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威圧感がある体格の大きな方が俺に向かい声を掛けてきた。風格からするとこちらが大将に違いない。


「君がシマモトハルオくんだね。昼間はゴールドが世話になった。いや意外ではあったよ、まさか圧倒されるとは……ん?」


男は桜井氏の方に視線をやり驚いた顔を見せる。


「これはめずらしい……イヴォンじゃないか……。負け犬のイヴォンさんがなぜここにいるんだね?」


「あんたと似たような用事でね」


「あ、そう。……そう俺をにらむなハルオくん、今回は君を見に来ただけだ。相手をするのはここにいるインディボルゲ准将だ」


横で桜井氏が早口で言った。

「グレン大将は本物のサイコパス、何するかわからん、気をつけろ」


「フハハ。お前が言うか……負け犬はどうでもよい。……で、マリ」


ややあってマリが応える。

「はい?」


「なぜクリプトと組まん?」


「私の行動は博士の意志に基づいています」


「いやいやハルオくんの生命を考えれば提携という形をとろうとしてもよかったはずだ。向こうに行かずともな」


マリは答えない。


「答えたくなければそれもいい。……君は最終的に何をしたいんだろう? 逃走し潜伏し何が得られるのだろうね」


「私自身を守るために、ハルオを守るために、いまは博士が残した答えを知ることを優先しています」


「その方針だと本来部外者のハルオくんを含め地上人を危険にさらすことになるが。その犠牲は仕方のない犠牲という判断か? ……であるなら人間並みの知能だな」


「危険にさらすとは? あなたがた軍は地上への攻撃を計画しているのに? それが発端なのに?」


「計画はまだ準備の段階だ。さまざまな考え方があって決定しているわけではない」


「クリプトの脅威が低下したから新たな仮想の敵を必要としたのでは?」


「地上への帰還は我が民族の太古からの悲願だよ。いまに始まったわけではない。各論はあっても総意は帰還だ」


「だから各論を潰してよいとはなりません」


「なるよ。軍には一貫した方針が必要だ。お前の立場も軍にある」


「いまは違います」


銀色の影、ファントムが俺の左側に現れた。しなやかなボディに臨戦態勢のオーラが激しく燃え上がっている。


「おお……、ビリビリくるな…… 背中におぞけが走る…… たいしたものだ」


俺はとりあえず気にかかっていることを訊いてみた。


「これはどういう空間なんだろう」


「単に草原だ。他に森、荒野といったようなバリエーションがある」


マリがぼそっと述べた。

「ナイトは亜空間で真価を発揮するんです」


向こうのもうひとりの男、インディボルゲと呼ばれた男の背後から、ぬるりとそいつは現れた。


全身に濃いグレーと薄目のグレーのストライプ模様が入ったデザイン。まるでゴムでできてるような質感の盛り上がった肩の筋肉。


全体は見た目寸胴で均整のとれていない体格に見えるが戦闘のためだけにこの世に生まれてきた感じが漂うのでその寸胴ボディは見る者に畏怖を与える大きな要素となっている。これは強い。


両者が同時に距離を詰め、何の合図もなく唐突に戦いが始まった。近接の格闘戦、肉弾戦である。


敵ナイトのパンチはひとつひとつがうなりを上げるように重く、コンビネーションで放たれてくる。ファントムはそれを軽やかな動きでかわし、敵ナイトのその拳圧は俺の顔の肌にも届くほどだ。


しかし昼間のやつよりは遅く見え、ファントムの回避には余裕がある。と、唐突に敵ナイトの速度が上がり胴タックルに入られた。見事に食らってしまい持ち上げられベアハッグを受けるファントム。


俺の腰から背中にかけて激痛が走る。声も出ず、息もできない。ガッと音が響き、ファントムの頭突きが相手の顔面に入ると解放されはした。が、追い込みに左右の重いフックを放つ敵ナイトに対してファントムの動きが鈍い。ダメージから回復できていないのだ。


敵ナイトは緩急をつけて繰り出すパンチのなかで右のミドルキックを放つ──

ドウッ! それより早くファントムの右ローキックが相手の左膝関節の側面に入る。


一撃で崩れかかる敵ナイト。ファントムの左ハイがうなり、これは右腕にブロックされたがファントムはよろめいた相手の懐に詰めていた。ゴン、という大きな音とともに空気を揺らす衝撃波が広がる。右フックが直撃したのだ。


敵ナイトの胸筋にべこっと丸くクレーターが広がり、勢いで体がやや浮かぶ。ドドドッとコンビネーションの拳が撃ち込まれる。足が地についた時、ファントムの体重を乗せた右フックが顔面を捉えた。後ろにもんどり打って倒れ込む敵ナイトに尚もたたみ込もうと左のパウンドを構えるファントム──


「止まれ、マリ」

グレン大将がそう声を上げ、凄みのある響きにこの場の空気が凍りつく。攻撃を止めたファントムが斜め後方にいる俺を振り返る。


俺は長い爪の生えた大きな手に肩を掴まれ動きを押さえられていた。そして喉元には右手による手刀が突きつけられている。


「そこまでだ。我々の敗けだ」


そうグレン大将は言うのだが敗北を感じているのは俺の方だった。体長二メートルを越える悪魔のような黒い生物が鋼鉄のように固い手で俺を掴んでいる。


──これは大将のナイトか……!


この位置にいるということは、こいつはマリが張ったフィールドを抜けてきたことになる。


「インディボルゲも退け」


大将がそう命じると仰向けに倒れ込んでいる敵ナイトのストライプの姿が薄くなり、草原の緑の風景に消えてゆく。すると俺を掴んでいた黒い影が離れ、距離をとった。


そこでそいつの全身が俺の視界に入る。簡潔に述べればそれは人型のドラゴンだった。ドラゴンの頭部以外は全体的にトゲトゲしたデザイン。均整のとれたあまりに美的センスに優れる外観である。


羽根や尻尾がないので印象として人間の要素を強く感じさせる。そいつは腕組みをしてこの場の推移を眺めている。


インディボルゲと呼ばれていた男は地に膝をつき、胸を手で押さえてうなだれたまま動かない。


グレン大将が言った。


「イヴォン、この件に関わるつもりなら覚悟しておけよ。いまここで拘束し連れて帰れば小さな手柄にはなる……という立場にお前はある」


「知ってるさ」


「ならいい」


人型ドラゴンの姿がゆっくりとうすくなっていき、やがて消える。

軍服の男ふたりを囲うサークルは草原に黒い闇をうがち、俺たちにとっての脅威は奇妙な穏やかさとともに沈んでいった。


俺の頭のなかは疑問だらけだった。



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