抜きは必要である。


路地裏から移動した先はどこかの山道だった。ゆるい坂道となっている桜井さんの道のりに黙ってついてゆくとひらけた場所に出る。


ベージュの草はらといった感じの空間が目の前に広がっていて、ほんとにそれだけである。あとは奥の林と薄く白い雲がたなびく空があるだけ。視界には草はらと林と空があるのみ。未開発の区域ということか。


「俺にとってのパワースポットなんだよね。ここには何かある」


俺は感じるものがなかったのでマリに訊いてみた。


「マリ、精霊の波動みたいなものがある?」


「いえ」


目を凝らして見ても淋しい感じしか俺には得るものがなかった。


「五十の俺と君が同じ感覚なことはないだろう。俺にはこの何も無さが懐かしいしエネルギーを感じるけど」


桜井さんは草はらの中に入っていき、俺は途中で進むのを躊躇した。

──何だ?


身の危険を瞬間、突然に感じて俺は足を止める。


その時だった、ガシィ!と音が鳴り、ファントムが俺の前に現れていた。俺は右に飛びすさり、ファントムが怪物の攻撃を防いだことを理解した。


右のエルボーを彼は両腕のガードで受け、しかし怪物は胴タックルに入りファントムを捕らえる形になった。


草はらにサークルが現れもう一体が飛び出てくる。敵ナイトだ、とそう思った時、さらにひとつの影が出現し、ドオッ!という音ともに敵ナイトのファントムを狙った飛び蹴りを両腕のガードで受け止めている。


一瞬の間に四体のナイトが俺の目の前に出現していた。


ファントムが膝蹴りを放ち怪物ナイトは腕でブロック、そうしてファントムは捕獲から脱すると距離をとる。


俺が怪物と思ったナイト二体の外観はよく似ておりまるで双子のようだ。コモドドラゴンを人型にしてミュータント調の派手な意匠を凝らしたような脅しのデザインでまとめられている。


ファントムを助けたナイトは──桜井さんのってこと?──明らかにそれは桜井さんのナイトに見える。


なぜなら全長二メートルに縮尺した“巨大ロボット”に他ならない外観だからだ。頭部はしゅっとしているが全体的に角ばっており古くさいデザイン──にしては見た目に反する滑らかな動きである。軟らかい素材でできているようにすら感じられる。


赤いラインで光るサークルが草はらに黒い穴をうがち、中からふたりの男がせり上がってきて俺の方に体の正面を向けた。左に立つ片割れの男は後ろを振り返り、自分の背後にいる桜井さんに声をかける。


「ようやく見つけたぞイヴォン。この辺りに身を隠していることはわかっていたんだが、ようやく捉えた」


もうひとりの男も後ろを振り返って桜井さんに一度視線をやり、それから俺に向き直る。


桜井さんには妙な落ち着きがあった。

「あ、そう……よかったじゃないか。お前らカソーレス兄弟だろ?」


「ああ」


二十代後半に見える双子とおぼしき美形のふたりである。しかしナイトはまるっきり怪物の容姿であり異様さが際立つ。それは使い手のメンタリティを表しているようで嫌な感じだ。


「俺たちに見えん位置から遠隔で操ればよかろうに」と桜井さん。どういう意味?


「殺しの許可を貰ってる。間近で見たいよな」


怪物ナイトが動く、それぞれにこちらのナイトに向かい電光のような速度で迫る。──がどちらの怪物も途中で動きを止めた。


──なんだ? 俺は何が起こったのかすぐにはわからず当惑し、ほどなくして理解できた。


敵カソーレス兄弟に何かが起こっていたのだ。ふたりは身を固め、そして体を震わせている。


草はらに青いラインが輝き、俺の視界にはマス目が浮かび上がってある。将棋盤のように正方形に区切られたマス目が。


兄弟の足元の二メートル四方のマス目だけが強く光り、何らかの作用が働いていることがわかる。

“縛”のような働きなのか、ふたりの顔は苦痛に歪んでいた。


つづいてふたりを囲うようにして地面から巨大な銀色のスプリング形状の金属が生えてきて彼らを包み、上部が縮小すると彼らはその銀色の檻の中にを閉じ込められてしまった。


そこで青いマス目が消え、呪縛から解き放たれたふたりが檻に触れた時だった。バチィッ!と音を立てて火花が散り、ふたりは檻から弾かれる。電流爆破の要領である。


ふたりにダメージは無いようだが怪物ナイトの二体は揃って体の色を薄くさせていき、やがて虚空に消えていった。


桜井さんが言った。


「安心しろ。殺しはしない。お前らは人質だ」


囚われのふたりは何事が叫んでいるようだったが声は聞こえない。聞こえてこない。つまりは結界にもなっているのだろう。


桜井さんは左腕を宙に突き出し、すると檻を包む大きめのサークル……青く光るラインのサークルが浮き出てきて、黒々とした闇を生み出し、檻はしずしずとその闇に沈んでゆく。


十秒もかからなかったはずだ。檻ごと敵のふたりは姿を消し、何事もなかったように草はらには風が吹いた。戦闘に入るまでもなく何もかもが夢のように消えていった。


「どこに移動させたんですか?」と俺が訊く。


「亜空間だよ」



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