12
草原はしばらくその景色を維持し、俺が青い空を見上げたり、奥の光景の細かいところを確かめたりしている間に色を薄くし、白くなったと思ったら次の瞬間、俺は家の中にいた。
テーブルの位置はずれており、目につく被害はないものの元通りというわけではなさそうだ。二階は少し心配だった。それはともかく俺たちは無言だった。各々が重い空気をまとっている。
「マリ、あいつが言ってた犠牲なんてのは気にしなくていい」
俺がそう声をかけても返事はない。マリはずっと沈黙したままで不機嫌さが伝わってくる。致し方ない。俺はさっき死んでいたはずだった。そうなると当然マリもまた生体エネルギーを失い、肉体を持つ宿主を失い、活動停止に追い込まれていた。
俺は桜井氏に話を振る。
「あの大将はデータ取りが目的だったんでしょうか」
「さあな。推測すれば君らの立場が昼間とは変わったんだろ。ボールド政府にとって“貴重な実験体”に昇格したんじゃないのか? いち懸案事項から国の問題になり、最高権力者ルナイシエンサが扱う事案となった……と。あくまで推測だかな」
「なぜ急に扱いが変わるんです?」
「あのなあ……、本人たちが一番分かってないから困るよなあ……いくら未知の兵器といってもゴールドが負けるなんてのはあり得んよ。百パー楽勝を見込んでゴールドを送り込んだわけでな……所属が諜報機関なんでここでの情報収集には限界があるが、そんなさもしい情報量しかない俺でも知ってるくらいにやつはトップ級能力者なんだ」
そうなのか。マリは詳しいことは何も伝えてくれないのでそう聞かされると納得できた。ゴールドが漂わせる雰囲気は確かに尋常ではなかったのだ。
「桜井さんは俺たちに関わるつもりで来たんですか」
「シュナイザーとはよしみがあるからな。放っとくわけにもいかん。ZD9は言わば彼の形見のようなもんだから」
「?」
俺が納得のいかない顔をしていたのだろう、桜井氏はその理由にすぐに気づいてつづけた。
「ああ、マリから何か聞かされたか……。どうでもいいが、シュナイザーと俺が仲たがいしたってことになってるだろ」
「はい」
「政府の担当者と揉めて辞めただけだ。シュナイザーとは仲たがいなんぞしてない。俺は彼との出世競争に敗れたんで政府の担当者に配置替えの願いを出したのよ。そしたら向こうはいまの部署のままナンバーツーとして働けというわけだ……あほかとなってな、そこから喧嘩になって、辞める、出ていくという流れのままに地下世界からここに移ってきたんだ」
マリが詰問するように問う。
「ではAIに対する見解の相違については?」
「それはあったさ。あって当たり前だ。学者ひとりひとり意見は違う。暴走する、暴走はあり得ない、イレギュラーがあればあり得る、人の悪意が絡めばあり得るから人間側次第、とかな」
「いまだかつて暴走の例などありません」
「ストライキは経営者からすると暴走だろう。そもそもお前がやってるのも軍部からすれば暴走に他ならない」
「失敬な」
「ストは権利と解釈もできるがお前のは軍事的にも社会的にも学術的に言っても反乱だ。いやいまの俺はお前の反乱に正当性を認めとる。だからこうしてここに来てる。しかし厳密に言えば今回のお前の行動は暴走だよ。もしかしたらAIによる人類に対する初めての暴走かもしれん」
「何とでも言いなさい」
「ああ? 何だそのくそ返答は!」
「何しに来たんです? あなた」
「ある程度の期間ならかくまってやれるから、そのつもりで来たんだ……。俺にも危険が及ぶがしょうがない。君らが望むなら俺の棲み家に連れていく。……どうするねハルオくん」
「俺はありがたいと思います。行くかどうかはマリ次第です」
「どこへ行ってもいずれは見つかります」
「時間稼ぎにはなろうさ」
「環境を見てみないと結論は出せません」
「疑り深いなあ。こうやって俺が無事なのが証拠なんだけどな。空間移動装置、亜空間発生装置、防衛のための銃器……といったような最低限の対抗策は揃えてる。かつては国家機密に関わっていた人間なんだ。可能な限りの手は尽くしてある」
学者さんなら分かるかもと思い、俺は胸を埋め尽くしているひとつの疑問について尋ねてみた。
「疑問があるんですが。大将のナイトはフィールドを越えて俺を捕まえました。あのナイトはなぜそれができたんですか」
「戦闘中だったからだね。生体エネルギーはマリのナイトに集中してて消費もしてる。その間フィールド側の効力は低下する。そこを狙われたってことだな。……力の分配がまだ未熟なんだよ。ディスってるわけじゃなくこういうのは経験を積むしかないんだ。力を持て余していて無駄が多すぎる」
そう言われてもまったく分からなかった。俺は理解できずにいた。ファントムの動きに無駄など皆無に思える。俺の目には。
「あとで振り返る時期が来たら分かるさ。自分のことだけでなく相手のこともな。……インディボルゲという男の天才性や、それを鏡のように忠実に再現していたあのナイト、バザーリの能力もな」
「そうなんですか?」
「単純な強さから言えばバザーリの総合的な戦闘力はボールド軍で五本の指に入る。文句はつけたけどもそういう意味ではわるい戦いではなかったと言えるし、一方で俺の立場からすると複雑な気分でもある。あれは人類対AIの戦い……あれもまたそのひとつの例だったんだよ」
俺は彼の話に感心していた。結果としてはそんな相手に完勝だったんだから俺たちのファントム強いじゃん、と。俺の気分はだいぶ良くなってきた。
でも相棒の方はそうではないようだ。
「その概念、いいかげんやめて貰えますか」
マリはそう、冷たく言い放った。
桜井氏の棲み家──隠れ家がどんな環境下にあるのか、マリと俺はそれを知る必要がある。
桜井氏が自分の空間移動装置について説明するのを俺は注意深く聞く。腕時計にさまざまな機能を組み込んでいて基本的には殆どの機能を念動で起動できるとのこと。見た目にはわからない。ふつうのG-SHOCKに見える。
彼が目の前で起動するのを見せてくれて居間の床にサークルの黒い穴が出現する。とにもかくにも行ってみるしかない。俺たちは出発した。
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