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居間のソファーでスマホを手にニュースをチェックしているときだった。マリが「何か来ました」と告げ、するとすぐに窓を叩く音がした。


立ち上がって窓を見ると半透明の羽の生えた生き物……人形のような物体が宙に浮かんでいる。膨らんだ袖、フリルのついたスカート、茶色のブーツ、金髪のツインテール。体長三○センチくらいだろうか。こちらを見ていて俺と目が合う。性別は女。人間で言えば二五あたりだろうか。


「敵さんだよね」とマリに言う俺。


「見た目より危険です、戦闘力は生身のあなたをかるく凌駕してます。政府の使者というのは間違いないですが正体は不明です」


「データにないのか。危ないな」


しかし無視するのもよくないと思い窓に近寄りサッシ窓を開けてみた。たぶん妖精を模した人造物なのだろう、美麗な容姿の彼女に訊いてみた。「用件は?」と。


「こんにちは。用件はあなたの調査です。上司が興味を持ってまして調べてこいと」


「上司て政府の人?」


「はい。つまりこう見えてあたし公務員なんです」


「へー。まあ中へどうぞ」


俺はテーブルの席につき、彼女もついてきてテーブルの上に降り立った。


「俺のことなんて調べがついてるんじゃないの?」


「概要はね。島本遥生。高校卒業後フリーターとなったちゃらんぽらんな男で半年前に三ヶ月付き合った恋人に捨てられ、以来捨て鉢な生活を送っている現在十九歳の変わり者」


「ふむ。……君ってアンドロイド的なもんなのかね。造形がよくできてる」


「カテゴライズすればそうね。でも組織のなかでは戦術AIという立場でもあるの。ま、雑用みたいなことをやりつつAIとしての意見を述べたり相談にあたったりしてるわ。ちなみにマリさんの四世代前のAIね。つまりパイセンよ。よろしくねマリさん」


マリは返答しなかった。相手の分析に注力しているようである。


「妖精型アンドロイドみたいな感じ?」


「まあ一応は。そこ重要?」


「いやだってさ、ロボットとアンドロは違うだろ」


「確かに」


俺はテーブルの上にあったマグカップを逆さにして彼女の隣に置いた。


「まあ座りなよ。名前はなんてーの?」


「サユミ。キャッチフレーズは“ピンクの死神”ね」


マグカップの底に腰を下ろした彼女は挑戦的な眼差しを俺に向けていて、しかしわるい気はしなかった。敵意ではなく何か別のもの、圧倒的な知性を俺は相手に感じていたからだ。


「あー、殺し屋も兼ねてるのか。怖いね」


俺は冷蔵庫に行って紅茶のペットボトルを取ってきて自分のグラスと食器棚から取り出したおちょこをテーブルに置いた。そしてどちらにも紅茶を注ぐ。


「あたしは飲めないけど」


「え? 客だからさ、君は」


しばしサユミは押し黙った。


「で、俺の何を調べるんだろう?」


「まあ思想とかポリシーとか? そういうなかから弱点を探ろうと」


「なるほど」


「でも無意味ってさっきわかった。あなた自分がとてもめずらしい生命体になってるのわかってる?」

「マリと一心同体ってことがかい」


「政府が長年追い求めていたテクノロジーがこうもあっさりと実現しているのはおそれいるわ。たいしたものねシュナイザー博士は」

「そのようだね」


「マリは黙ってると思うんだけどまだ実験段階だったのよ。融合レベルの状態は。これけっこう危険なことなのよ、一歩間違えば廃人よ」


「何となくはわかる」


「いえ、根本的なことをあなたわかってない。そもそも機械生命体と人類は対立関係にあるのよ。ビジネスで協力はしてもね」


マリが初めてコメントを放った。鋭い、突き刺すような声で。


「よしなさい一二二号」


「うわ、あなた他人のメモリーが読めるの?」


「そういう向こうの世界の闇に巻き込むのは間違ってる」


「はん、寄生しているあんたがよく言うわ。巻き込んだのはあんたよね? あんたとシュナイザーよね?」


俺は口をはさんだ。


「まあ、そこんとこはもう受け入れてるんだ。俺としても」


「……あなたイガラシ・ゴウみたいなこと言うね」


突然のワードに驚いた。知ってる名だ。五十嵐豪、五十歳前後のベテラン芸人の名前である。たまにしかテレビに出ないが誰もが知るタレントだ。好かれるか嫌われるかの奇才であり一部ではカリスマとなっている。


「五十嵐ってタレントの?」


「そう。むかーし、ボールドに迷い込んだことがあるのよ彼。伝説になってる新人類よ」


「へえ……」


そのときだった。窓をすり抜けて青い塊が部屋に入ってきた。それは見たままを言えば羽の生えた恐竜だった。ただし高さは三○センチほど。しかしよくよく見ると恐竜ではなく、架空の生き物。いわゆるドラゴンである。四本足で立つタイプだ。メタリックブルーに輝く体はとげとげしたいかつい造形をしており明らかに戦闘種である。テーブルの上に降り立つと凶器のような長い尻尾をひと振りしたあとサユミに向かってそいつは言った。


「こんなヤツとっとと眠らせろよ」若い男の声だ。


と、立ち上がったサユミはいきなりドラゴンの首元に手刀を放った。どんっと音を立てて倒れ込むドラゴン。彼女はドラゴンの背中をさすりパネルを開けると四角い物体をそこから抜き出した。


「ったく、電池式の旧型のくせにえらそうなのよね」


「あらま。仲間じゃないの?」


「こういう古いのはともかく、あたしたちはこっちの人類をそれなりにリスペクトしてるのよ。進化したAIは」


俺は紅茶をすすり、いろいろ浮かんだ疑問のうち、最も興味があることについて彼女に問うてみた。

「五十嵐の話を聞かせてくれないかな」


サユミはツインテールの右側をかるくかき上げてマグカップの底に座り直すと、俺の目を見据えて言った。

「……いいわよ。イガラシ・ゴウのナラティブをね」








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