6

彼らによる手製のバリケードは見た目は雑然としていても頑丈そうに感じられた。資材と運搬車と雑多なものを積み上げた壁は工場の手前で三メートル近い高さがある。


労働ロボットたちが陣取る工場は役員ビルの正面に位置しており、デモ組を含めた総勢八一体が会社側に挑む格好になっていた。武器と言える武器はなく各々に金属パイプを持つか無手であった。五十嵐は一度金属パイプを手に取ったもののすぐにそれは戻した。


デモ組だった十六体が駆け足でバリケードに引き返してくる。どうしたのだろうと役員ビルの方向を見ると大きな音を立てて戦車三台と装甲車四台で構成された戦車部隊が役員ビルの手前に集結しているところだった。


戦車を運んできた戦車運搬トレーラーはビルの裏手に停めてあり、防衛軍の隊員たちはそれぞれの任務を遂行すべく工場の敷地に散らばっている。


戦車部隊は集結し終え、役員ビルを背に鎮座する構えを見せた。Vの字の陣形が揃うと先頭の戦車内の座席につく指揮官ベルトーレス少将は、目の前の液晶スクリーンをにらみつつ、おもむろに前進の指示を出した。バリケードに向かいゆっくりと部隊は進行を始める。


これはストライキだろう……! と五十嵐が胸のなかで叫ぼうと目前に広がる光景はただただ無慈悲な様相を呈している。


──相手は労働者だろうに!


彼はデモ組のロボットから拡声器を奪うと、心のおもむくままに労働ロボットたちの群れから飛び出していた。


まったく予想だにしていなかった事態を受け、戦車の内部にいる指揮官ベルトーレスは部下に尋ねた。


「あれは何だ」


スクリーンに黒の衣服をまとう痩せ細った人間が映っていたからである。男は拡声器を右手に持ち、バリケードを背にしてこちらに歩いてきていた。


「人間であります」


「それは見ればわかる。何者だ」


「不明であります。何の情報も上がってきておりません」


ベルトーレスは胸のうちで(人間に対する攻撃は命令にないからなあ)と独りごちる。マイクのスイッチを外部放送に切り替え、まずは呼び掛けることにした。事情があるのか単に頭がいかれているのか。


「止まれ。どういうつもりだ」


五十嵐は止まり、拡声器を戦車部隊に向けてがなった。


「お前らは間違ってる! 機械だって生きてるんだから人間と同じだろ! 公僕として経営者を諭すのがまずお前らがやるべきことだろ!」


五十嵐が体を張って進軍を阻止しようとしているなか、役員ビル内でも怒号が響いた。


「誰だあいつは! 妨害してるんだから排除すればいいだろう! 何をもたもたやってるんだ軍は!」


アルゲリッチの憤りは室内の壁を震わせるほどだった。


ベルトーレスの音声がスピーカーから鳴り響く。


「とにかくそこをどけ。邪魔するな。どこの誰なんだお前は」


「んん? 俺の名は五十嵐豪! 天がつかわした、お前らを呪い殺す死神だ!」

はったりである。


「何なんだあの男は!」


業を煮やした経営者アルゲリッチは携帯電話を取り出し、ビルのエントランスで守りについている部下に連絡をとった。若い社員たちにロケットランチャーを持たせてあるのだ。彼は若い社員に命じた。


「あいつを撃て。こんな状況だ、たったひとりの死なんぞ簡単に揉み消せる」


「相手は人間ですよ、それにリスクが高すぎます」


「じゃあバリケードを狙え! 脅しだ。ロボットに被害が出てもあれは会社の所有物だ、問題ない。撃て! 吹っ飛ばせ!」


ロケットランチャーの照準は自動であり誰でも発射可能だ。引き金が引かれ、弾頭が突進しバリケードに爆薬が炸裂する。轟音とともに資材も何も粉々になって吹っ飛んでゆく。その炸裂の破片は五十嵐に襲いかかる──


爆風により五十嵐の体は前方に吹き飛ばされ、彼は前のめりに地面へと頭を打ちつけた。

スクリーンでそれを目にしたベルトーレスは胸のなかでつぶやく。(邪魔するからそうなるんだ、愚か者が!)


その瞬間の光景は労働ロボットたちにとって衝撃だった。彼らの視覚には緑色の光を放つ五十嵐の地に倒れ込んだ姿が映っている。あの人間は生きている。生体エネルギーの炎が燃え上がっているではないか。そう、あの光は我らのために輝いているのだ。あの人間は我らのために戦っている。彼らそれぞれのCPU内で“グリーンフラッシュ”というワードが瞬く。


この一瞬は五十嵐にとって十二秒に値する時間が流れていた。

頭の中で声が響く。遠くの世界から届く声。


《お前はまだ死ぬべき男ではない。お前は地上で伝説を残すべき芸人なのだ。──立てイガラシ》


脳内で応える五十嵐。


《おうよ》


ザシャアッ!


砂ぼこり舞うなか、男は立ち上がった。血まみれの男は上着を脱ぎ捨てた。彼の正装、半裸に黒タイツ姿で敵に対峙する。怒りをみなぎらせる赤く染まった顔面は鬼神のようであった。


スピーカーからの声が響く。


「お前は狂ってる。どけ。立ちふさがるなら攻撃を開始するぞ。……これは最後通告だ。そこをどけ」


五十嵐の足元の地面は頭部からしたたる血で濡れていた。

ふと彼は自分が敬愛するふたりの大御所の顔を思い浮かべた。俺はまだ自分で輝けるタレントではない──あの人たちにいじられてこそ初めて活きてくる、人に輝かせて貰うタレントなのだ──

ここでもそうだ。人生という舞台の上、スピーカーでどけと命じる戦車の男がいるからこそ俺は何者かと対峙できるのだ。ああ、ありがとう戦車の人。


──ああ、俺は生かされてるのか。


五十嵐は己のなかの宇宙が爆発するのを感じた。雷鳴とともにビジョンが脳内に瞬く。星が爆発し、その雲霧のなかから新たな生命たる星の核が誕生する、そのエネルギーの凝縮が彼の体の奥底で発生し渦を巻いている。


──俺は宇宙に生かされている。


彼は狂人を演じることにした。武力を持たない彼の戦いである。コメディアンの誇りをかけた死の舞い──野球拳のダンス、そのムーブと唄を披露し、そして唄はクライマックスを迎える。


「……アウト! セーフ! よよいのよい!」


彼はチョキを意味する二本指を相手に突きつけ、


「……う~ん! 不戦勝で俺の勝ち! やったネ!」と雄叫びを上げた。


指揮官ベルトーレス少将はスピーカー越しにつぶやく。


「クレイジー……、ユアクレイジー……」


つづいて五十嵐は日本人としての魂と誇りをかけたセリフを述べた。


「退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」


風が吹きすさび熱風でちりちりとなった髪をなびかせる。


スクリーンを見つめる指揮官ベルトーレスはため息をついた。それから部下たちに指令を出した。


「……おい、相手は生身だから生身でしめてこい。死なない程度にな。……そのあと一旦退却する」


「よいのですか」


「電力は切ってる。電池が切れたら奴らは終わりだ」


敷地に散らばった隊員たちはすでに工場の主力電源を断ち、自家発電施設も重装備で包囲している。勝負はついていた。日に一度の充電なしにロボットたちは活動することができない。


指揮官の指令により装甲車の後部が開き、そこから屈強な男たちが四人現れ五十嵐に向かう。戦車の砲身が労働ロボットたちの動きを封じるなか、制裁が始まり、それは五分もかからず終わり、男たちが装甲車に戻ると戦車部隊はその場を引き上げ始める。


とりあえず一度出動して見せれば軍としての義理は立つ、そうベルトーレスは軍本部から指示を受けていた。これは本来いち民間企業で起こったストライキであって暴動ではないのだ。


無数の拳と蹴りを食らい、地面に仰向けになった五十嵐は天をにらんでいた。


(神よ! いるなら答えろ! なぜ俺をこの世界に飛ばした! ……いや、わかるさ……、わかってる……俺はこの日のために生まれこの日のために生きてきたんだ。気が済んだか神……俺は役目を果たせたか?)


ぼろ雑巾のようになった彼の周りを労働ロボットたちが囲み、五十嵐の行動とその姿は彼らの回路に混乱とカオスをもたらしている。機械生命体の内部は微細な、しかし抗しがたいボルテックスが発生しその渦は何かを生み出した。

それは彼らに誓いを立てさせた。我らは人類を越えると。越えて善き人類を守るのだと。彼らには涙を流す機能はなかった。ほとばしる何かを雄叫びとして放つ機能もなかった。代わりに彼らの体内の電気信号は強まり、設計を大きく越えて増幅し、それは特殊な磁場を生み、大地の意識を呼び覚ました。地球の意志である。彼らの視覚には地に仰向けとなった五十嵐が放射する、緑色に輝く光が映っている。善き魂、善き行い、全宇宙普遍の真理、その凝縮された意志のエネルギーは彼らの回路に新たな生体エネルギーを注いだ。彼らの視覚では爆風と熱線で禿げ散らかした五十嵐豪の姿はあまりに眩しく輝いていた。


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